フミノトキ

2019年、53歳で大学通信課程に学士入学し、2023年、57歳で卒業しました。 卒業…

フミノトキ

2019年、53歳で大学通信課程に学士入学し、2023年、57歳で卒業しました。 卒業から半年たち日常生活に身を置くと、なりふり構わず奮闘していた時の自分の姿がなんだか可笑しくて。特別だった日々のことを、書き留めておきたくなりました。よろしければどうぞお付き合いください。

最近の記事

noteさんありがとうございました

大人になってからの大学生活のことを30編書いた。 ここで終わりにする。 50代半ばで大学の通信課程で学んだ日々は自分にとって特別な時間だった。 かといって、それはどこかで語ることもないし、何かの形に残るわけでもない。 ただ、自分にとって大事すぎて、このまま忘れてしまいたくなかった。  そんな時、このnoteを知った。  自分一人で記録にしたためるのと、さして変わらないのかもしれないが、もしかして、どこかで誰かが見てくれるのかもしれない、というほんの小さな期待が、がぜん書

    • 大学生活で残ったものは凪の気持ちでした

      2019年秋に入学、2023年3月に卒業した。 50代半ばで経験した3年半の大学生活。 たくさんの気付きを得た。たくさんの知識を得た。 卒業してからもうすぐ1年が経つ。 毎日の生活は、入学前も、今も、ほぼ同じ。 大学生活を経たことで、何かが大きく変わったわけではない。 けれど、日ごと、大きく感じることがある。 それは、心がとても凪いでいることだ。 何かが心の奥底にどっしりと置かれている感覚がある。 だから、表面が波立つことはあってもどこかいつも安心感がある。 大人になっ

      • 卒業式のすち子

        2023年3月22日。晴れて大学の卒業式を迎えた。 私の大学生活をずっと応援してくれていた夫と、卒業旅行と称して出席してきた。3月の東京はもう春で、ずっと北国で暮らしてきた私は、人生初の桜の咲く卒業式というものを体験した。  学科ごとの総代が会場で卒業証書を受け取る様子を教室のテレビで見る。その後、教室で学科長から一人一人卒業証書を受け取った。  今年の通信課程の卒業生は100名程で、私の学科には30名程が出席していた。学科長が、しっかりと私の目を見てにっこり微笑んで

        • 大学生活 備忘録

           最後に、今までトピックとして特に取り上げなかったけれど、ちょっと覚えておきたいあれこれを記しておこうと思う。 まずは、時系列まとめ 2019年8月 大学要項を取り寄せる。    9月 出願書類の作成、各種手続き等、急ピッチで。    10月 入学。履修登録他、各種手続き、これも急ピッチで。    11月 テキストなどが届き、学習スタート 2019年度 修得  2科目(テキスト科目 2) 2020年度 修得 15科目(テキスト科目 11  スク―リング科目 4) 202

        noteさんありがとうございました

          資格試験に挑戦してしまったので

           卒業単位より数科目多くなるが、指定科目を全て修得することで、ある国家試験の受験資格を得られるシステムがあった。入学時に、自身のモチベーションアップのため、このシステムに乗ることにした。そして、それを成就して卒業した。  で、、どうする。 ということである。  受験するかどうかは全く自由だし、この国家資格を得たところで、いくらなんでも未経験者がこの年齢からそれを生かして仕事するなど、まず無理だ。だが、、、。  試しに過去問を覗いてみる。  あれ?意外とできるかも。  

          資格試験に挑戦してしまったので

          それがそもそもの切っ掛けだった

           このテーマの記事も、そろそろ終わりに近づき、ひととおり書き留めておきたいことは書いてきたな、、、と思ったところで、今頃?というタイミングで、そもそもの切っ掛けになった出来事があったことを思い出した。  その年の春、末息子が進学で家を出た。長きにわたる子育て家族の終了だった。ここまで過ごしてこられたことへの感謝と安堵にしばらくは浸っていたけれど、やはりこの生活形態の変化に戸惑っていたのは事実だった。  その息子が夏休みに帰省してきたとき、言った。 「自分がいなくなって、

          それがそもそもの切っ掛けだった

          軽井沢とはなんぞや

           軽井沢の建築物に関するリポート課題があった。  誰もが知っている軽井沢。宣教師たちに始まる国際的な避暑地としての文化的背景を持ち、自然と気候に恵まれ、首都圏からの交通アクセスもよく日本有数の観光地の一つでもある。  田舎暮らしの私にとっては画面の向こう側の存在だ。  だが、リポートを進めていっている間に、ふつふつとある考えが浮かび上がってきた。  「ここと、同じじゃない?」  春の芽吹きから新緑の美しさ、夏は適度に涼しくて、秋には紅葉が、そして冬は静寂な雪景色、鳥のさ

          軽井沢とはなんぞや

          歳をとったからできるようになっていたこと

           まだ50代とはいえ、年々身体が辛くなる。 見たり聞いたりして知ってはいたが、本当にはわかっていなかったんだなあと思う。できないことが増えるたび気分がげんなりしてしまうことが、歳をとることの一番の辛さなのかもしれない。  だが、50代半ばで大学生活を送り、何より驚いたことが 歳をとって、逆に、できるようになっていることが増えてるんじゃない? と実感したことだった。  まずは、粘り強さ。 わからないことを考え続けることや、できなかったことに再挑戦することが、それほど辛いと思

          歳をとったからできるようになっていたこと

          萌え~、ウハウハ

          現代なら、なんていう言葉で表現すればよいのだろうか。 気持ちとしては、これである。 気持ちが高鳴る。心が震える。 通信のテキスト科目の学びのスタイルは人それぞれパターンがあると思うが 私は、まずテキストを通読する事にしていた。  ほとんどの科目がそうだったのだが、初めのうちは「???」 ーーーなんのことだか、さっぱりわからない。 の連続である。  ところが、それが、徐々にわかってくる。 そして、ある時、パッと視界が開ける瞬間が来るのだ。  この時。 この時が、その

          萌え~、ウハウハ

          忘却と想起

            高齢になると直近の記憶から忘れていくということは知っていたが、今回の大学生活で何よりも実感したのがこれだ。  あんなにしっかり覚えたのに、あの時あんなに感動したのに、暫くしてからいざ話そうとしたら、もう、あやふやである。記憶の器は「ざる」でできているに違いない。  「継続は力なり」も深刻な言葉になってくる。  毎日勉強できると、何事スムーズに進む。でも我々大人の学生には諸般の事情というものが存在し、しばらく遠ざかってしまうこともある。そうなると、再開した時の苦行ぶ

          大学生になって若いお友達ができました

           息子が、友達数人を連れて泊まりに来た。 その中の一人、元気で明るいTちゃんは、私と似た分野でデザイン系を学ぶ大学生だった。  一日観光して我が家に戻ってきた夜、 「ママ!熱く語りましょうううう!!!」 と、今日、あちこちで集めてきたパンフレット片手に、珍しい建物、素敵なデザインなど、彼女がインスピレーションを得たことや、その瞬間の感動を次々と語ってくれた。  とても楽しくて、はしゃぐ彼女が可愛くて、そして嬉しかった。  友達のお母さんである。 「ご飯作ってくれてありが

          大学生になって若いお友達ができました

          世の中知らないことだらけ

          レポートを書くためには、裏付けとなる資料が必要となる。 この時に何よりも信頼できるデータが示されているのが各省庁のHPだった。総務省、厚生労働省、国土交通省などよく検索した。 こんなに長く社会の中で生活し、家庭を運営し子供を育て、 けっこう長く インターネットというものとも付き合ってきたのに。  今まで、一度も省庁のホームページを見たことがなかった。  今まで、これを見ることなく、よく生きてこられたものだ。  よく、子供など育てられたものだ。  しかも、こ

          世の中知らないことだらけ

          オンラインあれこれ4 タイムラグの難

           受け身のオンライン講義は問題ない。だいたいいつもスムーズだ。 ところがこれが、参加者同士の話し合いになると、一気に困難になる。 会社のミーティングなどで日常的に使い慣れている人たちにとっては、 なんてことないものなのだろうか。  オンラインだとほんの一瞬のタイムラグが生まれる。多分、0・何秒といったものだろうが、この間(ま)が会話には本当に邪魔なものなのだと知る。発言のタイミングが微妙なのだ。  子供のころにやった、大縄跳びに似ていると思った。  まわっている縄に次々と

          オンラインあれこれ4 タイムラグの難

          自分の「丁度いい」がわかる

           旅先の居酒屋で、夫が口に含んだビールを向こう3mまで吹き出しそうになった。 「大学教授になれないかなあ?」と私が言ったから。  私は、なかなかの妄想族だ。癖(へき)というほど困ったものではなく、ただ妄想してはご機嫌になっているのだから、極めて低コストの、いい趣味だ。  そのころ、履修がとても順調に進んでいた。テキスト学習の要領も得てきたし、参考資料も地元の図書館でほぼ揃うことがわかり、自由に学び進めている実感が快かった。当然、リポートも満足できる仕上がりで、評価もよい。

          自分の「丁度いい」がわかる

          仲間って大事だったんだと気づいたとき

           通信制の最大のデメリットは、隣に仲間がいないことだと思う。  一人黙々と学習を進め、自分なりの見解を得てリポート課題を仕上げる。  ━━━━自分なりの  つまりこれは、とても、「ひとりよがり」なのである。  提出したリポートには、先生のご意見をいただけるのだが、喜ばしく合格してしまえば、ここで終了となり、これ以上のやりとりの場はなくなる。  自分が得た見解が間違いという事はないと思うが、「必ずしもそうとは言えない」とか、「こんな見解もある」とか、違った角度、違った視

          仲間って大事だったんだと気づいたとき

          大人の学びは果てしない自由

           いつだかの朝ドラで、主人公が妹のお守りをしながら空を見上げて「想像の翼を広げてごらん」と言うシーンがあった。尋常小学校に通う貧しい暮らしのヒロインが、皆が弁当を食べている時間、赤ん坊の妹をおんぶしながら外で空腹に耐えているシーンのセリフだったと思う。辛い設定なのだが、空を見上げて想像を巡らせているヒロインは、それはそれは幸福そうだった。  大学で学ぶようになり、よく、このシーンを思い出した。  大人になってからの学びは本当に楽しい。  驚き、感動し、心が震える。そして、

          大人の学びは果てしない自由