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【短編小説】コーヒー党のヴァンパイア(13~16話)


13 ヴァンパイアの映画館

昼間の世界に耐えられなくなった日、私が駆け込んだのは病院ではなく映画館だった。
地下にある映画館は平日で客もなく、切符切りのアルバイトも居眠りをするような、退屈な空気が沈殿していた。
その日、上映していたのは古い白黒映画の洋画一本だったので、私は二回続けてそれを観た。
映画が終わって地上に出ると、夕闇が少しずつ街を浸していくところだった。

14 ヴァンパイアの失恋

「それでさ、さよならってどういうこと」
芹沢くんが眠そうな顔をしているのも無理はない。彼との最後のデートに私が指定したのは、深夜のファミレスだったのだ。
「どういうことって、それは…」
私と芹沢くんの間にあるテーブルには、芹沢くんのメロンソーダと私のコーヒーが手つかずのまま置かれている。
大学院でフランス文学を学んでいる芹沢くんが分かりやすいようにと、私は苦心した。
「芹沢くんのいるメロンソーダの世界と、私がいるコーヒーの世界は、永遠に違ってしまったということ」
芹沢くんの首は片側にだんだんと傾いていったが、眠そうだった眼には光が宿っている。
「みどり。君、会わない間に青白くなったな。陽に当たっていないせいか」
私は自分の手の甲をしばらく眺めた。そして芹沢くんは浅く息を吐いて、言った。
「仕方ないか。君は、コーヒー党のヴァンパイアだものな」
随分あっさりと、芹沢くんは別れを納得してしまった。

15 ヴァンパイアの日光浴

誰もいない病院の屋上で、優しい春風に吹かれる。白くぼんやりとした空気が、羽衣のように身を包む。
あるいは、雲一つない青空をバックに、緑の土手に並ぶ学生たち。転校生を乗せて走り出すトラック。
これぞ青春というもの。私にとっては、永遠に失われたもの。太陽は、青春の象徴だ。
TV画面から放たれた陽光を受けて、コーヒーカップを載せたテーブルがつやつやと光っている。画面の中の太陽が、私の眼を眩ませることはないので安心だ。
青空を観ようと思ったらやはり、学園モノか、脱獄モノに限る。

16 ヴァンパイアのBGM

ラジオを流しながら心理学の本を読んでいると、向かいの家から微かなピアノの旋律が聞こえた。
そこで私はラジオを切り、カーテンの隙間から腕を出すと細く窓を開けた。
たどたどしいピアノの練習音をBGMに、本の続きを読み始める。

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