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きつねの嫁入り

私のクラスには、いけ好かない子が居る。
同い年なのにクラスメイトにも常に敬語。
スラッとした容姿に、サラサラなロングヘアー。
誰からも目を惹く存在なのに、それを全く鼻にかけない。
いろんな子から声をかけられるのに、誰とも群れない。
(優等生ぶって何様?)
「重そうだから、手伝いましょうか?」
「牧村さん。ありがとう。助かる。」
クラス全員が提出したノートを、教務室に運んでいた子の手伝いをする彼女。
(良い子ぶってさぁ〜)
「ねぇ、華。何さっきから怖い顔してるの?」
「んあ?別に。何でもない。」
「そお?ねえ、牧村さんってキレイで優しいよね。私、好きになっちゃいそう!」
「はぁ?アンタって女好きだっけ?」
「あんな風になれないなら、せめて1番傍に居たいと思わない?」
「へぇ〜」
(やってられない)
私は席を立って教室を出た。

購買でオレンジジュースを買い、教室に戻ろうとすると、
「木下君、ちょうど良かった。一緒に職員室に来てくれ。」
英語の山里先生に声をかけられた。
(ゲッ!ハゲ里!)
「ああ、私、教室戻るんで無理です。」
「教室に戻るなら、ついでに持って行ってくれ。」
ハゲ里はそう言うと、私がついてくると信じ、背を向けて歩き始めた。
(・・・だっる)
仕方なく私はついて行った。
「コレ、次の授業で使うから、教室に運んでくれ。」
私はハゲ里が指差すダンボール箱を見た。
とりあえず手にしてみると、まぁまぁな重量感。
「あのぉ~、重いんですけど。」
「若いんだから大丈夫だろ。」
「男子に頼んだ方が良いと思いますけど?」
「教師の指示には黙って従うのが生徒だろう!女だからって甘えるな!これだから最近の女は嫌いなんだ!男女差別するなと言いながら、「女だから出来ません」とほざく!昔の女は男に口答えなんかしないもんだった!」
(昭和かよ・・・)
「ハイハイ、持って行きますよ。」
(長寿大国ニッポン万歳だね。ウケるわ)
私はダンボール箱を両手で持ち、職員室を後にした。
(まぁ、持てない事も無いケドさぁ、アンタが男子には強く言えないのも知ってるケドさぁ、何で私なの?何で死なないの?あの老害。マジありえないんだけど)
私の頭の中は、ハゲ里への罵詈雑言で溢れていた。

廊下をクリアし、階段を昇るのだが・・・
(ダンボールで足元見えないじゃん!)
私は1段1段、慎重に足を運んだ。
踊り場でちょっと休み、残りの半分を昇り始めた。
(最後の1段だ)
気が緩んだのか、見事に踏み外した。
後方へ傾いていく身体。
とっさに手すりを掴もうとしたが、手が届かなかった。
ダンボール箱が階段をバウンドしながら落ちていく。
全てがスローモーションで見える。
(私も落ちて死ぬんだ・・・)
そう思った直後、背後から強く抱えられた。
「危ない!大丈夫ですか?」
声の主に抱えられ、最後の1段を昇った。
「大丈夫ですか?どこかぶつけてませんか?」
声の主は牧村さんだった。
踊り場には無惨な姿のダンボール箱と、飛び出した教材達。
怖かった。
中身が飛び出し、原型を留めていないダンボール。
自分の結末とリンクして脳みそがゾワゾワした。
震える手足。勝手に流れる涙。そして、呼吸が上手く出来ない。
(怖い、怖い、怖い・・・)
「木下さん。大丈夫ですか?」
質問に答える事も出来ず、私は牧村さんの腕を握りしめながら失禁してしまった。
(どうしよう。どうしよう。)
でも、手足の震えも涙も息苦しさも止まらない。
(どうしよう。どうしよう。どうしよう。)
「木下さん。大丈夫ですよ。ワタクシに任せてください。」
牧村さんは少しかがんで、私の右腕を自分の肩にかけ、私の右手首を自分の右手で握り、左手で私の脇腹の辺りを掴むと、ヒョイっと私を持ち上げ近くのトイレの個室に入った。

・・・までは覚えているけど、
次の瞬間、私はトイレの個室で牧村さんにもたれながら、ブレザーもスカートも下着も脱がされ、牧村さんに濡れタオルで下半身を拭かれていた。
(????)
「ゆっくり呼吸しててくださいね。大丈夫ですよ。もうすぐ終わりますから。」
牧村さんに力無く寄りかかる私に、牧村さんは私を器用に支えながら優しい声で言った。
乾拭きが終わると、
「お待たせしました。ゆっくり座りましょう。」
牧村さんに支えられながら、便座に座った。
(え?何でこんな事してくれてるの?)
牧村さんはしゃがみこんで私の足を濡れ拭き、乾拭きし、キレイな靴下を履かせ自分のももの上に置いた。
「新品ではなくワタクシの予備の物で申し訳ないのですが、洗濯してありますから臭くないと思います。」
反対の足を拭きながら、こちらにチラッと笑顔を見せた。
両足が靴下を履いた状態になると、牧村さんはスパッツを取り出し私の足を通した。
「コレも新品でないので申し訳ないのですが、無いよりマシなのでとりあえず履いてください。」
牧村さんが、また器用に私の上半身を持ち上げ、スパッツを履かせてくれた。
「呼吸はどうですか?まだ苦しいですか?」
素直にうなずく。
「では、保健室にご案内しますね。あ、スカートは濡れていませんでしたが、念のため除菌、消臭スプレーをかけてありますから大丈夫ですよ。上履きはワタクシのを履いてください。これは予備ですが新品です。ご安心ください。」
そう言いながら牧村さんはテキパキと私の身仕度をする。
私はボンヤリその姿を見ていた。
牧村さんは自分のブレザーを私の足にかけると、私を抱き上げ個室を出た。

翌日
(学校行きたくないなぁ。漏らした事、噂になってるかなぁ。休もうかなぁ。てか、辞めちゃおうか・・・)
ベットで布団に包まり考えていると、スマホがブルった。
『本日は休校となります。授業再開の際にはメールにて連絡いたします。』
(休校?何かあったのかな?)
ドアフォンが鳴った。
(こんな時間から宅配?大変だなぁ。)
「華ぁ~、お友達が迎えに来たわよぉ~!」
「へっ!?」
私の部屋のドアがノックされ、
「おはようございます。具合はいかがですか?」
「牧村さん!」
私は飛び起きドアを開けた。
「朝早くから申し訳ありません。心配だったので来てしまいました。」
私は素早く牧村さんを部屋に入れ、ドアを閉めた。
「牧村さん、何しに来たの?ねぇ、どうして家が分かったの?休校って何?何かあったの?」
牧村さんはニッコリ微笑み、
「たくさん質問されますね。元気になられて良かったです。」
「んなコト良いから教えてよ。いや待って!アレからどうなった?その・・・・みんなにバレちゃった?」
「バレた?何がでしょうか?」
「私が・・・その・・・」
「あ、木下さんがブレザーのポケットに入れていたオレンジジュース、カムフラージュで拝借いたしました。無断で使用してしまい、申し訳ありません。本日、同じ物をお持ちいたしましたので、ご容赦ください。」
牧村さんがバッグからオレンジジュースを取り出し、私に差し出した。
私が「?」な顔をしてオレンジジュースを見つめていると、
「フタを開けて倒しておいたので、誰にも気付かれておりません。」
ニッコリ微笑み私を見る。
「?????・・!!ッ・・・ああ!そうゆう事?良かったぁ~!ありがとう!」
私は絶望から救われた喜びで、牧村さんに抱きついていた。
牧村さんは私を優しく抱き返し、
「大きなショックを受けたら誰にでも起きる現象ですから、気に病む必要は無いですよ。もっと早くに気付いていたら、ワタクシが荷物運びのお手伝いが出来たのに。気付くのが遅くなってしまい申し訳ありません。」
そっと私の髪を撫でた。
牧村さんの腕の中は温かく、牧村さんの声と鼓動は優しかった。
私はなぜか「ずっとこうしていたい」と思った。
ずっとずっと、このままでいたいと思った。

この日以来、私は牧村さんと一緒にいる事が多くなった。
否!積極的に牧村さんの傍に居た。
否!否!隙きあらばまとわりついていた。
「口止めの為」
と、なぜか自分に無理やり理由をつけて。

「牧村さん、お家はどこ?」
一緒にお弁当を食べながら聞く。
「ワタクシは蓮志に住んでおります。」
「蓮志?遠くない?あの辺なら美艶高とか在るじゃん。」
「ワタクシには、遠い方が都合が良かったのです。」
(え・・実は中学でイジメられてたとかかな?・・・この話はやめよう)
「そうか。通学時間が長ければ、その間に勉強出来るし本も読めるもんね。」
私はニッコリ微笑んだ。
牧村さんも微笑みを返してくれた。
(こんなに素敵な人をイジメるなんて、全員ぶっ飛ばしてやりたい)
「木下さんは、優しい方ですね。」
「え?」
牧村さんが微笑みながら発した言葉の意味が判らず、私はマヌケな顔で聞き返した。
牧村さんは、お箸を揃えて置き、両手を膝の上に置いた。
「木下さんは今、ワタクシが地元に居たくない理由が有ると思われたから、話題を変えてくださったんですよね。」
「あ・・・過去って変えられないからね。ゴメンね。」
「いえ、気を使っていただいて、嬉しかったです。ありがとうございます。」
牧村さんが少し頭を下げた。
「いいよ、頭上げてよ。お弁当食べよ。」
牧村さんが頭を上げ、再び私に微笑んだ。
キラキラ輝いて、まるで女神のような笑顔だった。
心臓が止まった気がした。

学校からの帰り道、
「そう言えばさぁ、牧村さんってなんでサブの靴下とか上履き持ってるの?」
「ああ、ワタクシ歩き方がバタバタしてるので、靴下も上履きもすぐにダメにしちゃうんです。」
「そお?あんまりバタバタしてる感じしないけど・・・」
「歩くクセですね。靴下は穴が開いちゃいますし、靴底は擦れてナミナミが無くなっちゃうんです。」
眉尻を下げて牧村さんが言う。
(困った顔も可愛い〜)
私はバカみたいにキュンキュンしてしまって、慌てて牧村さんから目をそらし、
「そっかぁ。」
しか言えなかった。
「木下さん?お顔が赤いですが、お熱でもありますか?」
牧村さんが私の顔を覗き込む。
「な、ないないない!元気元気!もうピンピンだよ!」
私はなぜかラジオ体操の屈伸動作をした。
(私ナニやってるのよ・・・)
「そ、そう言えばさぁ、ハゲ里、見なくなったね。担当の先生も替わったし。」
私はとっさに話題を変えた。
「あぁ、生徒を理不尽に恫喝している動画がネットで流れて解雇になったみたいですよ。」
「理不尽に恫喝している動画?」
私は驚いて牧村さんを見た。
「ええ。「こんなに重たい荷物を女子1人に運ばせるなんて非常識にもほどがある!」って抗議した生徒達に大声で怒鳴り散らしたんです。「生徒はしょせん教師の下僕なんだから文句を言うな!」「子供のくせに生意気な!」「俺に楯突いたら内申に悪い評価出してやるからな!」みたいに。」
「重たい荷物って、あの時のアレ?」
私は牧村さんから目をそらし、うつむきながら聞いた。
(漏らしちゃった事、牧村さんは知ってるからなぁ・・・・)
「そうです。その夜にその動画が流されて騒ぎになり、翌日から休校になったんですよ。」
「なるほどね。で、ハゲ里、首切られたの?」
「そうですね。教師は生徒を正しく指導するものであって、生徒を見下すものであってはならないですからね。」
「動画の出所は?判ったの?」
「発信元が不明だそうです。」
「え?でも内部の人間でしょ?すぐに判りそうだけど。」
「いくつもの基地を経由してるらしく、発信源は確認出来て無いみたいですよ。」
「へぇ~、ウチの学校にそんな事出来る人が居るんだ。まぁ、助かったけど。」
私は見えない誰かに感謝しながら、誰なのか1人ひとり分かる範囲内で顔を浮べた。
「木下さんにケガも後遺症も無くて良かったです。」
牧村さんの優しくて眩しい笑顔の目が合い、恥ずかしくなって、なぜか私は牧村さんの腕に自分の腕を絡めた。

すると、50mほど先に在る横断歩道の中程を、高齢の女性がカラカラを押してテトテト横断しているのが見えた。
点滅する歩行者用信号。
「ヤバいっ!」
私は走り出した。
・・・ら、横断歩道には「今」、私の隣りに居たはずの牧村さんが、周りの車を止めながら女性の横断を補助していた。
私は「え?」と思いながら走り、横断歩道に到着すると、車に向かって両手の手のひらを出し、止まるようにお願いした。
高齢の女性が渡り終えると、私は車に頭を下げ、横断歩道から歩道へ移動。
高齢の女性は感謝の言葉を何度も私達に伝えて、テトテトと去って行った。
「無事で良かったですね。」
笑顔で牧村さんが私に言う。
「うん。そうだね。」
私は曖昧に答えた。
「ご高齢の女性を見つけて、すぐに走り出す木下さんは優しい心の持ち主ですね。」
「・・ねぇ牧村さん。・・・アナタもしかして瞬間移動出来る人?」
「・・・・・」
「だからすぐに靴下や上履きがダメになるの?」
私の言葉に、うつむくだけの牧村さん。
「私の時も、気付いたらトイレの個室でスカートもパンツも脱がされて濡れタオルで拭かれてた。牧村さんが瞬間移動出来る人なら説明がつく。ねぇ、そうなの?」
「・・・・・他の方には内緒にしていただけますか?」
牧村さんが、この世の終わりみたいな顔で、か細く言った。
「もちろんだよっ!私の生命の恩人だもんっ!それに、牧村さんも私が漏らした事、言わないでいてくれてるじゃん!2人だけの秘密!ね!」
私が満面の笑みで言うと、牧村さんも微笑み、
「木下さんは、本当に優しい方ですね。ありがとうございます。」
牧村さんの微笑みを見ながら、私は「2人だけの秘密」の響きにうっとりした。

夏休み直前の頃、帰りのホームルーム辺りから雲行きが怪しくなり、カミナリの音も聞こえてきた。
(こりゃあジャジャ降り確定だなぁ~。タイミング悪すぎだよ)
ホームルームが終わると、クラスのみんなは一目散に教室を後にした。
教室に残っているのは、牧村さんと私だけ。
「牧村さん、急がなくて良いの?」
私が牧村さんに近付きながら聞くと、牧村さんは席に座ったまま、
「あと5分早く終わっていたら間に合いましたが、今からでは大雨にうたれます。20分程でやむはずですから、木下さんも待ちましょう。」
と、窓の外を見ながら言った。
私は、周りをキョロキョロ見回してから、
「牧村さんなら、ピュッて行けるんじゃない?駅までなら、そんなに距離無いし。」
牧村さんは、フフッと笑って、
「それでは木下さんが教室で1人になってしまうでしょ?2人で移動するには距離が長いですし。」
「私のため・・・?」
私が、牧村さんの傍に居るための無理やり作っていた「口止めの為」という理由がサラサラ崩れ落ちた。

2人並んで、滝のような雨と時々光る稲光を窓のフチに両手をついて見ていた。
カミナリが光る度に私は、叫び声を上げて仰け反ったり、尻もちをついたりしていた。
「木下さん、カミナリ苦手ですか?」
笑う牧村さんの手を借りて立ち上がりながら、
「カミナリ、嫌いじゃないんだけど、ついつい声が出ちゃうし、無意識に身体が反応しちゃうんだよね。」
泣き笑いで答えた。
「ケガをしてしまうといけませんから、窓から離れるかワタクシに捕まっていてください。」
「私が捕まってると、牧村さんも尻もちついちゃうかもよ。」
「ワタクシは大丈夫です。頑丈ですから。」
と、牧村さんが言い終わると同時に、カミナリが近くに落ちたのか、もの凄い光と音。
私は、何語なのかも判別できない奇声を上げて、牧村さんにしがみついた。
牧村さんは、私を抱きかかえながら、珍しく声を上げて笑った。
「木下さん、両手は判りますが、足までですか?」
「いやぁ〜、両足はさすがに牧村さんも倒れちゃうから片足。」
牧村さんはまた大笑いして、私の右腕に両手をそえ、優しく撫でた。

しばらくすると、雨の勢いは徐々に弱まり日が差してきた。
「きつねの嫁入りだね。」
私が言うと、
「「きつねの嫁入り」って何でしょうか?」
と牧村さんが聞いた。
「お天気雨は「きつねの嫁入り」って言うんだよ。おきつね様の結婚式。花嫁さん、綺麗だろうなぁ~。この雨量だと、良いトコのお嬢様かな?」
「初めて聞きました。とてもロマンチックですね。」
牧村さんが微笑みながら私を見た。
私も牧村さんに微笑み、手を重ねてキスをした。

え?
待って!
キスしちゃった?私?

素早く離れて牧村さんを見ると、牧村さんはフリーズしていた。
「ご、ごめん!あの、牧村さんの笑顔が可愛くて、気付いたらしてた。ごめん!」
慌てて私が言うと、牧村さんはまだフリーズしていた。
「えっと・・・・・牧村さん?」
牧村さんの身体をゆすっても動かない。
『システムエラーの為、強制終了します。』
電子的な、牧村さんの声では無い音声が聞こえ、牧村さんの目から輝きが消えた。
「なにー?なにー?なにー?牧村さん?大丈夫?」
私が必死に牧村さんを揺すり、声をかけていると、作業着の男性が3人現れ、素早く牧村さんを梱包し台車で運び始めた。
「何?誰?何してるの?」
と私が言うと、
「アナタも同行してください。」
と連れて行かれた。

私は、応接室に座っていた。
(ここドコ?どう見ても家じゃ無いよね?どうなってるの?牧村さん、大丈夫かな?)
キョロキョロ周りを見ていると、白衣の男性と女性が入って来た。
私は立ち上がり、
「牧村さんは大丈夫ですか?」
と聞いた。
男性が、
「ご自分の心配より、Θ−358の心配をしてくださるとは。なるほど。」
と言った。
(この人、何言ってんだろ?)
と思っていると、
「博士、機種では無く「牧村」と言ってあげないと混乱しますよ。」
と女性が言った。
(この人達何者?シータほにゃららって何よ?)
「あぁ、確かに。申し訳無い。どうぞ、お座りください。」
3人、2対1で向かい合って座った。

「牧村さんは大丈夫なんですか?何があったんですか?」
私は、2人を交互に見ながら聞いた。
「貴女は、木下華さんですね。階段で牧村が貴女をサポートしてから親しくしてくださってる。」
女性に言われ、
「・・・・はい。」
(何で私の名前知ってるの?階段での事も知ってるし。牧村さんから聞いたのかな?)
戸惑いながら私は答えた。
「牧村はじきに来ます。少し話しましょう。」
男性が言い終わると、ちょうどドアをノックする音がした。
ドアが開くと牧村さんが居た。
「牧村さん!」
私は牧村さんに駆け寄った。
「牧村さん、大丈夫?もう、平気なの?」
「驚かしてしまって、ごめんなさい。もう、大丈夫です。」
牧村さんが微笑み、私に少し頭を下げた。
「博士と所長にもご迷惑をおかけして、申し訳ありません。」
白衣の男性と女性にも頭を下げた。
「とりあえず、2人とも座りなさい。」
白衣の女性が言った。

「牧村、あなた自分の事は木下さんに話したの?」
白衣の女性、所長さんが言った。
「いえ、話してはおりません。規則ですから。」
牧村さんが答える。
(牧村さんの事って何?規則って?)
「規則を知っていながら、木下さんとは距離を縮めたのね。」
「それは私が・・・」
私の言葉を白衣の男性、博士が手で制止した。
「・・・・はい、距離を縮める機会をうかがっていました。」
牧村さんがうつむきながら言った。
所長が、社長と何やら話し始めた。
私は牧村さんの手を握り、牧村さんも握り返してくれた。
「博士、所長、ワタクシに人を想う資格は有るのでしょうか?」
牧村さんは、突然、2人を見ながら言った。
「お2人に造られたワタクシに、このワタクシに、そんな権利は有るのでしょうか・・・」
牧村さんは涙を流していた。
(造られた?権利?資格?)
私はよく判らなかったけど、牧村さんの手を握り続けた。
「システムエラーの原因は解ったから、後は2人で話しなさい。」
博士がそう言うと、博士と所長は退室した。

2人が出て行った後、私はハンカチ代わりの小タオルを牧村さんに渡した。
「牧村さん、大丈夫?」
「はい。ありがとうございます。」
牧村さんが、小タオルを受け取りながら答えた。
小タオルで涙を拭き、少し呼吸を整えると、牧村さんがうつむいたまま言った。
「木下さん。ワタクシの勝手な感情ですが、ワタクシは木下さんと一緒に過ごす時間が好きです。」
「うん。私も牧村さんと一緒に過ごすの好きだよ。」
「ワタクシが・・・・・ロボットでも・・・ですか?」
「え・・・・・」
私は返す言葉が見つからず、牧村さんを見つめたまま固まった。
牧村さんが、深くため息をつき、
「やはり嫌ですよね・・・」
と言った。
私は、
「いやいや、違う違う!そのぉ、牧村さんってロボットなの?嘘だよね?肌触りとかマジ人間だよ?」
と、牧村さんの腕や髪を触り、驚きを隠さなかった。
「ほぼ人間に近しく造られております。人工の血液も流れております。でも、ツクリモノです・・・」
「スゴい!牧村さんスゴいよ!私、そんなスゴい人と一緒に居るんだね!」
牧村さんが驚いた顔で私を見た。
「木下さん。ソコですか?「気持ち悪い」とか「ありえない」ではないのですか?」
「ビックリはしたけど、気持ち悪いでは無い。ビックリした。もう、マジ人間。ビックリだよ。」
「ワタクシが木下さんに・・・好意を抱いていても・・・・・ですか?」
私が、これ以上開かないくらいに目を見開いて、
「牧村さん。私も牧村さんが好き!」
と伝えると、今度は牧村さんが目を見開いた。
「木下さん、ワタクシはロボットですよ?それでもワタクシを好いてくださるのですか?」
「ロボットでも人間でも関係無いよ。私は牧村さんに救われて心惹かれた。ただそれだけだよ。瞬間移動もロボットだからかぁ。」
牧村さんの瞳から、また涙がこぼれてきた。
「牧村さん、そんなに泣いたらサビちゃわない?」
と、私が聞くと、
「ワタクシ、そんなに旧式ではありませんので。」
牧村さんが涙を拭きながら笑って答えた。
「牧村さん、私とのキス嫌だった?」
「いえ、嫌ではありません。ただ・・・・」
「ただ?」
「あの・・・知識は有りましたが、初めてだったので・・・ビックリ・・・・」
牧村さんの声が小さくなり、同時に顔が赤くなっていった。
「そうか。なら良かった!拒否反応でフリーズしたのかと思った。」
私は、自然と牧村さんを抱き寄せていた。

しばらくすると、博士と所長が戻ってきた。
「Θ−358、ちゃんと話せたかい?」
博士が聞いた。
「はい。ワタクシがロボットである事を、木下さんに伝えました。」
「そうか。で、木下華さんはどう思いましたか?」
博士が今度は私に聞く。
「ロボットって、もっとガッシャンガッシャンしてるイメージだから驚きました。」
所長が笑って、
「正確には高性能なアンドロイドです。看護や介護が重要視されている現在、家族がその役目を負担無く担える未来への実験をしています。」
と言った。
「実験?」
「はい、人と関わり合いながら成長し、心を持ったアンドロイドの育成です。今現在、1000体のアンドロイドを育成中です。」
「じゃあ、牧村さんはそのうちどこかに行っちゃうんですか?」
私は、前のめりで聞いた。
「いえ、家族、地域、人間との関わり合いを断たずにお手伝い出来るアンドロイドを目指しております。」
「良かったぁ〜」
私はイスに腰を落とし、笑顔で牧村さんと笑い合った。
「恋愛感情も芽生えるようにプログラミングしましたが、このカタチは予想外でした。私もまだまだ未熟者ですね。」
博士が頭をポリポリかきながら言った。
「博士、ワタクシは木下さんとアレは出来ますか?」
牧村さんが、いきなり質問した。
その場に居た、牧村さんを除く3人が驚いて牧村さんを見た。
数秒間、空気が止まった。
「牧村、あなたキスしたぐらいで強制終了したくせに何言ってるの?」
所長がやっと声を出した。
「今すぐにじゃ無いです!・・・・いずれそうなった時、ワタクシの身体はその行為に対応してますか?」
(牧村さん、どうしちゃったの?)
「まぁ、Θシリーズはほぼヒューマノイドだから可能だが・・・まだ未成年だぞ?」
「未成年だって、好きな人とはそうなりたいんです。」
(牧村さぁ~ん、何言ってるのぉ~。)
「木下華さんは、どのようにお考えですか?」
博士が私に聞いた。
(ひゃっ!私っ?)
「そりゃぁ・・・ねぇ、無意識でキスしちゃったくらいだから・・・・ねぇ・・」
(んな事聞かないでよ・・・・・)
私は、顔を真っ赤にしてうつむいた。
「大人が口出しするものでも無いか。好きに青春しなさい。」
「博士!また、そうやって甘やかす!牧村に甘過ぎですよ!」
何だか、大人2人が言い合っていたが、私は牧村さんと笑いながら、時々お互いの顔を見て笑っていた。

私は、たぶん「牧村さんがロボットである事を、他言しません」的な書類にサインして、家に帰ることとなった。
研究所から家まで送られる車には、何故か牧村さんも乗っていた。
まぁ、一緒の時間は嬉しいから良いか。
牧村さんと手を繋ぎながら後部座席に座っていると、
「木下さん、今日はご足労いただいてスミマセン。」
牧村さんが改まって言う。
「ううん、2人だけの秘密はいっぱい有った方が嬉しい。」
私は笑顔で返した。
「木下さんに、もう1つ内緒が有るんです。」
「内緒?何?」
私は牧村さんの顔を見た。
「山里先生の件、私が動画を流しました。」
「牧村さんが?どうやって?」
「ワタクシ、都合好くロボットなので、見たもの全てを録画、再生出来るんです。それを、わざと幾つもの基地を経由して流しました。」
「・・・ごめん。判んない。」
「ですよね。発信源はココです。」
と、牧村さんは自分の頭を指差した。
「ただ、ワタクシがロボットなのは極秘なので、IDやアドレス、パスワードは毎日自動で変更されます。だから、動画を発信しても、決してワタクシにはたどり着けません。」
私はしばらく牧村さんの顔を見つめてから、
「なるほど。分かった。」
と、ニッコリ微笑んだ。
「木下さん、本当は分かってませんよね?ワタクシ、博士にも所長にもスゴく怒られたんですよ。」
怖い顔で詰め寄る牧村さん。
「そんな怖い顔しないで。ありがとう、牧村さん。」
私は素早くキスをした。
牧村さんは、再びフリーズ・・・・・
する訳もなく、
「キスでごまかすなんてズルいです!」
牧村さんが、今までに無く大胆に私に抱きつきキスしてきた。
しかも、舌まで絡ませてきた。
私は、初めこそ抵抗したが、牧村さんの大胆な行為を受け入れてしまっていた。
「後ろのお2人さん、運転に集中出来なくなるから、それぐらいにしといて。」
運転席から声がした。
(おぅっ!忘れてた・・・)
私は、なんとか牧村さんを引っ剥がし、
「牧村さん、今度どっか出かけない?もうすぐ夏休みだし。」
と、提案した。
「デートですね!ぜひ行きたいです!」
牧村さんが子供みたいに笑った。

ねぇ、
貴女のパートナーは、本当に人間ですか?

                                           おわり

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