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立つ

立ち稽古がはじまった。
ワクワクドキドキ、足が震える。

舞台に立つということは
それだけでとても面白いことだ。
自然に、力を抜いてなんて言うけれど
そんなこと簡単に出来るわけがない。

台本を片手に持ちながら
なるべく視野を広くするように
気をつける。
相手役の役者さんを見る。
近づいて来るのか
そこにとどまるのか。
声を飛ばしてきているのか
独り言なのか。

そして同時に
自分のことも考えなくてはならない。
わたしは手に何かを持って
話す台詞を言わなくてはならない。
はて、その物体をいつ発見し
いつ手に取るつもりなのか。
それを予め考えることも
大切な俳優の仕事である。

すべてが懐かしく
愛おしい。
立ってみると、楽になる。
そういえば、わたしにはそんな癖があった。
文学オタクで
誰よりも台本にのめり込むタイプだと
自分では思っていたのに
はじめて台本を離した時
楽しくてたまらなかったことを
覚えている。

今ならば、それを言葉で言えるかもしれない。
文学が好きで
好きでたまらない人間が
一番望むこと。

それは、文学そのものになることだ。
立ち稽古は、そのための実験である。

ああ。わたしはいま
愉快な情熱に振り回されて
このまま別役実になりたい。

別役実の描く世界でなく
別役実そのものになってみたい。

そんな愚かなことを思うほどに
ただ
立つ、ことが楽しい。

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