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【短編小説】コーヒー党のヴァンパイア(9~12話)


9 ヴァンパイアの中毒

何かに依存しながら生きる人間を、私は否定しない。自分も、偏っている人間の一人だからだ。
私の血液はたぶん、99%がコーヒーでできている。ゆきさんが見つけてきてくれた、カカオ99%のチョコレートと同じ。
真夜中のおやつはチョコレートに限るというゆきさんも、チョコレートでできている。そして、たぶん恋愛で。
院長は爬虫類が好きで、ヤモリをたくさん飼っている。気分が乗らない日は、クリニックに連れてくるほどだ。
誰にだって、中毒になるほど好きなものはある。クリニックの待合室に座っている、様々な年齢層の患者さんたちも、例外ではない。

10 ヴァンパイアの昼間

たとえば、患者の中でも古参の古澤神名にとって、それは高校の制服だ。
とうの昔に学生ではなくなったのに、神名は髪をツインテールに結い、制服を着ることをやめない。
彼女はクリニックにやってくるなり、働いていない昼間に私とゆきさんが何をしているのか、知りたがった。
寝ている、という私の答えがつまらなかったらしい。神名はゆきさんに同じ質問をした。
ゆきさんは幸せそうに、
「昼間? ベッドの中でデートかな」
と答え、神名を満足させた。
帰り際、神名はこっそり院長の答えを教えてくれた。
「先生は昼間、ヒツジの代わりにヤモリを数えてるんだって」
私は、院長が不眠症であることを思い出した。

11 ヴァンパイアの運命(さだめ)

朝起きて夜眠る、「普通の」生活をやめたのは半年前、大学を卒業しようという春だった。
「では、太陽の光が突然、眩しくなって昼間に起きていられなくなったと」ヤブ医者は言った。私はうなずいた。
「治療法なんですが、実は、特にないんです。視力や眼の機能自体には特に異常が認められないので、精神的な問題が原因の可能性もあります」
「特に悩みなんてないのですが」
「マァ、こういう時は無理をしないで、夜の世界を楽しんでみたらどう?」
当時付き合っていた恋人と、よく散歩した桜の並木道を歩いて帰る。晴れた昼間に、この道を芹沢くんと散歩することはもうないのだ。
見上げると、三日月のそばに木星がほくろのように寄り添っている。闇に紛れた黒猫がニャアと鳴いた。
とにもかくにも夜の世界は、目にとても優しい。

12 ヴァンパイアのスカウト

ヤブ医者に紹介された精神科は、「ヤモリ心療クリニック」というヘンテコな病院だった。日暮れから、電車の始発が走り出す時間まで開いている、世にも珍しい病院だったので、興味半分で行くことにした。
診察室の壁には、黒々としたヤモリが一匹張り付いており、私はギャッと声を上げた。
「壁の染みだと思って気にしないでください」とヤモリ院長は表情を変えずに言い放った。
「今日はどうされましたか」
「夜にしか外に出られないし、内定も取り消しだし、いろんな意味でお先真っ暗です」
少し考えた後で、ヤモリ院長は言った。
「君、何学部だったの?」
「心理学…」
消え入りそうな声で言うと、線のように細い目が意外そうに大きくなった。
「ちょうどいい」
「え?」
「うちくる? 今、受付一人抜けちゃって困ってたんだ」
「でも私、患者ですよ」
「構わないよ。夜の世界にいる間のつなぎにしなさいよ」
そういうわけで、私は夜間限定のクリニックの受付という職を得た。

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