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BOOK, TRAIL Vol.3の、本と本人

すべての写真:大越はじめ(「垣根のない家」toi/奈良)

8/11〜13の週末、奈良県立図書情報館で「BOOK, TRAIL 3」が開催された。そこで出会った人と本のことを書き留めておきます。

今回は、2冊の本を選んで集った。1冊目は忘れることが出来ない〝現在の自分につながる本〟[a]。2冊目はまだ読んでいないけど目にとまる〝なぜか気になる本〟[b]。

初日・8/11(金)

乾 聰一郎(奈良県立図書情報館)の2冊

乾さんは2年ほど前に大きな病気を体験している。そのことに関連してだったか「物事を因果関係で捉えがちな私たちの思考はいかがなものか」という話を聞かせてくれた。「たいていのことは〝たまたま〟なんじゃないか」。

『急に具合が悪くなる』宮野真生子・磯野真穂|晶文社(2019)

で、そのことと、近年読んだという宮野さんと磯野さんの往復書簡『急に具合が悪くなる』が関係しているはずなんだが、どんな話だったか忘れた。読むと思い出せるかな。うちの本棚にもある(未読)。

『カントの道徳的人間学 性格と社交の倫理学』髙木裕貴|京都大学学術出版会(2023)

カントについては、Wikipediaにこんな記述があった。「規則正しい散歩の後、カントは、夕方から友人を集めて会食した。(中略)ウィットに富む談話を好み、世界の最新情報にも通じ、その話題の広さには会食者も感嘆した。しかし、客が哲学の話題に触れると、露骨に嫌な顔をしたと言われる」。人とのかかわり、コミュニケーションについて、あらためて考えてみたいと乾さんは話していたような…。


友廣裕一(シーベジタブル)の2冊

友廣さんは「自分は本よりも人を通じて、自分に必要なものに出会ってきた」と語るひとで、本に関してはそろそろネタ切れ(本人談)。でも3冊選んで来た。

『戦わない経営』 浜口隆則|かんき出版(2007)

大学に進む前から「経営」を意識していた。でも発言力の強い経営者や、その人たちの周囲に浮かんでいる言葉にあまりピンと来なかった。ほかの道筋を探す中で、この本も手にとったのを憶えていると言う。

『海藻 海の森のふしぎ』LIXIL BOOKLET|LIXIL出版(2013)

『美食のサピエンス史』John Allen|羊土社(2020)

その青年はいま、約200名がかかわる海藻養殖事業「シーベジタブル」で世界各地を飛び回っている。前に「求人はしたことがない」と笑っていた(つまり成り行きで自然に人が集まっている)。彼らがくり広げている海沿いの冒険について書く機会がいつかあるといいな。


西村佳哲の2冊

この前座のような初日のプログラムは、翌日からゲストの本が主題になるので、自分たちの話は済ませておこうという考え。忘れることが出来ない本や、目にとまる本を、一年のうちに3度考えることになったのはよかった。

『たいふう』かこさとし|福音館(こどものとも/1967年9月号)

かこさんといえば『カラスのパン屋さん』や『だるまちゃんとてんぐちゃん』を思い浮かべる人が多いが、自分はそっちは読まず、もっぱら彼の『かわ』や『宇宙』のような絵本を開いていた。

中でも『たいふう』は、物事を俯瞰的に見る視点、ストーリーテリングとページネーション、自然に善も悪もないということ、事の次第をめぐる自分の感性を涵養して、それが30代の「センソリウム」や「サウンドバム」を支えたと思う。本当に何度も読んだ、現在の自分にもつながる一冊。

『影の外に出る 日本、アメリカ、戦後の分岐点』片岡義男|NHK出版 (2004)

片岡義男さんは、角川書店がイケイケだった頃に広く読まれた作家で、初期の作品では『スローなブギにしてくれ』が有名。当時の売れっ子で、でもその後は何をしているの?と揶揄されることもなく、80代半ばになったいまも短編小説を粛々と書きつづけている。すごい数だ。最近、数年前に書かれた『窓の外を見てください』を読み直しているのだけど、えらく面白いし、冴えている。

『影の外に出る』は、NTTのサイト「先見日記」で、しりあがり寿や伊藤ガビンさんと並んで書いていた時評的な随筆がまとめられた一冊。「書くことを通じて、自分が考えることを知る」技術に長けた作家が、落合信彦のような情報ルートを持っているわけでもない一人の小説家が、新聞やテレビや社会の様子だけをたよりに、自分の目と頭で書いた〝日本〟の考察だ(と思う。まだ読んでいないので──)。20年前の社会を思い出したいし、「書くことで考える」姿勢に触れたいと思っている。

2日目・8/12(土)

松崎 太さん(ベッカライ・ビオブロート)の2冊

松崎さんは芦屋のパン屋さん「ベッカライ・ビオブロート」の店主。パートナーさんと切り盛りする店をお休みにして、会場に来てくれた。

「納得できる仕事を見つけ、長くつづけられる環境を、心と身体の両方に渡って築き上げる」工夫を積み重ねてきた人。その半生を集まった人たちと一緒に聞けて嬉しかった。自分の仕事をつくってきた人だ。

若い頃に心と身体のバランスに悩み、それを捉え直す助けになった一冊。と、これから読み始めたい一冊。
松崎さんの「心と身体のバランス史」を聞いた。バランスを取れるようになって、あとは巡航モード…というわけでもなく、折に触れて取りつづけている様子。バランスは動的なものですよね。『ウォークス』の副題は「歩くことの精神史」。精神は、心と体のあいだにあると思う。


久保田 翠さん(クリエイティブサポートレッツ)の2冊

久保田さんは武蔵美卒。建築やまちづくりの企画・設計を姉妹で楽しく手がけていたが、息子さんが重度の知的障害を持って生まれ、そこから人生が大きく変わった。

「何もかも健常者中心につくられている社会の不公平さに怒りを覚え」(武蔵美のインタビューより)、障害のある子どものお母さんたちと一緒に「クリエイティブサポートレッツ」を発足して現在に至る。2冊目は、浜松での彼らの取り組みのルポルタージュ。

『忘れられた日本人』について「声が大きいわけでなく、名も無い人々の暮らしの積み重ねで、この社会が出来ている」と話されているのを聞いて、私も再読したくなった。日本人は貧しかったし、いまもそうだと思う。自分たちの惨めさを忘れているだけなんじゃないかな。


松枝展弘さん(良品計画)の2冊

松枝さんは「MUJI」こと良品計画の近畿事業部長。友廣さんが「無印良品にこんな人がいた!」と、嬉しそうに紹介してくれた方だ。

良品計画は、2年ほど前から、出店地域の人々と一緒に事業をつくり出す部署を各地に設置。南大阪ではその前駆として、2014年から地元の「難波ねぎ」を使ったメニューや商品の開発が始まり、いまでは会社をあげた全国的な取り組みに育っているという。
松枝さんはその動きの起点にあたる人。会社という船を操舵しているのは人だよな、と当たり前のことを思う。

『20世紀の良品』は無印良品20周年の記念出版物で、一般書店にはあまり流通していない様子。横尾忠則・三宅一生・如月小春・ひびのこづえ・浅葉克己・山口小夜子・安藤忠雄など80年代を代表する顔ぶれが寄稿し、軸となる20世紀のプロダクト史は柏木博さんが編纂。読み応えがありそうです。

「現在の自分につながる」一冊として持ってきてくれた松枝さんにおいて、良品計画の歴史は、ご本人の人生とよく重なっているのだと思う。「仕事」という言葉は「あれは仕事だから」という具合に、本人との間に線を引くように使われることがあるけど、松枝さんにとってはそこは不可分で、だから「出店地域の人々と一緒に店先をつくる」ような取り組み(おそらく最初は「頼まれたわけじゃないような仕事」)が顕現するんだろう。

3日目・8/13(日)

大高健志さん(MotionGallery)の2冊

大高さんがつくったクラウドファンディングのサイト「Motion gallery」の特徴は、映画や音楽など、クリエイティブの現場の支援にある。コロナ禍の初期においては、全国の小さな館を支える「ミニシアター・エイド(Mini-Theater AID)基金」をスピーディに立ち上げ、3億円以上のお金を集めて分配。文化政策が後手になりやすい日本政府の動きにパッチを当てる姿が鮮やかだった。

彼の生まれ年は1983年。2冊目〝なぜか気になる本〟のタイトルとは一年違いでそこも気になるが、中国の文化やクリエイションに関心があるとお話しになっていて、私も惹かれる。書誌情報から引用。「時代の大転換に翻弄され、ついには家族を置いて国を出る決断をした父・沈智。 代中国で自分の生き方を見失う娘・軽雲。選択しなかったもう一つの人生への憧憬」。『三体』の先で自分も読んでみたい。


植本一子(写真家)の2冊

植本さんは写真家だが、文筆のお仕事も多く、人気がある。会場で話し始めて3分もたたないうちに「いくらでも書ける(笑)」と言い放っていて驚いた。本当にそうなんだろう。評価ってものを気にしていない、というかそうした目線が内在化されていない。「書ける」理由の一つは、そのバリアーフリー感にあるんじゃないか。

『失点イン・ザ・パーク』は、亡くなった彼女のパトナー・ECD(石田義則さん)の私小説だ。奈良から東京に戻り、私もいま読んでいる。「こんなことまで書くんだ」とその無防備さに呆気にとられると同時に、「書いたからってなにが失われるかな」とも思う。「こんな個人的なことを本にする必要があるの?」と思う人がいるかもしれない。でも、じゃあどんなことなら必要があると言い切れるのか。
以前別の場所で話していたとき植本さんは、『失点イン・ザ・パーク』を「姿勢に影響を受けた本」「正直でいいんだと思った」と聞かせてくれた。それも「いくらでも書ける」につながるんだろう。

2冊目の話も少し書くと、秋に遠野を再訪するらしい。嬉しそう。このプログラムですね。

大西麻貴(建築家)の2冊

大西さんは、パートナーの百田有希さんと二人で建築設計事務所「o+h」を主宰している。威張らない設計をする人たち。
今年11/26まで開催されている「第18回ヴェネチア・ビエンナーレ国際建築展」で、大西さんは日本館のキュレーターを担当。テーマは「愛される建築を目指して」。吉阪隆正が設計した日本館を祝福している。

[上からa, a, b]

「建築は凍った音楽である」という言葉がある。建築が持つ、機能的側面と別の詩性に思いを馳せながら、カーンの建築を語る彼女の言葉を聞いていたが、話はそこを通り越して「〝愛される建築〟という言葉を置いたけど、建築が愛されるだけでなく、建築から私たちも愛されるというか…」と、愛し合う関係の話に及んだ。

その余韻が強くて、彼女が『ウォークス』についてどんな話をしていたか忘れた。前日に松崎さんも選んでいた一冊。実は私の本棚にもあり、未読です。…そうだ、大西さんのお話を聞きながら、中庭と中庭がつながってゆくウィーンの街を、自分も歩いてみたいと思ったんだ。

会場に集まった人たちも、それぞれの二冊を持ってきてそれを語り合っていた。同じ本について何度も話しながら、自分の語り口の変化に気づいた人もいるんじゃないかと思う。

昨年7月に初めて、Vol.2を今年1月に、そして今回ひらいたVol.3をもって、友廣さんや西村の参画は一区切り。今後は奈良県立図書情報館のイベントとして、もう少しライトに開催されてゆくかも。

私や友廣さんにとっては、館を退職する乾さんとなにか出来ないかな?という企画だったが、乾さんはいつもの裏方から、ホストの一人に引っ張り出されて「やれやれ」という感じだったかもしれない。でも写真の表情は和やかだ。

私にとっては、13年前に「自分の仕事を考える3日間」で会った人たちの何名かについて、その現在地点に触れる機会でもあった。初日の夜に石村由起子さんが連れて行ってくれたバーで、「3日間に行っていました!」と声をかけてくれた藤岡さんの笑顔も嬉しかった。

ゲストになにか教わるわけでなくても、互いの姿が、励みになるような場は悪くないと思う。集まってくれたみなさん、ありがとうございました。


BOOK, TRAIL 3 本を通じてきく、あなたの旅の話