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【短編小説】コーヒー党のヴァンパイア(5~8話)



5 ヴァンパイアのお隣

仕事に行くために部屋を出ると、隣の部屋のおばあさんとばったり会った。毎日、生活の音は聞いているが、顔を合わせるのは二週間ぶりだ。
春から初夏に移り変わりつつあるのに、おばあさんの服装もおだんご頭も、前回と全く同じ。それどころか、一年を通して全く同じに見える。
緊張の一瞬、おばあさんがゆっくりと唇を動かす。
「おはよう」
「おはようございます」
おばあさんはゴミ袋を手に、そろそろと階段を降りて行く。今日は「朝」らしい。
ゴミ捨て場のネットを手繰る音に混じって、おばあさんの独り言が聞こえてくる。
「あの子は、また葬式かね。気の毒に」

6 ヴァンパイアの同僚

受付のカウンターに、個包装のチョコレートがぽんと置かれて振り向いた。
同僚のゆきさんがおすそわけ、と微笑む。ゆきさんの膝には、一枚の板チョコレート。
「みどりちゃんのは超ビターね」
ゆきさんは結婚しているけれど、恋人がいる。でも、ゆきさんは不幸な結婚生活を送っているわけではない。仕事の合間にチョコレートを齧る様子を見ていれば、それはわかる。
ゆきさんが口にするチョコレートのかけらの一つ一つには、たくさんの愛おしい瞬間が閉じ込められている。
「カカオ99%とか、ほとんどカカオパウダーじゃん。土じゃん。みどりちゃんよく食べられるね」
スイートチョコレートを齧りながら、ゆきさんは毒舌を振るう。

7 ヴァンパイアのおしゃれ

パソコンにデータを打ち込んでいるゆきさんの手元は、いつでもぱっと華やかだ。
「爪、綺麗ですね。モテの秘訣ですか」と問うと、
「モテじゃないから。不倫だから」と笑っている。
昨日切ったばかりの不格好な自分の爪を眺めていると、ゆきさんが顔を覗き込んできた。
「みどりちゃんもやってみる?」
「いや、赤はちょっと…職場的に大丈夫なんですか」
「院長は、いいじゃんって言ってたよ。他の色…コーヒー色なんて、どう?」子供の機嫌をとるように畳みかけられて、つい承知してしまった。
「…コーヒーなら」
ゆきさんは喜んで、ついでに二人だけの女子会をしようと大張り切りだ。

8 ヴァンパイアの女子会

溶けたチョコレートのような液体が、爪の上を滑っていく。冷たい筆が爪の際に触れてくすぐったい。
「動かないでね」
ゆきさんは、いつになく真剣な眼差しをしている。
ファミレスのUSENからは、耳慣れた洋楽が聞こえてくる。いつもより店内が明るく見えるのは、電球が点いた席に座っているせいだけではない。
「できた! どう、かわいくない?」
両手をかざすと、確かにcoffee blackという色は、深みのある香ばしい風合いで、私はコーヒーが飲みたくなってきた。喉が鳴る音を聞きつけて、ゆきさんが笑う。
「おあずけにしてごめんね」
ドリンクバーから戻るとゆきさんは、メニュー表からチョコレートケーキを探しているところだった。

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