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信頼関係は有償サンプルからはじまる

サンプル品を有償化したって話なのだけどね。うちの会社は昔から下請けのお仕事をたくさん頂いてた歴史があり、とにかくお客様のご要望の通りに最大限お応えするのがうちらしい営業活動だった。うちの会社で大小・丸四角、更には普通はあまりやらない溶接タイプの缶まで幅広く作れる技術と設備があるのは、そういう「御用聞き」に真摯に取り組んできた結果だと思っている。

だけど、その御用聞きも行き過ぎていた部分があって、例えば缶のサンプル送付がその一つだった。製品をピッキングして、段ボールに詰めて、伝票出して梱包して、缶の在庫がなければ新しく1缶のために金型の取り換えまでやって、と結構な工数とコストがかかってるのに、それが全部無償になってた。 サンプル提供はその性質上、優越的地位の力学が働きやすいし、サンプルがないと発注の是非が判断できないという意味ではメーカー側が提供するのが至極当然というのもわかる。だけど、何でもかんでも自分たちのリソースを無償提供するのは真の顧客視点とは言えないんじゃないかなあとも思っている。コストは希釈されたら魔法のように消えることは絶対になくて、その無償にかかる金銭的コストや労務コストの皺寄せは薄められながら遅効性の毒のように組織を蝕んでいく。それは巡り巡って、熱量だとかやる気だとかそういう一番大事なものを奪っていくこともあるし、そんな会社から生み出されるサービスの質は落ちてしまうこともある、という意味では必ずしも良いことではないと思うのだよね。

昔のサンプル送付は、お世辞にも良いものとは言えなかったんだよね。段ボールなんて使いまわしのボロボロのものを使ってたし、緩衝材もその辺にある詰め物になりそうなものを寄せ集めてたし、製品も裸で送っていたし。でも、サンプルって信頼関係のスタート地点でもあるから、そんな雑なサンプルの送り方されたらお客様は当然良い気分はしなかっただろうし、「この会社に頼んで大丈夫かな?」って思われてたんじゃないかなあ。それが結局、その会社に適正価格を支払うという納得感の閾値に到達しなくて、値引きだったりとか無理難題の要求にも繋がってしまってたと思うんだよね。だから、そういう意味では、お客様との対等で友好な関係を築くことができていなかった原因は、そもそも顧客に対して適切な価値提供ができていなかった自分たちにあった、という仮説はそんなズレてないんじゃないかと思う。有償という選択肢は決して目先のコストを埋め合わせるためではなくって、自分たちの現状の価値を問い直すためのものなんじゃないかな。

もちろん、業界や企業によってはサンプル品提供が無償の方が良いこともあるので画一的な議論はできないと思うし、うちも有償化するときは議論が白熱して「サンプル有償の会社なんかには誰も頼まなくなりますよ」「どうやって説明すればいいんだ」という話もたくさん出てた。だけど、有償化をしてから2年くらい経って、サンプルの件数は減るどころかむしろ増えているし、お客様の方もサンプル品を大事に取り扱ってくださるようになったし、弊社の担当もみんな襟を正すようになったし、うちの場合は今のところは有償にして良かったんじゃないかなと思っている。もちろん、有償とは言っても不当な金額ではなく最低限の実費相当額だけどね。有償にするからにはそれ自体もサービスだから、良い提供方法を探していかなければいけないわけなのだけど、そうやって自分たちの仕事に値札をつける感覚はいつだって大事にしていたい。


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