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<地政学>アメリカが完全な世界覇権国になれない3つの理由

 アメリカはしばしば世界覇権国であると言われる。しかし、筆者の見解に基づけば、アメリカは完全な世界覇権国にはなっていない。あくまで地域覇権国や海洋覇権国止まりである。ミアシャイマーによれば世界覇権とは世界にこれといったライバル国がいなくなった状態のことを差すとのことだ。この定義に従えば、アメリカは中国やロシアなどのライバル国を抱えているので、世界覇権国ではないことになる。

 今回はアメリカ、あるいは他の国が世界覇権国になれない理由、さらには今後も世界覇権国が現れそうにない原因について地政学的観点から考察していこうと思う。

アメリカ覇権の歴史

 アメリカは完全な世界覇権国ではないが、不完全な世界覇権国くらいにまではなっていると思う。軍事的・経済的・文化的に他の国を圧倒しており、当分の間対抗できる国は現れそうにない。そんなアメリカがどうやって現在の地位に上り詰めたか振返ってみよう。

 アメリカが超大国として振舞う上で最も重要なのはこの国が北米大陸の地域覇権国であるという事実だ。13植民地の時点のアメリカはまだ北米大陸の東岸に張り付く小国でしかなかった。アメリカはナポレオンからルイジアナを購入し、スペインからフロリダを買収するなどして、とにかく大陸覇権の拡大に努めた。先住民は弱体だったので、簡単に掃討することができた。1846年に勃発した米墨戦争でアメリカはメキシコシティを陥落させ、もはやメキシコはライバル国家ではなくなった。アメリカが北米の地域覇権国になったのは1865年である。南部連合との血みどろの戦いを経て、アメリカはついに北米地域を事実上統一することに成功した。カナダや周辺の島のイギリス海軍は唯一気がかりだったが、これも20世紀になってイギリスが融和路線に転じると問題にならなくなった。

 続いてアメリカが手に入れたのは海洋覇権である。北米に脅威を抱えることが無くなったアメリカはしばらくの間安全保障を忘れることができ、不活発な状態が続いた。しかし、第一次世界大戦でドイツがヨーロッパを統一支配する可能性が出てくると、不本意ながら大戦に介入し、勝敗のカギを握る存在になった。戦間期のアメリカは再び内向き状態が続くも、もはや世界最強の大国としてヨーロッパとアジアの戦争に介入を余儀なくされることは明白だった。イギリス海軍は日本海軍に敗北し、もはや世界の海洋覇権国ではなくなった。1945年、アメリカは太平洋戦争で日本海軍を消滅させ、ついにアメリカ以外の海軍大国は世界から姿を消した。アメリカは北米大陸内部の脅威が存在しないため、心置きなく海軍に集中し、遠く離れたユーラシアにも介入できる。これが超大国アメリカの強みである。

 続いてやって来たのは冷戦だ。この時代、世界には大国はアメリカとソ連しか存在しないも同然だった。全ての国はこの二大国のバランスの間で動いていた。ソ連はほぼ内陸国だったため、ソ連海軍は弱体でアメリカの敵ではなかった。しかし、ソ連の強大な陸軍力は脅威だった。アメリカはソ連のユーラシア覇権を食い止めるためにノルウェーから日本列島に至るまでの同盟国のベルト地帯を作り上げた。ソ連は大国路線がもたらす負担に耐え切れずに自壊し、アメリカは唯一の超大国になった。この時点でアメリカは不完全な世界覇権国になったと考えられる。

不完全な覇権?

 21世紀の世界において、アメリカのパワーは圧倒的だ。アメリカは単独で世界の経済規模の25%を占めるだけではなく、世界の全ての先進国を同盟国にしている。アメリカ自身は北米の根城を脅かされないのに対し、アメリカはヨーロッパ・東アジア・中東などの地域に自在に介入し、ライバルになりそうな地域大国に封じ込め政策を行っている。アメリカの作り上げた北米覇権・海洋覇権・ユーラシアの同盟ネットワークという三重の防壁は非常に強力で、アメリカはおそらく史上最も安全な大国であることは間違いない。

 北米において、アメリカはライバルめいた勢力が全く存在しない。アメリカが望めばカナダにせよ、メキシコにせよ、いつでも壊滅させられるはずだ。キューバには手を焼いているが、あくまで政治的な側面に留まり、軍事的な勝負に持ち込めばいつでも瞬殺できるはずである。カナダやメキシコがアメリカに対する封じ込め同盟を組むことはまずありえないし、外部の同盟国と組むことすら許されないだろう。アメリカはその気になればいつでも北米を信長の野望のように軍事的に統一できるはずである。

 海洋も同様だ。現在のアメリカ海軍の勢力は圧倒的で、世界の他の海軍をすべて合わせてもアメリカ海軍には敵わないと言われている。ロシア海軍はアメリカ海軍に対抗することは最初からあきらめているし、イギリスやフランスの海軍も同様だ。中国海軍もまだまだアメリカと戦える水準にはない。アメリカは全世界の海洋を支配しており、アメリカ以外の海軍は存在しないも同然である。

 ところが世界覇権はどうだろうか。21世紀の世界においても大国政治というものは存在する。アメリカは中国やロシアといった仮想敵国を気にかけているし、両者が同盟を組んだら手ごわい存在になるだろう。中国やロシアはイランや北朝鮮を支援し、アメリカと独立した軍事勢力として現在も存在している。覇権とはもはや大国政治のアクターとなりうる国家が存在しえない状況なので、アメリカの世界覇権は不完全であると言えるだろう。プーチン大統領曰く、世界で本当の独立国と言える国はアメリカ・ロシア・中国・インドだけらしい。これはまさに独自勢力として自立している国のことを差すだろう。これらの国が複数存在している限り、世界覇権国は生まれないのだ。

 アメリカですら不可能なのだから、世界に今後も世界覇権国が誕生する可能性は低いと言わざるを得ない。世界征服は不可能であり、これからも世界には複数の大国が存在して駆け引きを続けるだろう。その理由について三つほど考えることができる。

①ユーラシアへの戦力投射の難しさ

 戦略シミュレーションゲームでは征服した土地はその国の領土になるし、現地の資源を手に入れてもっと強力な国になっていく。ところが、アメリカは征服した領土を帝国に組み込むことはない。第二次世界大戦でアメリカは西欧と日本を征服したが、征服地の住民には広範な主権が認められ、軍備まで許されている。なんと寛容なことだろうか!!ソ連の衛星国にこんな自由は認められなかった。日本や西欧諸国といった国は理論上はその軍備をアメリカに向け、再度大国として振舞うことも可能であるはずだ。折角征服したのにもったいない!!

 このようなユーラシアに帝国を築かないというアメリカの行動は地政学的に合理性を欠いているように思える。しかし、そうではないのだ。イギリスがヨーロッパ大陸に勢力を拡大しないのと同じ理由でアメリカはユーラシア大陸に恒久的な帝国を築くことはない。それは北米大陸から海を越えて陸軍力をユーラシアに投射するのが難しいことにある。アメリカにとっては直接ユーラシアで軍事行動を起こすよりも同盟国を支援して間接的にライバルを攻撃する方が遥かに容易い。例えば第二次世界大戦でアメリカはソ連を支援してドイツを葬り去った。アメリカがNATOやその他の同盟国の強化に努めたのも同様の理由だ。直接介入を余儀なくされた朝鮮戦争では苦戦し、ベトナム戦争では敗北している。

 アメリカの戦略はユーラシアを常に複数の大国に分裂させ、争わせるところにある。裏を返せば世界に複数の大国が存在することを前提としていることになる。アメリカは自国が完全な世界覇権国になることを放棄して、代わりに海洋覇権を盤石にしようとしているのである。ユーラシアの同盟ネットワークはそのために生まれたものだ。

 なお、中国がもし東アジアを統一し、アメリカを圧倒するパワーを手に入れ、海洋覇権国になったとする。それでも海を越えて北米大陸に上陸し、3億のアメリカ国民を制圧することはできないだろう。この場合でもやはり世界覇権国は生まれないと思われる。

②どうしても征服できない国が存在する

 第二次世界大戦で日本とドイツは大国の座から陥落した。それは無条件降伏という形で完全に征服されてしまったからである。この場合は戦略シミュレーションゲームでいう国家滅亡であり、占領国に一切逆らえないことになる。こうなれば完全な勝ちである。

 しかし、世界にはどうしても征服できない国が存在する。世界最強のアメリカの軍事力をもってしても不可能だ。この場合、その国はアメリカでも手が出せない独自勢力として存続する可能性が高い。

 例えば中国がそのような国の筆頭として挙げられる。中国の人口は14億人だ。このような人口大国を征服しようとすれば、膨大な兵力が必要とされるだろう。人口100人に対して1人の兵士が必要と考えても、1400万人の米兵が駐屯する必要がある。これはアメリカの人口の5%に当たる。どう見ても現実的ではない。日中戦争の時の日本は中国内陸部に引き込まれて泥沼の戦争に苦しんだが、アメリカが中国に全面侵攻した場合、似たような展開が予想される。

 アメリカが日本を征服できた理由の一つはこの国が島国であり、海上封鎖に脆弱だからだ。ドイツの場合、兵力の大半はソ連が引き受けていた。もしソ連が存在していなければ、アメリカはノルマンディーに上陸してベルリンを陥落させられたかは疑わしい。冷戦初期にソ連との戦争シミュレーションが行われたが、モスクワ進軍は到底不可能であると結論づけられていた。アメリカの軍事力で征服できる国の上限はかろうじてドイツまでであり、莫大な人口と領土を持つ中国を征服するのは不可能である。インドもたぶん難しい。

 近代以前は少数の遊牧民が多数の人口を抱える農耕文明を征服することがあったが、近代国家にそのような例はない。イギリスは英領インドを支配したが、これはインドがまだ分裂した封建国家だったから可能だったことだ。中国やロシアの征服は近代になってから誰一人として成功していない。これは貧しい国でもゲリラ戦になれば技術面の劣位を埋められるという理由もある。自国より大幅に人口の多い国を占領するのは不可能なのである。イスラエルが支配下に置いているアラブ人はユダヤ人の人口と同じくらいだ。ナチスドイツは西欧とポーランドを征服したが、これらの地域の人口は第三帝国より少し多い程度だった。この辺りが上限だろう。

③核兵器のバランス

 今までの地政学の議論で核兵器に触れることは無かったのだが、世界覇権を考える上では核兵器は必須条件である。実のところ、世界覇権を達成するうえで最大の障害が核兵器だ。

 世界覇権国が世界にライバル不在の状態にするには核兵器の優越状態を保たねばならない。自国だけが圧倒的な核戦力を持ち、他の国は核兵器を持っていないか、限定的なものに留まる状態だ。この場合は他国は世界覇権国に対して一切逆らうことができないので、事実上の世界征服が実現することになる。

 アメリカは1945年から1949年までの間、核兵器を独占的に保持していた。ただし、この時代のアメリカは核兵器の優越状態だったとは言い難い。この時代の核兵器はまだ威力が弱く、数も少なかった。運搬手段も爆撃機に頼る以外に無かった。ソ連はアメリカを大変恐れていたが、アメリカはソ連を核恫喝あるいは核攻撃して存在を脅かす力は無かった。

 1949年にソ連が核開発に成功すると、アメリカの核の独占は崩れることになる。水爆やICBMなど恐ろしい兵器が次々と生み出されたが、米ソは一方が優位に立つことはできなかった。果てしない競争の結果、米ソはお互いを滅ぼすだけの量の核戦力を構築することに成功した。これを相互確証破壊(MAD)という。文字通り狂っている。

 もしアメリカだけがMADが可能な核戦力を持っていたら世界覇権国になっているだろう。しかし、アメリカとソ連の二か国が持っていたため、独占状態になってはいない。ソ連崩壊以降もアメリカが完全な世界覇権国になれなかった最大の理由はロシアが依然として膨大な核戦力を持ち続けていたことにある。ロシアはこれだけは放棄しなかった。ロシアはソ連時代と比べて痛ましいほどに弱体化したし、現在も衰退は続いている。それでもロシアはアメリカを揺るがすだけの核戦力を持っているので、アメリカはロシアを対等な大国として扱わなければならない。ロシアの人口はソ連時代よりも遥かに少ないので、NATOの陸軍が本気を出せば征服可能かもしれない。それでも核兵器がある限り、ロシアを侵略することは不可能なのである。

 ロシア以外の国に関しては何とも言えない。中国やインドといった国の核戦力はMADクラスではないので、アメリカの方が圧倒的に優位である。恐らく核の打ち合いになったら確実にアメリカが勝利するだろう。しかし、アメリカの側もいくつかの大都市を失い、100万単位の死者を出すことになる。そう考えると、これらの国もやはりアメリカが簡単には御せない大国と考えるべきだろう。

超大国アメリカ

 1965年4月9日、リー将軍は降伏し南部連合は崩壊した。これによってアメリカは北米の地域覇権国になった。1944年8月15日、昭和天皇は玉音放送を放送し、大日本帝国は無条件降伏した。これによってアメリカは世界の海洋覇権国になり、七つの海を完全に支配する存在になった。そして1991年12月25日、ソビエト連邦が解体され、アメリカは世界唯一の超大国になった。不完全ではあるが、世界覇権国モドキと思われるようにもなった。

 アメリカは世界で唯一の超大国であり、圧倒的な優位を手にしている。アメリカは北米大陸の近隣に軍事的脅威が無く、事実上の島国となっている。ヨーロッパは複数の国に分裂していたため、足の引っ張り合いで強い制約がかかっていた。アメリカにそのような心配はない。ユーラシアの強国は海を隔てて遥か遠くにあり、その海はアメリカ海軍が支配しているため、手が出せない。アメリカ海軍は他の世界の全ての海軍を合わせたよりも強力であり、戦う相手すら見当たらない。ユーラシアの強国はアメリカの同盟国によって二重三重に封じ込められ、身動きが取れない。

 アメリカは世界の経済の25%を占める。全ての先進工業国がアメリカの同盟国であるため、合わせると世界の半分以上だろう。アメリカの一人当たりGDPは小国を除くと世界一だ。GAFAのような先端産業も全てアメリカが独占している。ノーベル賞受賞者の大半がアメリカ人か、アメリカに帰化するか、アメリカの大学で研究している。英語は世界の公用語であり、世界のほとんどの国の中高生が青春を英語学習に捧げている。アメリカの優位はあまりにも極端だ。19世紀には無かった力の一極集中が起きているといえよう。

 それでもアメリカは完全な世界覇権には程遠い立場だ。それは北米に位置するアメリカが軍事的にユーラシアを征服するのが難しいこと、その弱点を度外視しても中国のような人口大国を制圧するのは不可能であること、そして最も重要な点として、ロシアが膨大な核戦力を持っていることが挙げられる。この国に世界を滅ぼすだけの核ミサイルが存在している限り、ロシアは国際政治において無視できない大国として扱わざるを得ないだろう。中国やインドのような数百発規模の核戦力がアメリカと釣り合いが取れるのかは何とも言えない。ただ、核戦力が通常戦力と違って国力をそれほど必要としないという点は魅力的であり、北朝鮮は核開発で地域大国として振舞おうとしている。

 もしアメリカが完全な世界覇権国になったらどうなるか。世界の核兵器はアメリカが独占しており、万が一アメリカに敵対的な行動を取れば核恫喝で無力化されてしまうだろう。モスクワにはアメリカ軍が駐屯し、メキシコのような貧しい農村国家として扱われる。中国は複数の小国に解体され、EUのような地域連合を作らされるだろう。トラブルが起きればアメリカ軍が介入してくるため、問題は政治的な話し合いで解決せざるを得ない。日本や西欧諸国は相変わらずカナダのようなコバンザメ状態だ。アメリカとそれ以外の国の関係は、中華帝国の冊封体制のような状態になると思われる。世界各国はアメリカの権威を認めた上で自治を許されるだろう。反乱やゲリラ戦はご免なので、アメリカはこれらの国の主権を尊重するだろうが、まさか軍事的に脅威になるとは思わない。この世界のアメリカ軍は現在よりも弱体化しているかもしれない。

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