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不倫をテーマにした三島由紀夫の有名作品「美徳のよろめき」

本(美徳のよろめき)

1957年に「よろめき」という流行語まで生んだ三島由紀夫の小説です。有名な作品なので読まれた方も多いと思いますが、内容は上流社会で貞淑なはずの人妻の不倫をテーマにしたもので、そのスキャンダラスな内容で当時流行語にもなった次第だと思います。

不倫を扱った内容になると、もはや純文学よりも大衆文学の立ち位置になりそうですが、そこは三島らしい技巧が取り入れられて「不倫」というテーマも、作者ならではの世界観ともいうべきものが全編を貫いています。

主人公の節子は、かつて結婚前に1度だけキス(接吻)をしたことがある土屋と結婚後に再会し、「決して許さなければよいのだ」と決めながら、自ら相手に接近していきます。主人公の家庭は、仕事が忙しくて毎晩帰宅が遅い良人(夫)と1人息子の菊夫がいますが、専業主婦の主人公は、今でいうママ友との会合などで出かけたりしています。

そうした平穏で平凡な生活からの脱却として、土屋との逢引きを重ねるようになります。相手の土屋も上流社会の節子に見合うだけの容姿や品性、さらには服装の着こなしの良さなども備えていますが、以下のような文章があります。
「節子の好みはまったく官能的なものであった。男はただ荒々しくない美しい顔と、しなやかな体躯(たいく)を持っていればよかった。そして何よりも若さと。」

土屋から裸で朝食をとるという話を聞いた時の節子の反応は、このように書かれています。
「節子の躾が、無邪気に讃嘆(さんたん)の叫びをあげていた。何という素晴らしいお行儀のわるさ!」。これは実際に旅先で2人が実践することになります。
さらに土屋との関係を持った時に、相手の肉体的なためらいやぎこちなさについても「いじらしいこと!」と、全面肯定的に愛おしく述懐しています。

同じ不倫仲間の与志子に対しても、美徳が人を孤独にするのに、不道徳(不倫)は人を同胞(きょうだい)のように仲良くさせると、その禁断の果実の味を称賛しているのです。
ただ禁断の快楽にも禁断ゆえの苦悩に襲われることになり、ついには土屋に対して別れ話を切り出します。不倫という重いテーマを、上流社会を舞台に主人公の純真無垢な心情で包み込みながら、ただ肉欲に溺れることのない貞淑であるがゆえの心と肢体の融和と葛藤の両方を描いた作品だと感じました。

三島は言葉使いも吟味していましたが、最後にキーワードとなった言葉を挙げておきます。掻爬(そうは)=人工妊娠中絶

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