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【短編小説】コーヒー党のヴァンパイア(1~4話)


1 ヴァンパイアの朝

闇の中で目を覚ます。布団の中から、窓の外に耳を澄ますと、厚い遮光カーテンの裏からは、バイクや車が走り去っていく、微かな音が聞こえた。
間接照明だけを点けて、コーヒーメーカーの準備をする。冷たい水で顔を洗っている間に、マンデリンの香ばしい匂いがしてくる。白い磁器のカップにコーヒーを注ぎ入れ、寝間着のまま飲む。
クローゼットを開け、ハンガーにかかったいくつもの黒いワンピースの中から、一枚を選び出し、着替える。気温を知るために遮光カーテンを引き、窓を開けた。生け垣の上に広がる空は、今日も星々が輝く快晴だった。隣の部屋では、おばあさんがフライパンをしまう音がする。

2 ヴァンパイアの通勤

仕事用の黒い鞄に、必要なものを詰めて家を出た。
居酒屋の暖簾の下に、酔っ払いのサラリーマンが寝そべっている。
歩道橋の真ん中で立ち止まり、テールランプの赤い流れを見ていたら、後ろで女性の二人連れがこそこそと喋る声が聞こえた。
「死にやしないよね」
「やめてよ、こんなところで」
乗り出していた身体を、すごすごと手すりのこちら側に引き戻し、歩き出す。
児童公園に人の姿はない。職場への近道なので、私は斜めに突っ切ろうとした。
その時、風が吹いて、桜の木から花びらがぶわんと舞った。
今夜、この桜が胞子を飛ばすように花びらを散らせたことを、知っているのは自分だけなのだ、となぜだか強く思った。

3 ヴァンパイアの仕事

無機質な白い壁を背景にすると、全身黒ずくめの私はやはり、浮いてしまうらしい。だが、ぎょっとした顔をするのは、初診の患者くらいだ。
今、入口に立つスーツ姿の男性の顔には、こんなところに来たくなかったと書いてある。
壁際のソファに座って待つ他の患者をじろじろと眺めたその眼は次に、「初めての方ですか」と尋ねた私に向けられた。
バインダーに挟んだ問診票を差し出すと、男性はしぶしぶ受け取ったが、ソファには座ろうとしなかった。
今日はどうされましたか、という始めの質問に目を落とし、しばらくボールペンをかちかちと鳴らしていたが、やがて問診票を突き返してくる。
「やっぱりいいです」
ソファに座って順番を待つ主婦風の女性は、何もなかったかのように動かない。
黒い点が無数に刻まれた問診票をバインダーから外す。男性は、ボールペンを持ち帰ったようだ。たぶん彼は、一週間と経たずにまたやってくる。

4 ヴァンパイアの一服

24時間営業のファミレスというのは、いまどき案外に少ない。その中でも、ドリンクバーのコーヒーが美味しい店というのはもっと少ない。
職場とアパートを線で結んだ時、その線上にこうしたファミレスが存在していることは、なかなかに恵まれた環境だといえる。
不自然なほどコーヒーの種類が充実したドリンクバーの前で、カップを持ったまま目移りしてしまう。
窓際のソファ席に落ち着き、店内を見渡す。受験勉強をしている高校生の男の子、終電を逃して寝ている大学生たち。文芸雑誌を読む中年女性。
彼らを眺めるともなく眺めながら口にするのは、やっぱりいつものブレンドコーヒーなのだった。
この席の真上だけ、かなり前から電球が切れているが、薄暗い方が私には都合がいい。この店のUSENのおかげで、洋楽に詳しくなった。
すっかり満たされて店を出る。始発の電車が走り出すまでには、あと少し時間がある。

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