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小説/予備席の男《#夜行バスに乗って》

武具ヲ携ヘ 夜陰ノ籠ニ乗リタマヘ
新シキ宿ヲ志シテ進ムニ 予備ニ坐スラバ
春ガ 其ヲ 最モ強キ モノヘト 変ヘ賜フコトナラム

僕は、兄さんが託してくれた手紙を再度開いて読み返した。
「自分に何かあったときに読んで実行して欲しい」と言って手渡されていた手紙。

間違いないと思う。
夜の籠、新しき宿、そして、春。
帳面のーと駅に貼ってあったポスターを見た時ピンと来たんだ。手紙はこの夜行バスのことを言っているに違いないって。
「予備ニ坐スラバ」って言っても小学校の時の遠足みたいに夜行バスに補助席なんてない。予備ってなんだよと思ったけど予約サイトを見てはっとした。
4Bよンびィ」の席だ。
キャンセルが出たのか直前になってポッカリ空いたその席を僕は迷わず予約し、今日こうやって乗り込んだんだ。
小さな武器を携えて。

慌てて乗り込んで座った4Bの席。僕は心臓が激しく波打つのを抑えきれない。新宿に着くときには、このボストンバッグの中の武器が最強の物に変わっているんだろうか。運転手の春さんがコッソリ変えてくれるんだろうか。
春さんって何者なんだろう。
最強って何なんだろう。

プシュウという音とともにドアが閉まり、ゆっくりとバスが動き出した。

そっと周囲を見渡す。
変な人間は乗ってないみたいだ。大丈夫。誰にも追われてない。
僕は膝の上に置いたバックの中に手を入れて確かめる。今の僕が扱える一番強いと思うものを用意してきた。
いまのところ、ここにある。
それを確認して、またファスナーをしっかり閉じた。

これが武器なのかどうかは正直よく分からない。
そんなつもりで作ったんじゃ、ない。
でも、これより強いものに変えてくれるなら。

僕は瞳を閉じて、兄さんと一緒に研究し続けた一年間を思い返した。
高校を卒業してから何事も上手く行かず、プラプラしていた僕の前に突然現れた「兄さん」。
遠い親戚だなんて言ってたけど、僕の家には近寄ろうとしなかったから違うと思う。どこの誰だか知らないけど何だかとっても懐かしくって、趣味も同じで気が合った。店に入れば「兄弟ですか」なんて聞かれるほど声や仕草が似ていたみたいだけど自分ではよく分からないし、僕があんな貧乏くさい顔をしているとは思えない。
でも僕は父さんから勘当されていたし、話のネタにでもなるんじゃないかと兎に角ついて行こうと決めた。

立ち入り禁止の札がかかったフェンスを越え、帳面山の頂上付近にある洞窟。日中も真っ暗で大量の蝙蝠コウモリが飛び交っていて、初めはめっちゃ怖かった。
「これで多くの人の命を救える。5年後に分かる」なんていう兄さんの話はすごく嘘っぽかったけど、そんな馬鹿みたいな話を真面目に語る兄さんは嫌いじゃなかった。

裏切ったのは僕だった。
どこかの誰かが研究成果を見せて欲しいとメールを送ってきた。場合によっては大金を払うと。欲が出て化合物の情報を少しだけ漏らしたのがまずかった。どこかの誰かは帳面山までやってきてブツを渡せと兄さんに迫った。
ちょうど僕が山を降りていた時。芥川賞受賞作をどうしても読みたいなんてわがままを言った時だった。
僕がピース又吉なんかを立ち読みしているとき、おそらく兄さんは、殺された。

僕は涙をこらえてボストンバッグをぎゅっと抱いた。
ブツを新宿まで持ってくれば、それなりの礼を渡す。持って来なければ、いつまでも追い続けて必ずブツを手に入れると。
大金なんていらない。これは渡さない。代わりに最強の武器に変えて奴らと闘ってやるんだ。

緊張で目がしばしばしてきた。バスの中は温かくて椅子もふんわり心地よい。
兄さん、敵をとるから待っててね……

僕は少しリクライニングを倒すと、深い眠りにおちていった。

やかましくって目が覚めた。サービスエリアに着いたのか?
いや。バスは止まってるけど騒がしいのはバスの中だ。夜行バスなのに、こんなに騒ぐなんてルール違反じゃないのかな。

ムカムカしながら目を開けると、日の丸のハチマキをした前の座席の人と、ヘルメットを被った隣の席の女の人が談笑している。

日の丸? ヘルメット? こわいこわい。なんなのこの人ら。
座席に身を沈めて僕は二人の話に耳を傾ける。

「三島先生は、自らの命を賭けて壮絶な美をも表現したのだ」
「日本文学の伝統を受け継ぎ、言葉の持つ力を信じていた」

なになになに。三島先生ってダレ?
後ろの方から、野太い声の男が加担する。

「今の学生は何も考えず、ただ享楽的な生活を送っている。まったくもって情けない」
「三島先生は、国民の真の幸福が失われていることを憂いていた。彼の死は改革を促すための行動だ」
そうだ、そうだ、と僕以外、全員の声がこだまする。
「立ち上がれ、有志諸君!」
「いまこそ、闘おう!」
そう叫んだと思ったら一斉にバスの窓が開けられ、外に向かってみんなで何かを投げつける。バスの外につぎつぎ火の手が上がる。
こわっ。いきなりナニ?
自然と体が縮こまった。
「さあ、君も」
そう言われてヘルメット女が勝手に僕のボストンバッグを開ける。
「やめて。僕の大事なものは投げないで」
声を張りあげたつもりだけど僕の声は全然ヘルメット女に届かない。ハチマキ男が僕のバッグの中に手を突っ込み、瓶をぐわしっと掴んで窓の外に向かって投げようとする。
「だめだって! やめ……」
あれ? 僕の大事なものがコーラの瓶に変わっている。昭和みたいな昔のコーラ。エモイなんて言ってる場合じゃない。もしかしてあれは火炎瓶ってやつ?

その様子を茫然と見ているとバスの扉が開き、何かの塊が飛んできた。白い煙がもくもくと広がる。
「突入!」
「警察だ!手を挙げろ!」
今度は何よ。ヤメテヤメテ。どういうこと?

僕はバッグを抱えて丸まると、逃げ惑う仲間(?)たちと、乗り込んできた大勢の警察によって揉みくちゃにされながら壊れたらしいリクライニングに倒れ込んでぎゅっと目を瞑って祈り続けた。

警棒でガンガンに殴られて引きずり回されて逮捕されて臭い飯食わされて泣いている母親と「やっぱりお前はロクでもない」と閻魔様みたいな顔して見下ろす父親と面会したあげくに「主文……」とか言われている自分まで想像したところで、僕はそっと目を開けた。

ゆ、夢か。

バスは静かに高速を走っている。
どこだか分からないけど、窓の外は田舎の風景。警察の赤色灯も回ってないしバスの中の誰もヘルメットなんか被ってない。

よかった。びっくりした。なんだかリアルな夢だったな。
僕は大きなため息をついた。ただ、どうにも座り心地が悪い。乗ったときはふかふかのシートだと思ったのに。違和感を覚えて周囲を見渡す。

よく見たら四列シートだ。まだ夢の中?
僕は恐る恐るボストンバックをそっと開いて中を覗く。持ってきたはずの大事な武器は小さな木箱の中に入れてきたのに、それが新聞紙に変わっている。なんで?
《東京ドームついに完成 こけら落としは巨人×阪神》と書かれたシワの少ない新聞紙をそっと開くと、そこにあるのは黒い拳銃だった。

うそだろ。
これで奴らと闘えっていうのか。大丈夫か。僕、撃てるかな。
ドキドキしながらそっと触ると意外に軽くて安っぽい。こんなんで勝てるのか。本当に最強なのかと疑いながらそっと銃口を覗くと、何かが詰まっているので引っ張り出してみた。

これは……!

マジシャンが口から出すアレだ。万国旗のようなものがズラズラと出てくる。途中でポロポロと金や銀の紙吹雪が落ちる。
僕は「ミーたん。結婚してくだ……」という文字まで確認すると、何だかこんなプロポーズされるミーたんが気の毒に思えて、またそれらをぎゅうぎゅうに銃口に詰め込んだ。

くだらねぇ。最強の武器が結婚かよ。
こんなもんじゃ戦えねぇよ。火炎瓶の方がまだましだ。

緊張が解けたのか、また無性に、急激に眠くなる。
僕はリクライニングをちょうどいい角度に戻した。

車内の騒めきでまた目が覚める。
「騒ぐな!」
まただ。お願いだ。新宿まで寝かせてくれ。なぜだか矢鱈に眠いんだ。
「バスを止めるな! 行き先を変えろ!」
どうやら眠らせてもらえないと悟った僕は左目だけ開けてみた。運転手の隣で立ったまま大声をあげているのはバスガイドじゃなくてヒョロヒョロのこきたない男だ。
「いうことを聞かないとコイツの命はないぞ!」
後方から女性の小さな叫び声や、子供の泣き声が聞こえる。せっかくのミレニアムなのに台無しと文句を垂れるカップルもいる。
男は大きな包丁を前に突きだし、若い女の人をしっかり抱え込んでいる。オッパイの大きな女の人の顔は明らかに青ざめている。
やばい。バスジャックか。
でも待てよ。もしかして、さっきの玩具の拳銃でも役に立つかもしれない。あの男はなんだか弱そうだし。

僕は男にばれないようにそっと膝の上のボストンバッグのファスナーを開けようと試みる。
あれ。バッグの口が開いていた。覗いて見たら中身はからっぽだ。
まずい。
僕は瞬時に悟った。
僕が爆睡している間に包丁が盗まれたんじゃないだろうか。それであの男がバスジャックを思いついたんじゃないだろうか。だとしたら、僕のせいだ。やばいやばい、どうしよう。ごめんなさい。オッパイ大きなお姉さんは心なしか僕を睨んでいる気がする。やっぱりそうだ。どうしよう。

ひたすらアワアワしているとバスに急ブレーキがかかり、立っていた犯人と自分の視界がグラついた。あちこちで小さな悲鳴が上がる。大きく左に旋回するバスの座席から振り落とされないように必死に前の座席にしがみつく。ブレーキ音だけがいつまでも耳の奥に響く。前方で女性の金切り声が聞こえたかと思うと野太いおじさんの唸り声が耳に入って真横の通路にドスンと何かが倒れ込んだ。
バスの運転手さんが血だらけで目を剥いている。
「うわぁぁっ!」
なになになに。だめじゃん。運転手を刺したらだめじゃん。バカなの犯人、何してんの。これから誰が運転するの。お客様の中にお医者様いらっしゃいませんかと聞けばいいのか、お客様の中に大型免許をお持ちの方いらっしゃいませんかと聞けばいいのか分からず、僕は「うわぁぁぁ」と叫びながら頭を抱えて椅子に深く深く座って丸まった。

だよね。
なんだか、こうなる気はした。
きっと、そういうことなんだ。

よく分からないけど。
4Bの席に座ると? 眠ると? リクライニングの角度によると? 
いや、やっぱりよく分からないけど。
でも、何かの条件で時空を超えたような夢を見ることができるんだ。いや、たぶん、そう。
JIN先生のドラマ、好きだったもんなぁ。昨年やってたバカリズムの選TAXIとかいうのも面白かったなぁ。僕はあの手の話が好きなんだ。そんなのばっかり見過ぎかな。なんでもいいや。結局、夢だ。
だって、目を開けたら今は、最初に乗ったバスと同じだ。よかった。

まずはバッグ開けて確かめる。最初に持ってきた僕の大事な木箱……
「じゃナイ!」
思わず声をあげてしまった。
だけど運転手さんの「こちらのサービスエリアでは20分の休憩です」という声と重なって誰も気にならなかったみたいだ。
数人が開いたドアから静かに降りて行く。
僕はバッグの中の、見覚えのある拳銃を見下ろして溜息をつく。

またかよ。これだけはマジでいらねぇよ。
春さん、他のものと交換してくれよ。

ちょうどバスも停まっているところだ。直接運転手に交渉してみようかな、なんて思いながらバッグの中の拳銃を持ち上げる。

何だか嫌な予感がする。
拳銃の重さが、さっきと違う。

《うわぁぁっ》
心で叫んで思わず手を離した。
本物みたいに重い拳銃が床にゴトンと落ちる。
《うわぁぁっ》
心で叫んで急いで拾ってバッグに戻す。
どうしよう。これ本物か? 本物なのか?

僕はそっと周囲を見渡す。
誰も……見て……ないよ、ね?

どうしよう。心臓のバクバクが止まらない。本物だ。きっとコレ、本物だ。
確かに最強の武器だ。これで怖い奴らとは戦える。だけど、だけど。

さっきまでのリアルな夢が、忘れたいのにつぎつぎ浮かんで僕を困らせた。
警察との闘い、バスジャックに刺された運転手。そんなのを目の当たりにしてきたら……戦うなんて怖くて嫌だ。僕がこれからやることは、夢なんかじゃないんだ。
僕は必死に目を瞑ってリクライニングを動かした。
お願い。お願い。眠らせて! 春さん、お願だから他のものに変えて! プロポーズの方がずっとずっとマシだ! ミーたん結婚してください。
だからお願い! おやすみなさい!

ポン という軽快な音とともにアナウンスの声が聞こえてきた。
僕は耳だけ覚めたみたいだ。
「まもなく、バスタ新宿に到着いたします」
バスタって何だよ、と目を閉じたまま笑う。
「バスは、新宿に到着いたします」だろう? 春さん。

ゆっくり目を開けると、閉められたカーテンの隙間から朝日が差し込んできた。
よかった。とにかく生きたまま新宿に到着だ。
酷く疲れる夢をたくさん見た。夢だったのかどうか、分からない。でもきっと夢だ。
僕は膝の上のバッグを見下ろす。
この中身は、何かに変わっているんだろうか。
変わってなければ全部夢だったんだ。

そして僕は、兄さんとの研究結果である薬品の小瓶を謎の奴らに売り渡す。大金と交換してくれるだろうか。小瓶だけ手渡して東京湾に沈められるんじゃないだろうか。
そんな不安が胸を横切る。
兄さんは、これがワクチンになると言っていたけど、へたな奴らの手に渡ると生物兵器になるとも言っていた。
僕が持っていた包丁で刺されて死んでしまった運転手さんのように、悪の手に渡したら誰かの命が脅かされる。
便利な道具や新しい発明は、天使でもあり悪魔にもなる。
きっとそういうことなんだ。

僕は震える手でボストンバッグのファスナーをジリジリ動かした。

中に入っていたのは僕が持ってきた木箱に似ていた。けれど形状が少しだけ違って細長い。
もしかして、変わったのか? 最強の、武器に?
ゴクリと生唾を飲み込んだ。
変わっていたら大変だ。ブツを手渡さなければ奴らはいつまでも追うと言っていた。この最強の武器で奴らと闘わなければいけなくなる。
こんな小さな木箱の中身で大丈夫なのか?
これからまた寝て交換する時間は、もうないぞ!
僕は慌てて木箱を開けた。

そこには「卒業おめでとう」というメッセージが添えられた万年筆。僕が欲しいと思っていたウオーターマンの万年筆だ。

なんで。

一年前の親子喧嘩が蘇った。
そうだ。
僕は帳面のーと高校を卒業して父さんから紹介された会社で真面目に働くって約束していたのに。それなのに、昔からの夢が急に忘れられなくなって。
「小説家になりたい」なんて夢みたいなことを言ったから父さんに出て行けと怒鳴られたんだ。
あの時はなぜか自信があって大口叩いちゃったけど。実はあれから全然面白い話が思いつかない。
そんな僕を母さんはそっと応援してくれたのかもしれない。
時空を超えて、このバッグに入れてくれたのかもしれない。
いや、知らんけど。

でも、そうか。僕の最強の武器はコレなんだ。これで戦う……で、勝てるのか?

いや、待てよ。奴らは言ってなかったか? 必ずブツを手に入れる、と。
そうだ。ヤツらが欲しいのは兄さんが作った薬品だ。今の僕は、それを持っていない。どこかの時代に置いてきた。

「よしっ!」
僕は拳を突き上げた。
よし、よし、よしっ! 助かった!
大金を手に入れるチャンスは逃したかもしれない。でもそれでいい。今日見た夢を小説にしよう。
謎の男と出会って、謎の洞窟で蝙蝠の唾液を集めて変な薬をつくって。それが謎の組織に奪われて、生物兵器となって世界中でパンデミック。

よし、いいぞ。誰も思いつかない、現実にはあり得ない話だ。今までにない超大作になりそうでワクワクするぞ。

プシュゥ

大きな音とともにバスの扉が勢いよく開く。
僕は新宿でこの話を書きあげよう。なんだかデビューできそうだ。大物作家になれそうな気がする。それで印税で暮らすんだ。

乗客のみんなが次々降りる。
花粉症の季節だからだ。ほとんどの人がマスクをしている。
ワッショイってくしゃみを連発している人もいる。なんだか景気がいいクシャミで気分がいいな。

僕はドアの前でにこやかに頭を下げる春さんに「ありがとうございました」と御礼を言いながらバスのステップを一段ずつゆっくり降りる。

初めて来た東京の地に新しい一歩を確実に踏み出し、運転手の春さんを振り返った。
大事なことを尋ねるために。
「ところで今年は、平成何年ですか?」
「は?」

可愛い顔の春さんの、眉間に皺が寄ったのが何故なのか、僕には分からない。


(完)

あれ、なんでこんな話になったんだろう。
でもめっちゃ焦った。〆切間に合わないと思った。
とりあえず、終わった…。
よし。あとは、エンディングだ!

この話は、少なくとも以下の方々の話とは絡んでいます。
あと、ヘッダーはスズムラさんのAI作品です。
他に「私のも絡んでね?」と思う方は教えてください(;'∀')

ありがとうございました!


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