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2024年上期芥川賞を読んで「東京都同情塔」

本(東京都同情塔)(ネタバレあり、長文失礼します)

2024年上期の芥川賞受賞作品です。今回の主人公は女性建築家で、従来の受賞作品の主人公と比較すると異色といっていいかもしれません。ニューヨークでの設計事務所のアシスタントを経て37歳で片仮名の設計事務所を主宰し、メディアの取材も受けながら秘書もいる、さらに国際的なコンペにも参加できる著名な建築家という設定です。

長年建築業界にいる私としては、おいおいと思わずツッコミを入れたくなるような主人公像ですが、読み続けるとこの小説は建築が主題ではないことが分かってきます。つまりよくある業界関係者が、業界内部の実情を抉るような内容ではないはないということです。その証拠に業界内部のディテールな描写は出てきませんし、その必要もないと思います。
タイトルの東京都同情塔とは「シンパシータワートーキョー」という刑務所の片仮名名称の愛称で、敢えて片仮名を漢字に直す言葉の作業のこだわりが作品全編を貫いています。

生成AIの文章を採用したことが話題になっていますが、筆者の説明にもあるように採用したのは些細な部分で、最終的には当然本人の筆力が必要になってきます。ただこれはトレンドな問題で、他のアートのジャンルなどでは既に問題が発生していますし、今後の課題として議論は続くと思います。

物語はこの同情塔が東京都心の新宿御苑に建設されるという、賞の選評によれば荒唐無稽な内容で、さらにアンビルド(建設不可能)となった2020年東京オリンピックのザハ・ハディド設計の新国立競技場が完成したという前提で進行します。ですから当然東京オリンピックもコロナ禍の中、延期した2021年ではなく予定通り2020年に開催されています。
地上71階の東京都同情塔は、主人公の設計者によれば新国立競技場と一体化した2つの建築物であり、新国立競技場が母となりその誕生を待ち望んでいると解釈します。

このタワー施設は、従来の刑務所とは全く異なるシステムになっており、先ず犯罪者の呼び名はホモ・ミゼラビリスと改名されます。犯罪者は加害者ではなく、その劣悪な生まれ育った環境により犠牲になった被害者との認識から、犯罪者にならなかった側の人間と犯罪者とは、平等に生きていかなくてはならないというものです。

筆者はこれが究極の平等主義、反差別主義と捉えながらも、同情塔が完成した2030年は果たしてユートピアになるのか、または真逆なユートピアを装ったディストピアになるのか、同情塔での受刑者の生活ぶりが余りにも理想的かつ偽善的過ぎるので(ベーシックインカムの実験場としての家賃タダなど)、そうした問題提起をしているのだと思います。

設計後に建設反対派から激しいバッシングを受けた主人公は、その後の設計活動を断念しますが、最後雨の中、東京都同情塔の前に立ち、自問しながらその塔を見上げる場面で物語は終わります。

前回の受賞作市川沙央さんの「ハンチバック」もなかなかの力作でしたが、批評性が高く評価されたといわれる今回の受賞作も、読了後は作者からの問題提起と同時に、充足感が残る作品であったと思います。

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