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絵画の評論 言葉遊びで幾つか書いた 月並み〜レトリックの羅列

作家さん(Aさん)のご了解を得て、作品についての評論を何パターンか書いてみました。

(普通のパターン:観たままのイメージを描写)
緑を基調とした作風は、植物に囲まれて育ったAの原体験からだろう。柔らかい雰囲気が全体的に暖かい空間を作り出している。
目線は自然と下方から光り輝く上方に移っていく。中央の赤い植物がアクセントを与え、ぼやけてしまいそうな筆致に、柔らかながらも引き締まる効果を出している。
作家はいくつもの大作に挑んできており、そこで試した技法・表現方法がこの小さなキャンバスに凝縮されている。画中に埋没して描き出す大作を見たくなる作家である。

(感情をこめたパターン:書いていて暑苦しくなる)
Aは祖父母が住む岩手の山間を想起して描いた。新緑から初夏に向かう時期であろうか。小さいキャンバスに手を抜かずに描き込む良いだの作風は、その真摯さと誠実さが醸し出ている。作品に不安感、陰がないのは、Aが暖かい家族愛に囲まれながら育ったせいだろうか。
Aの作品には芯のある熱量が純真に伝わってくるのは、その集中力ある書き込みのためだろう。四隅までも妥協しない筆使いが作品に息吹を吹き込んでいる。
作品は見る人の心の鏡になっている。初老の男は幼い孫娘を画中に遊ばせ、避暑に訪れた夫人は駆け回る愛犬に目を細める。15歳の少年は蝶を追い求める。見る人は愛でるものを作中に想像して久遠に流れる時空に漂う。Aは意識していないだろうが、これはAの天賦の才だろう。次の作品が楽しみになる、という凡庸な表現では充ちたりない。見る人はAの次の作品に自身の心の投写を期待する。

(現代アートの評論を真似たパターン1:凝り過ぎ)
Aは植物という無音の生命と共存している。植物が風に共鳴して音を出すように、Aが描く世界は見る者の心と共鳴することで唯一無二の物語を作り出す。それは千夜一夜物語。時には清楚であり、時には耽美的。語り部は作品そのものとそれを見る者。見る者は明日の物語を恐れない。物語は、夢、がテーマだ。

(現代アートの評論を真似たパターン2:レトリックを繋ぎ合わせただけ)
Aは観る者の内的直感から螺旋形の時間を紡ぎ出す。自己循環表現による自己引用性と自己解説性を通じ輻湊したおびたたしい植物の小テーマからは 感性界と仮想界に属するものとして規定され得るようなAの意志が湧き出る。精妙な和音と混じり合い、互いに影響し合い関聯する揺れ動いている色調と眼を吸い付ける色彩は甘美な旋律を奏でる。Aの天賦の無私の才のなせる世界だ。

(カント的パターン:意味不明な言葉の羅列)
植物という最小なものから作動する崇高は実在性の感覚としての共通感官の感性的量評価を求める。そこには範例性の言語行為論的展開があり、演繹的な純粋美的判断による趣味判断の普遍妥当性と無限性への喜悦を鑑賞者に問う。しかし、包摂の規則の不在は自然の合目的性の美と認識能力の活動の美的意識の快という二律背反の提示と解消によって、数学的崇高と力学的崇高 から超感性的に昇華し、想像力の快と偉大なもの快完全性と美との区別に帰結する。

絵画の印象を伝えたい、というのは難しい作業です。レトリックを羅列しただけのものは、一見それらしき評論になりますが、難しい単語をパズルように組み合わせたもので、中身がないものになりました。

言葉遊びとしては面白いですが。


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