加味 寿

狂った時だけ記事を出す

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最近の記事

「『エモい』批判」への対抗

以前偉い人が講演の中で、 「『エモい』『ヤバい』という言葉を使うな。これらの言葉を使うという事は、言語化を怠っていることに他ならない」 と言っていた。 本当にそうだろうか。 私は必ずしもそうは思わない。 ◇ 「エモい」は言語化の怠りではない 確かに「エモい」「ヤバい」という言葉は一語で心境や状況をクリティカルに表すことには長けていない。 「エモい」が示す心境の中には「趣深い」「懐かしい」「切ない」など様々な感情が含まれるので、「エモい」という一言から発言者の心境を

    • チョコレートさえあれば、ゼウスに幸福で勝つこともできる

      バレンタインデーが好きだ。 私は暗めの会社員で、イベントではしゃぐタイプではない。 バレンタインデーに思い入れがあるわけでもなければ、チョコレートが特別好きなわけでもない。 それでもバレンタインシーズンになると、毎年世界から大きな幸せを受け取っている。 ◇ おめかししたデパートがくれる幸せ バレンタインデーのような季節のイベントが近くなると、いの一番にデパートが色めき出す。 何かの商品販促のためにぬいぐるみや着ぐるみが駆り出されていたり、馴染みのお菓子に愛らしい

      • メスガキムーブは最も誠実な愛情表現だ

        ※1 「【序章】メスガキ物語」は読み飛ばして頂いても問題ございません。 ※2 当記事は過度に性的な表現を含みません。ご安心してお読みください。 【序章】メスガキ物語 「ざぁこ♡ざぁこ♡ あたしみたいなこどもに負けちゃうなんて弱ぁい♡ かわいそ〜な負け犬さん♡ 一生あたしに勝てないまま生きていくんだね♡ ざぁこ♡♡」 少女は柔らかい日差しを背にし、僕に影を落とす。 思い出の中の彼女はいつもぷくぷくの頬を震わせ、にやにやと僕を見下ろしていた。 僕より何年も遅く生まれ

        • ぬいぐるみをどう愛するべきか?

          ぬいぐるみは良い。 まるで命かのような姿が愛おしいし、無責任な愛情を余すことなく受け止めてくれる。 私の狭い部屋には抱えきれないほどのぬいぐるみ達がいるが、みんな運命の出会いをした子たちだ。 そんな尊いぬいぐるみ達の中に、一体だけ愛し方に窮した子がいる。 それがこの、パンダのシャンシャンを模したぬいぐるみである。 この子と向き合っていく中で、 「ぬいぐるみとは何なのか?」 「ぬいぐるみをどう愛していくか?」 という問いに自分の中で区切りがついたように思う。 ぬいぐ

        「『エモい』批判」への対抗

          燦然と輝くあの子の自己紹介

          「ボカロとアニメ、それと、お金にしか興味がありません」 そう言い放った彼女の横顔は、10年経った今でも記憶の中で燦然と輝いている。 これは中学の同級生である新井さんが、吹奏楽部に入部した際の自己紹介だ。 「オタクで守銭奴のハルヒ?」 という声も聞こえてきそうだが、私はこれ以上素晴らしい自己紹介に出会ったことがない。 端的に彼女の人柄を表しており、インパクトがある。 中学生の持てる無邪気さと尖りの最大値であり、こんな事を真正面から言える人間はそうそういないと私は思う。

          燦然と輝くあの子の自己紹介