見出し画像

マダガスカル最大のバオバブを見に行ったら海の藻屑となりかけた①

 2017年11月、僕はアイルランドのダブリンにいた。6年務めた会社を退職しユーラシア大陸を陸路で周遊、その後この街の語学学校で半年ほど英語を学んでいた。春から秋にかけてのアイルランドは美しく、勉強した後クラスメイトとパブに行きギネスビールやシードルを飲むという楽しい日々を過ごしていた。この時点で退職から既に1年半が経過しており、就職活動に明らかに不利な離職期間になってしまっていた。すぐに帰国し職を探す必要があったが、旅好き特有の「まあ何とかなるでしょ」精神のもと、最後にもう一回旅をしてから日本に帰ることにした。

 ではどこに行こうか。アジアとヨーロッパには周遊の旅で行ったから、次はやはり南米かアフリカである。そう思いどのような経路で寄り道しながら帰るか考えていたが、ここで巨大なバオバブを見に行くことを思いついた。

 バオバブはアフリカ南部の国に生育している独特な形が特徴の木であり、フランスの絵本「星の王子様」に出てくることで知っている人も多いだろう。バオバブでググると赤土の道に細長く空に伸びた木が立ち並ぶいわゆる「バオバブ並木道」が表示されるが、僕が見たいのはそれではなかった。以前旅ブログで見かけたツイタカクイケと呼ばれるバオバブだ。背が高いのはもちろん、横に太いバオバブである。写真からでも伝わってくる圧倒的な生命力。地球上の他のどの植物とも似ていない存在感。ユーラシア周遊の旅ではどうしても旅程に入れられなかったのだが、今なら行ける。これが見たかったのだ。早速チケットを買いその3週間後、僕はエチオピア経由でマダガスカルへと出発した。

 アンタナナリボはこの国の首都で標高1,200メートルに位置しており11月の日中は暑いが早朝と夜は涼しい。町並みはどことなく東南アジアを思い出させるような感じもあり、安心感もあった。

アンタナナリボの町並み
さすがに無理がありすぎるトラック

 ほとんどの外国人観光客にとってマダガスカルの魅力は海や動植物などの大自然にあり、都会であるこの街を観光する人は少ない。しかし中心部から周縁部に向かって歩いていくと、この国の人たちの生活がよく見えてくる。知らない街を情報なく歩くのは楽しいのだ。

危ない雰囲気は感じないものの何だかスラムっぽいなと思いながら廃線沿いを歩いていたが、帰国後に見たNHKのマダガスカル地方都市女子ラグビーチームのドキュメンタリーで、「スラム街のラグビーチーム」としてこの地域が紹介されていた。

 この街で2泊し、タクシーブルースと呼ばれる大型のバンで次の町に向かった。道はあまり整備されていないので体はよく跳ねる。痛くなるお尻に耐えながら、その日の夜モロンダバに到着した。この町の郊外にはバオバブ並木道がある。僕は朝日と共に眺めるために早朝に行ったが、今まで見てきたどの生物とも全く異なる造形を持つその姿は、その存在自体が奇跡に思えるほど美しかった。

 街に戻り歩いていると、英語を話す男性に声をかけられた。この国はフランスの旧植民地でありフランス語が第一外国語であるため、英語話者と出会うのは珍しい。彼と世間話をしながら巨大なバオバブのあるモロンべに行きたいことを話すと、じゃあ俺が紹介してやるよと言った。おそらく彼はこの国に不慣れな外国人にチケット手配などをして手数料を稼ぐいわゆるコーディネーターなのであろう。値段は割高になるであろうが、僕はフランス語を話せないので彼を頼ることにした。ホテルに移動し共用部のベンチに座りながら、彼は3つの行き方があると教えてくれた。1つ目は夜行バス。いったんアンタナナリボまで戻り、そこから南部の街を経由してモロンベまで行く。3日間連続でバスに乗り続ける必要があるが、費用は合計で3000円ほどと格安である。2つ目は4WDのチャーター。この2つの町を直で結ぶ整備された道はないが、4WDでなら悪路を走破していけるという。2日かかるが満員のタクシーブルースに揺られる必要はない。しかし1台あたり600USドルとかなり高額である。

 安さをとるか快適さをとるか悩んでいると、彼が3つ目の行き方を提案してきた。カヌーで行く方法があると言う。この2つの町はともにモザンビーク海峡に面しており、海からなら道路があるかどうかなどどいうことを全く気にせず行ける。この町の漁師が操縦するカヌーは早朝に出発し、昼過ぎには次の町に着きそこで一泊する。これを翌朝も繰り返し、2泊3日でモロンベに到着すると言うのだ。値段は15000円。カヌーなのでレジャーボートのような快適な旅にはならないが、これは面白いかもしれない。フランス人は極偶にこの手段を使うことがあるというが、今までこのカヌーで行った日本人はいないと言う。

 夜までに決めると伝え、いったん彼と別れた。ホテルに戻り日本語でカヌーでの移動について調べてみるが、数時間カヌーに乗った体験記がヒットしたのみで、今回のような町から町への移動に使用した情報は出てこない。おそらくこれは日本人初になるのではないか。体験したこと人がほとんどいないからこそ体験したくなる。僕は彼に代金を支払い、就寝した。

 翌朝5時に起き、彼と共に海岸に向かう。まだ暗いが向かう先の方に帆を持つカヌーが見えてきた。その横に大きな木が浮きとしてついている。アウトリガーカヌーというやつだ。このカヌーは東南アジアの一部の国でも使われており、マダガスカル人の祖先はこの船に乗って現在のマレーシアの辺りから大海原を超えこの島まで来たらしい。これで3日間移動するのかという戸惑いもあったが、訳が分からないほど旅は面白くなる。操縦するのは40歳くらいのお父さんと12歳くらいの息子だ。英語はほとんど通じないが、移動するだけなら問題ないだろう。

実際に実際に乗ったカヌーの全景は取り忘れてしまったのだが、このカヌーと同じようなつくりであり、下図の帆がついている。

乗ったカヌーの帆部分

 こうして朝6時、僕と漁師親子との三人旅が始まったのである。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?