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掌編小説/桜色のマニキュアとハチワレの空

掌編小説/桜色のマニキュアとハチワレの空

桜色のマニキュアだった。
ター子の汗ばんだ手のひらの上に置かれたそれは、今の季節にピッタリの、お化粧なんかしたことない私たちにピッタリの、小さな瓶にめいっぱい詰まった、薄いピンクのマニキュア。

「かわいい。どうしたの、これ」
笑顔で聞く私と対照的にター子は怒ったような真っ赤な顔で私に言う。
「どうしたのって! ボンちゃんが言ったんじゃん!」
「私が? なんて言った?」

そんな顔で怒るから男子に

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小説/予備席の男《#夜行バスに乗って》

小説/予備席の男《#夜行バスに乗って》

僕は、兄さんが託してくれた手紙を再度開いて読み返した。
「自分に何かあったときに読んで実行して欲しい」と言って手渡されていた手紙。

間違いないと思う。
夜の籠、新しき宿、そして、春。
帳面駅に貼ってあったポスターを見た時ピンと来たんだ。手紙はこの夜行バスのことを言っているに違いないって。
「予備ニ坐スラバ」って言っても小学校の時の遠足みたいに夜行バスに補助席なんてない。予備ってなんだよと思った

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小説/おめでとう。卒業と、

小説/おめでとう。卒業と、

卒業の季節、イコール絶望。
卒業式って何だろう。結局一度も参加してないから分かんない。ただ通う場所が変わるだけで、毎日やることは変わらないじゃん。
一体なにから卒業すんの。一体なにが おめでとう なの。

新宿に向かう夜行バスの、カーテンをそっと開けて外を覗く。
景色は真っ暗で何も見えない。こんなド田舎だからダメなんだ。腐った人間ばっかりだ。
すれ違うヘッドライトの数も多くはない。こんな時間だもん

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カバー小説/逝化粧

カバー小説/逝化粧

椎名ピザさんの企画に参加しています。
トガシテツヤ様の掌編をカバーいたしました。ぜひオリジナルからお読みください。

*****

「雪化粧をした富士山です。さすが静岡」

静岡に旅行に行っている彼女から写真とメッセージが送られてきた。
僕の地元で一緒にスキーするのが毎年恒例のはずなのに、なぜ今年は違うんだろう。
一人寂しく目の前にある雪と彼女の美しい顔を重ねてみた。
やっぱり君と一緒でないとつま

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カバー小説/雪の道 《#シロクマ文芸部》

カバー小説/雪の道 《#シロクマ文芸部》

椎名ピザさんの企画により、yuhiさんの超短話「アパート」をカバーいたしました。
(カバー小説に興味ある方は記事ラストのリンクからルールをご確認下さいね)

まずはこちらをお読みください。

**********

「雪化粧ってなぁに?」
3歳の息子、幸太郎がお盆を運ぶような手つきで絵本を開いたまま運んできた。
炬燵の前で化粧水をはたく私の膝の上に息子はちょこんと座り、シロクマ親子の描かれたページ

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カバー小説/ポロロッカ

カバー小説/ポロロッカ

まずは、以下のふた作品をお読みください。
この「流れていくもの」に「浮かんでいる」の素材をトッピングしてカバー小説を書きました。

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あれは私が10歳の頃の話だ。

父は小説家だったらしいが執筆している姿は一度も見たことがない。
母が朝から晩まで働きに出ている間、使われなくなった父の書斎で私と父はよく時を一緒に過ごしていた。

ガタガ

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小説/汐喰シーサイドホテル704号室

小説/汐喰シーサイドホテル704号室

「お願いだよ、この通り。な、な?」
父さんは 汐喰シーサイドホテルのフロントカウンターで両手を合わせる。
僕はカウンターに飾られた金色に光る〔Good-bye 2023〕の文字を見つめてる。
「海の見える部屋だって本当はひとつくらい空いてるだろ。な」
「申し訳ございません。あいにく満室でございます」
ホテルの人は同じ言葉を繰り返す。
「年越しの花火を子どもたちに見せたいんだよ。分かるよな。な?」

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残夢① 〔女〕

残夢① 〔女〕

「ありがとう」
手錠がカチャリと音をたてたと同時に微かだが確実に女はそう言った。女は両手を前に突き出したまま潤んだ双眸で俺を見つめている。口角は僅かに上がり微笑んでいるようにも見えた。もともとそういう顔の作りなのかもしれないが。
「ケンさん」
後輩の山下に声をかけられるまで俺は女から目を離すことができなかった。僅か2秒だったかもしれないし2時間だったかもしれない。女が山下に連れられてパトカーの後部

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冬色シチューの待つ家へ《#シロクマ文芸部》

冬色シチューの待つ家へ《#シロクマ文芸部》

冬の色になったね。もう安心だよ。
そう先生に言われて、隣に立つ母がほっと胸を撫で下ろしたのが僕にまで伝わった。

僕はと言えば、急に来た自分の身体の変化に戸惑いと恥ずかしさが纏わりつくばかりで、家族や先生の喜ぶ顔もまともに見れない。でも
「テルマくん。明日から一人で学校まで来られるね」
そう言われて、やっと嬉しさもこみ上げてきた。
僕は家族から守られるだけの対象ではなく、自分で自由に出歩いていい存

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ゲームともだち(2200字)

ゲームともだち(2200字)

「チッ」

コントローラーを乱暴に操作する勅使河原泰介は、俺の隣でモニターを睨みつけたまま大きく舌打ちをした。貧乏ゆすりも止まらない。

俺は「そろそろ帰る」と言うタイミングを何度も逸していた。
でも、もう限界だ。そろそろ帰らないと怖い母ちゃんに怒られる。期末テストの真っ最中だ。

同い年の泰介はいつも自分には関係ないという態度で近所に住む俺をゲームに誘ってくる。テスト期間中は部活もなく早く帰れる

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#小牧幸助文学賞⑨

#小牧幸助文学賞⑨

「代われるなら」交差点の花と菓子を片す。

B面:逃げる夢 《#シロクマ文芸部》

B面:逃げる夢 《#シロクマ文芸部》

逃げる夢だ。これは夢に違いない。
そう思いながらもひたすら逃げる。でも、逃げても逃げても逃げきれない。追われ続ける。助けを呼ぼうとスマホを取り出し震える指でロックを解除しようとしても上手くできない。思った通りの番号が押せない。間違い電話をかけてしまう。このままでは捕まってしまう! まずい。逃げろ、逃……

「……げろぉっ!」

夢か。夢だ。よかった。
誰も追ってなんていない。逃げなくていいんだ。

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