"Nextデ・ゼルビ"が率いるOGCニース
W杯以降初の監督続投が結果的に功を奏している我らが日本代表。過去に比べて、欧州強豪クラブかつ巧みな戦術家のもとでプレーする代表選手たちが増えてきており、顔ぶれもだいぶ豪華な面々が揃うようになりました。
日本代表選手の中でも最高峰に話題を集めているのが、ブライトン所属の三笘薫選手。ABEMAではブライトンの試合が度々無料配信されていたり、「三笘ってる」「三笘らない」などの造語もライト層の人気を集めています。ブライトンのさらなる人気度上昇に貢献したといってもいい人物が、監督のロベルト・デ・ゼルビ。
サッスオーロ時代からその独特な戦術はかなり注目を浴びており、いつ彼自身がビッグクラブへ引き抜かれるのかといった話題は常に顕在していますが、今回紹介したいのはかつてそのデ・ゼルビの下でコーチとして働き、現在はフランスのOGCニースを率いているフランチェスコ・ファリオーリです。
移籍期間中は最大級の注目を集める某ジャーナリストからも度々紹介される"Nextデ・ゼルビ"が率いる23/24シーズンのOGCニースを深掘りします。
プロ経験全くなしから南仏の名門へ
地元イタリアの大学で哲学とスポーツ科学を専攻していたファリオーリは、2009年から2年間マルジネ・スぺルタというクラブでGKコーチを務め、その後はフォルティズ・ユベントス、ルッケーゼ1905でもGKコーチを務めました。
そしてカタールの養成機関であるアスパイア・アカデミーに招かれ、コーチとして在籍中に現在はセリエC所属のフォッジアFCについての記事を「Wyscout」に投稿していたところ、デ・ゼルビのテクニカルチームがそれを見つけ、彼にオファーを提出しました。
それを受けて17/18シーズンからデ・ゼルビ監督のもとベネベントのGKコーチとして入閣し、その後デ・ゼルビがサッスオーロに引き抜かれた後も2018年から2020年まで彼のもとでGKコーチを務めました。
20/21シーズンからトルコのアランヤスポルでアシスタントコーチを務め、同シーズン中に同じトルコリーグのファティ・カラギュムリュクSKの監督を31歳11ヶ月の若さで務め、翌シーズンからアランヤスポルの今度は監督を2023年2月まで務めました。
そして今季から南仏の名門であるOGCニースの監督となりました。彼自身はプロ選手の経験がなく、戦術分析記事の投稿からキャリアが華々しい方向へ羽ばたいていったという稀な経歴を持つ人物です。
その点で言及すれば、現在伊東純也と中村敬斗が所属するスタッド・ランスのウィル・スティル監督もプロ経験がなく、[Football Manager]というゲームを通じてプロクラブのアシスタントコーチの役職を勝ち取った人物ですから、彼らの活躍により、プロ選手のキャリアが無くとも一流の監督になることが可能であるということを示してくれています。
さて、ここからはなぜOGCニースが今季の監督に彼を招聘することになったのか綴っていきます。
方針転換による低コスト人事
OGCニースの筆頭株主となっているのは、現在マンチェスターユナイテッド買収の噂が立っているINEOSグループCEOを務めるジム・ラトクリフ氏です。
彼が2019年からやって来てから、打倒PSGを目指しての施策を行い、移籍収支ではほぼ毎年赤字を出しながら選手獲得・監督招聘を行なってきました。
しかし、彼が来てからの最高成績はガルティエが率いていた21/22シーズンの5位であり、タイトルに手が届かない状況が続いています。特に昨季はオーナーのイングランドコネクションを強め、シュマイケルやラムジー、ニコラ・ぺぺ、バークリーなどの有名選手を引き連れ、ルシアン・ファブレ監督を出戻りさせたシーズンは途中クラブOBのディディエ・ディガールが暫定監督として立て直したものの、終盤は失速して9位という結果に終わりました。
欧州コンペティションを逃したこともあって、赤字が続いていた補強面を見直し、今夏の移籍は予算を圧縮することに。テュラムやトディボら有望株の残留に成功しましたが、監督人事に関しては少々意見が割れたそう。ラトクリフ卿はまたしてもイングランドのコネクションを活かしてグレアム・ポッターを招聘しようと企んだものの、会長側はジュリアン・ステファンやル・ブリらフランス人指揮官を望んだ模様。
そのため、ギゾルフィSDが両者の間を取りもちつつ、基盤としていた低コストの監督を探していたところ、ファリオーリに白羽の矢が立ちました。
こうして低コストの人事採用でEL出場権獲得を目指していたOGCニースですが、その予想に反して序盤戦はかなり良いスタートを切ることができました。ここからは、その好調の要因になっている、ファリオーリ体制のOGCニースの戦術面について戦術ボードを使って解説していきます。
最も非保持が怖いチームから
まずは今季のOGCニースの基本フォーメーションから。PSMでは3-4-1-2を採用していましたが、リーグ戦では一貫して4-3-3を基軸としています。
昨季から変わった箇所は、PSMで活躍してシュマイケルから正GKの座を奪ったブルカと、ラムジーが抜けたインサイドハーフに仕事人のサンソンが加わりました。そのため、テュラムとトディボを残留させた影響で昨季からスカッドはあまり変わっていません。
では、この4-3-3の基軸からファリオーリがどのような施しをしているのか、まずは攻撃面の配置から紹介します。
密集したビルドアップから横運びのトライアングル(第4節ストラスブール戦)
まずは配置から。この図のように、GKを除いた前線3枚以外の7人のフィールドプレーヤーを正六角形に近い形で並べます。現実ではこの図以上に密集しており、5レーンを活かした立ち位置の制約としては、①Wボランチはハーフレーン ②両SBはハーフレーンとサイドの中間 ③アンカーのエンダイシミエは全体に囲まれる位置 をとることで、ハーフウェーを超えるまではお互いに複数のパスコースを確保します。
最も大事なのがWGの位置どり。SBやボランチからの斜めのパスコースを確保すべく、大外のレーンに常時固定(マンチェスターシティ同様)。ニースの攻撃はこの両WGにボールが渡ったところから全てが始まります。
右大外のWGラボルドゥにボールが渡ると、ラボルドゥはカットインのドリブルで横に運び、同じタイミングでボランチのサンソンが勢いよくチャンネルラン。基本背後のスペースをカバーするSBアタルは機をみて、ラボルドゥの開けた大外のレーンをオーバーラップしたり、逆にサンソンがカバーに回ってアタルがチャンネルランしたり。
この右サイドからの仕掛けには、逆サイドのボランチもボックス内へ。ボックスに人数をかけると共に、逆サイドで待つLWGのディオプは大外でステイの構え。このアイソレーションの理由は、ドリブラーであるディオプの質的優位を活かして攻撃に厚みをもたらすこと。ディオプの後ろのスペースはSBのバーがカバーして、機を見てバーもオーバーorアンダーの動きを見せます。
右でうまくいかない場合は、左からも同様のことを始めて、左から完結する際には逆サイドWGのラボルドゥはアイソレーションではなく、ボックス内に侵入してクロスの的となります。
この連動性を活かしてうまく攻撃に繋げたのが、第8節のメス戦。エンダイシミエの左大外WGボガに渡ったところから、ボガはカットインのドリブルで2人を引き付け、ボックス内に侵入していたテュラムへと渡り、1タッチでフリーになったバー。グラウンダーのクロスに逆サイドからボランチのブダウィが詰めました。直近のクレルモン戦でも同様の崩しからまたしてもブダウィが決めています。
(「YouTubeで見る」を押してご覧ください)
ここまで攻撃に関することを綴っておきながら、残念なことに、ニースは近年は堅守速攻戦術を磨いてきたチームなので、遅攻のクオリティ不足が課題として挙げられています。特に中盤以降はカウンター戦術ならもってこいの選手たちが揃っているので、いくら連動しようとも低いブロックを崩すのにはかなり手こずってしまう印象です。アイディはは増えてきた分、クオリティが増せばもっと楽な試合展開になると思います。
しかし、この戦術を施行する上で、最も重要なのがダブルボランチと両SBの動きです。ダブルボランチにはサンソンやテュラム、ブダウィら攻撃時のチャンネルランと推進力、守備時はプレスのスイッチャーになりながら、激しいデュエルができる仕事人かつ汚れ役になれる選手。両SBは豊富な運動量と、機を見てカバー体制から背後のスペースを付く戦術理解度の高さ。右のアタルはカットインからの左足によるキャノン砲もあり、バーは今季かなり伸びている印象です(現在出場停止中)。
堅守に加えてモフィという鬼に金棒
さて、ここからはその“堅守速攻”によって磨かれた守備面を見ていきましょう。守備時は上記の4-3-3からアンカーのエンダイシミエが最終ラインに入って、5-4-1のブロックを形成します。このユスフ・エンダイシミエは昨季途中にトルコのバシャクシェヒルから加入した本職CBの選手ですが、トルコ在籍時にアンカーのポジションも勉強した経験から、現在はアンカーかつ守備時は5バック中央で併用されています。攻撃時はアンカーとしてパスを捌き、守備時は5バックで中央を封鎖する、まさに“一家に一台エンダイシミエ”という現代フットボールで重宝されそうな選手です。
比較的若い選手が並ぶ最終ラインをまとめるのは元ブラジル代表のダンチ。かつてバイエルンやヴォルフスブルクで活躍したDFはいまや40歳のチーム最年長に。同じブラジル人として、チェルシーでなお活躍する39歳のチアゴ・シウバがいますが、1歳年上の彼もまだまだ負けていません。ニースの堅守に最も欠かせない人物であり、ボディランゲージを活かした統率やリーダーシップだけでなく、攻撃時は精度の高い左足で局面を打開します。若手育成が注目されるリーグアンですが、西アナの動画で特集されたようにベテランに目を向けてみるのも悪くありません。
上記の2人に加え、スピードに圧倒的な自信を備えるジャン=クレール・トディボがニースの堅守の要ですが、ここからは「堅守速攻」の「速攻」を実現させる、テレム・モフィという怪物を紹介します。圧倒的なフィジカルとスピードを武器にロリアン時代から、他のチームに恐怖を与えてきた選手ですが、堅守が売りのニースに昨季途中からモフィが加入してから徐々にその怖さが増してきました。
特にロリアン時代から、PSG相手に相性が良く、今季も第5節の試合で2ゴール1アシストの全得点に絡む活躍でPSGに初黒星をつけました。昨季を踏まえて今季はだいぶチームに馴染んできており、CBからボールを引き出すタイミングや正対ドリブルからの足技がだいぶ向上しており、同じ左利きということで自分は彼を見る度にノルウェーの怪物を連想してしまいます。PSG戦の3点目のシーンのように、ラボルドゥからのモフィを走らせるラフなボールに追いついてカウンターを完結させる脳筋的な関係性も相手の恐怖の対象となっています。
ニースの弱点としては、優勢時に簡単に集中力が切れがちなことが不安材料として挙げられるかと思います。今季のPSGやモナコ、マルセイユらとのビッグマッチにおいてはいずれの試合でもそういった場面が見られました。集中力が切れてプレーが雑になるのは、リーグアンならではのものでファリオーリの悩み所だと思いますが、チームに根付いている堅守速攻・蜂の一刺しはおそらくファリオーリも重要視する「カテナチオ」「ウノ・ゼロ」の風習にピッタリだと思います。
狙うは27年ぶりのタイトル
名門や強豪と表現されるニースですが、最後のタイトルは1996/97シーズンのクープ・ドゥ・フランスという27年も前に遡ることになります。リーグタイトルに関しては、1958/59シーズン以来65年間優勝がありません。直近10年間では16/17シーズンの3位が最高成績であり、タイトル獲得はニソワが長年待っている状況です。
今季のリーグアンは18クラブ制に変更され日程が緩和したことにより、ヨーロッパのコンペティションに出場していないモナコやブレスト、スタッド・ランスが上位を引っ張っています。ニースの当初の目標としては、ヨーロッパ圏内に返り咲けば御の字だったかもしれませんが、ここまで好調なスタートを切れたのなら目指すものは1つだけでしょう。
チームを長年支えるダンチや、他クラブに猛アプローチされているトディボやテュラムらがもう長くはチームに残らないだろうという予想から、今季が最大のチャンスになるかもしれません。この絶好調なチームの試合の配信は限られていますが、南野拓実が所属するASモナコの最大のライバルであるOGCニースとの首位攻防戦をお見逃しなく。
今回もご覧いただきありがとうございました
この記事が参加している募集
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?