見出し画像

好きなことを考える時間

環境、境遇、お金、人によって運が作用するものがありますが

どんな人にも平等に与えられているものが「時間」と言われています。

それは、どこかのエライ人であっても
そうでない人であっても
富豪も庶民も同じ。

1日24時間。

それだけに平等で、どんな人であってもそれ以上はもらえないし、
どれだけお金を積んでも、買うことができません。

最近、ヤキモキすること、ソワソワすることがあり
休みの大半をそのことを考えて過ごした一日がありました。

もったないない。

気づきました。

同じ24時間なら好きなことを考えて過ごした方がいい。

その積み重ねで人生か作られるわけで、
人生の大半を心配事で過ごすことが多いのは損です。

そういえぱ、亡くなった母が心配の鬼でした。

出掛けようとしている私に向かって

「今日雨降るってよ、傘持ったの!?」

「そんな薄着で風邪引くでしょ、上に何か着るもの持ってきなさい」

「そんな短いスカートはいて。まったく大丈夫なのかしら」

「夜は遅く帰ってくるんじゃないよ、危ないから」

今思えば課題の分離ができなくて、
他人の課題にしょっちゅう介入する人でした。

傘を持たずに雨に濡れるかどうかは私の課題。
失敗して学びます。

薄着で風邪を引くかどうかも私の課題。
スカート短いのも私の課題。
遅く帰るかどうかも私の課題。

そんな心配性の母といたので
私も心配性になりました。


「心配癖とネガティブは母から感染った」と友達が言い、
私も!と言って一緒に笑ったことがあります。

そのくらい影響は大きかった。

私にこんなに心配事か向けられたくらいなので、
彼女自身、未来のまだ起きぬ先々のことを心配していました。

頭の良い人だったので、その先に起こりそうな可能性がたくさん見えたのでしょう。

そんなに心配したって、
心配事のほとんどは起こらなかったりするのです。

楽しいことを多めに考えましょう。

時間はみんな平等、24時間。

心配事で埋めたらもったいない。
好きなことを考えるための時間に使いましょう。

これは“みなさんへ“というよりも、“先週のあの日の私自身へ“向けたメッセージです。

本当にありがとうございます😊嬉しくて小躍り!!💖