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いよいよ生まれたことを後悔する日が来たような気がしていた

今日から、というかどうせすぐにまた気分が変わるので続くかはわからないですが、出そうと思っている動画を作る前に、その脳内というか、経験したこととか、そういうことを書こうと思います。こんなふうに。

それは決して、説明とか言い訳でなくて、ちゃんと当時の自分を思い出し、今の自分が引き継いだ言葉で。みなさんが動画を見た後に、どういう経験からこの言葉が生まれたのだろうと気になって下さった時、此処をぜひ覗いてみてください。


両親は、確か私が23歳くらいの時に離婚しました。けれど、「お母さんとお父さん離婚することになったから」とか、「お父さんとお母さん離婚することになったから」というどちらの言葉も聞くことはありませんでした。

私が見たものは、夫婦という形を無くした二人が寄越し合う封筒でした。そこには、弁護士事務所の名前が書かれていて、ソレを初めて見た時、過去のどこかで二人は本当に二人は愛し合っていたのだろうかということを考えたし、本当に、私が生まれたとき、笑っていたのだろうか、と思いました。


離婚の成立にどれくらいの時間がかかったのかは知りませんが、しばらくはそんな気持ちを引きずっていました。

その”しばらく”という時間の中で、昔のことをよく思い出していました。
例え、離婚が10年前に成立していても、15年前に成立していても、別に何もおかしくないような環境で育ちました。

刺繍糸の先がほつれ始め、それぞれが違った方向を向いているみたいに、同じ場所にいながらも私たち3人は、何か同じことを考えていたことなんて一度だってなかったのだと思います。

けれど、そのほつれた刺繍糸の先をくるくるっと、親指と人差し指を使って針の穴に通しやすくする為に丸めるように、無理やり、精神を歪め合いながら生きてきたのだろうと思います。


いつしか目と目も合わさず もう二度と聞こえない「ただいま」
そんな二人お前見つめる ウルっとした瞳でこう呟く
「私の命は二人の愛の証 そこには 一つだって嘘はない
そうでしょ? そうだと言ってよ」
「二人に愛はもうないというなら 私の命は全て嘘に変わり「時」に嘘をつかせないで」

ふたりごと/RADWIMPS

この曲を中学生のときによく聞いていました。特にこの部分を自分の体験と重ねて聞いていたくせに、友達の前では、ここがいいんだよね、と別の部分をわざわざ指摘していました。

学生の自分にとって、離婚をしていないのに両親の会話がないことや、確かに私は二人の子どもとして生まれたのだけれど、二人ともが私に興味がないことが、とても”可笑しな”ことでした。

そして、それは決して、外では口にしてはいけないことだと思っていました。私が思っているのと同じように、「それは、おかしい」と言われるか、(私は愛されているから)「わからない」と言われるかのどちらかだと思っていたからです。

この曲を、自分の胸にだけ秘めて、「ただいま」が聞こえてこない家庭は自分の家だけではないという想像で、自分自身を支えていました。


事前に、離婚をすることを伝えられたって、同じことを思っていたかもしれません。逆に、無理をして結婚生活を続けていつまで経っても離婚しない両親を見ても。

ですから、離婚したことが悲しいことか、何かを失ったように感じるとか、そんなことではないような気がする、と思いながらも、23歳の頃はそのまま受け入れていました。

けれど今ではその感覚を明確に言葉にすることができます。

「大した思い出すらもないのに」
「失うほどの思い出もないのに」
「それすらも無くなって、私が生まれた時にあったかどうかもわからない喜びを」「知ってそうな人が居なくなっていく」
「そして、私は今、生きるに値するような人間なのだろうか」

ということです。

どんなふうにこの世に誕生したのかなんて、皆知り得ないけれど、それでも何となく”今”優しくされるから、そんなことどうでもよくなるものなのだと思います。もしくは、きっとこんなふうに泣いたり笑いながら喜びを表現していたのだろうということを確信して疑わないで居られる何かを感じていたり。

微々たる両親との思い出も、離婚という言葉によって、こんなもの何の意味も無かったと言われているような感覚を感じていました。

そんなふうに、確かにあった過去という出来事がすっぽりと抜け落ちていくような気がしてならなかったのです。その瞬間、“今”を生きる自分の地盤がぐらつき始め、傾き、生きる意味なんてものを考え始めていたのです。


そして、結局今に至るまで、そんなことを考え、出来事に意味を付与しない形で私は、生きることを選べたのです。

彼ら、彼女らが、離婚したことに意味もなかったし、
私が、それによって苦しむということにも意味はなかった。

そして、過去という長い時間の中で、何故…と考えざるを得ない状況に意味を見出すことを辞めたのです。

離婚というものによって、”私の命は全て嘘に変わり”、そんな馬鹿げたことはないということも知っているし、そして、

そんな馬鹿げたことを考えてしまう、人の気持ちが痛いほどわかります。


私たちは、人生のどこかできっと、過去に愛された証拠を残しておきたいという衝動に駆られるのだと思います。

なんというか、未来が今になっていけばいくほど、何か大切なものを過去に忘れてきてしまった気がするから。それが何かわからないから、どうせなら何か壮大なものを、と。

しかしながら私たちは、愛された証拠があったとしても、絶対的に愛されていたと感じることはできない、”可笑しな”生き物なのです。

ですから、愛だとか、意味だとかを考えなくなったその時こそ、やっと、本当の自分について考えられるようになるのです。


最後に

小さい頃から片親で寂しい思いをしたとか、親が不仲なのに離婚しなくて余計に辛かったとか、本当に色んなみなさんのストーリーをSNSを通して聞くことがあります。どれも、比較などせずとも、確かにご自身が感じた想いだと思います。

ですから、別にその想いをどうするべきなんてことは言うつもりはありません。

私は今は、離婚したという過去について正直もう何も思っていないというのが本音です。意味をつけないということで解放されたということを書きましたが、何も考えなくなったときに、過去はどう足掻いても、”あの過去”という姿をしていたんだろうな、と思い、そこからどうでもよくなりました。もちろん自分が生きる意味だとか、そういうものも。

突然ですが、こういう表現の仕方ができて、とても嬉しいのです。
もしね、私が”普通に”「今日は両親が離婚した時の本音について話しますね」という冒頭で動画を作っていたら、どうなると思いますか?

きっと、コメ欄は、それぞれの立場から、
「でも親だって、自分の人生があるから」
「親の離婚の所為で、」
という語りが絶えないと思います。

でもね、私が伝えたいのはそういう、単なる共有ではなくて、誰かの所為とか、そういうものでもなくて。突然のこととして強制的に自分の心に侵入してきた異物と過ごした時間や、それを引きずった苦しみ、みたいなところなんです。

言葉にするより前に、「よくあることだね」なんて、一言によって、飲み込み、また胃の奥に過去を戻して閉じ込めるような、そんな、時間と空間についてなんです。

ですから、伝えたいという気持ちはあったとしても、必ずしも伝えたいということではなく、なんとなく、似たような時間を過ごした、今を生きるみんなに向けて放つ単なる言葉なのです。

頼んでもないのに、簡単な言葉でその時間をまとめられることって、きっとこれからもあると思います。

私もこういう長ったらしい文章書きながら、喋りながら、「で、結局何が言いたいの?」みたいな、コスパを重視しているフリをした人間に指を指されることが、なくなることはないと思います。

だけどね、それでいいんですよ。

それで良くて、それが良くて、そうやって生きている姿を見せ、みなさんが何かそこから感じるものがあれば嬉しいです。


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p.s 何故か昨日から感性が爆発しているというか、やたら本を読むし、やたら文字を書くし、やたら動画を撮っています。

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