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永遠の眠り

 二度と目が覚めないように、と祈りながら眠るのはこれで何度目だろう?すっかり毎日の習慣となっているから回数なんてわからない。そして、毎朝目が覚めて失望することも毎日の習慣だ。やってられない。

 夜は何種類かの薬を口に放り込んで、無理やり眠る。翌日には仕事や細々とした約束事がある。だから仕方なく眠る、そして仕方なく起きる。目が覚めると口の中に昨夜の睡眠薬の苦さがいつまでも残っていて、不快だ。コーヒーでも飲んでごまかすしか手段がない。

 どうして強制的に眠らせられるのなら、二度と目が覚めないようにしてくれないんだろう。そういう薬はあるはずだが、患者には処方されないし、この国で使われることはないだろう。生と死を決める自由を!そんなスローガンを背中に貼り付けて歩きたくなる。

 悪夢は相変わらずだ。時々泣いていたり、叫び声を上げているのも相変わらずだ。あれから薬が少し増えただけで、何一つ変わってもいないし、改善もしていない。医者の怠慢。
 私以外の匂いのする毛布のことはもう思い出しもしない。いや、嘘だ。夢の中に現れては私を苦しめる。あれは幻なんだ、目が覚めるたびに必死に言い聞かせる。


 生活に対して何も執着がなくなった。
 お気に入りのシャンプーやコンディショナー、ボディーソープ、粗めに挽かれたコーヒー、コーヒーにはこれが合うと勧められてまとめ買いしていたフェアトレードの黒糖。そんなものがどうでもよくなった。どれでもいい、何でもいい。コーヒーに至っては口の中の苦さを緩和できればいい。お気に入りのタルト屋からも足が遠のいた。

 美容室には半年行っていない。いや、行けない。すっきりしたい気持ちはあるのだが、長時間拘束されることに心身が耐えられないからだ。パーマのとれたボロボロの髪の毛を括り、ノーメイクで徒歩5分程度のところにばかり買い物に行く。必要最低限の買い物さえできればそれでいい。

 そんな生活が半年。


 何も考えず、夢も見ずに眠りたいと、精神安定剤のシートの薬を1錠1錠口に放り込んでいたら1シート飲んでいた。こんなことで死にはしないが、これで少しは眠れるだろうと思ったら、呂律が怪しくなることもなく、2時間程度寝落ちて、すっきり目が覚めた。

 じゃあ睡眠薬ならと、同じように1シート分を放り込んで、苦味の強いお茶で飲み干したら、翌朝、いつもより早起きをした。ふらつきさえなく、1人で喋ってみても普通だ。さすがに苦笑いをした。どれだけ私の身体はこの手の薬に強いんだろう。

 そんなことを何度もしているうちに、永遠の眠りがとてつもなく甘美なものに感じるようになってきた。危ない傾向だと自分でもわかっている。だからそれについて考え始めると、睡眠薬を放り込んで眠ってしまう。けれど、もう夢も希望も、誰かの匂いのする毛布さえない私には、ラインを超えてしまう以外に楽になれる方法が思いつかないのだ。

 生きていればきっといいことがある、早まっちゃだめだ、みんながついてるよ、みんなそれぞれつらいんだよ、そんな無責任な言葉は聞き飽きた。事実、この部屋には私しかいないし、私のために誰かがすっ飛んでくるわけでもない。本心を打ち明けたい人には拒絶された。色んな理由を並べていたが、私を見捨てたことには変わりない。私はひとりぼっちだ。こんな孤独に耐えられるほどのタフさは、私にはない。

 だから、今夜も二度と目が覚めないように、と呪文を唱えて眠る。そして絶望して目を覚ます。

 とにかく、頭の中はどうすれば一番誰にも迷惑をかけず、誰のせいにもならずに消えることができるかでいっぱいだ。この考えを止める権利は誰にもない。この考えをなんとかしよう、という理性が残っているうちに、どうにかしなければ。

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一応、これの続編的な感じで書きました。続編になってるのか……?




©madokajee

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