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ハマスは停戦する気がないのではないか説

 ガザ戦争はもう3ヶ月も続いているが、未だに停戦の気配がない。もうガザ地区の人口の1.5%が死亡したという試算もある。イスラエル軍の猛攻は止む気配がなく、まだまだやる気満々のようだ。世論もネタニヤフは嫌いだが、攻撃自体は支持するという人が多い。日本人は考えたこともないだろうが、安全保障上の緊張を抱えている国は軍隊に対する好感度が非常に高く、政治家よりも遥かに信頼がある。しばしば途上国で軍事政権が誕生する理由の背景はこれだ。

 イスラエル軍の攻撃はあまりにも多くの犠牲者を出しているので、世界中から抗議の声が殺到している。中にはホロコーストと比較する主張もあるようだ。連日ガザの子供たちが傷ついていく光景がテレビで流され、アメリカでは世論が分裂しているようだ。

 ところで、ガザの一般市民ばかりが注目されているが、すっかり影が薄くなったのが本来の敵であるハマスである。今はどんな状態なのかさっぱり伝わってこない。これから彼らはどうするつもりなのだろうか。一番厄介なのは「何も考えていない」というパターンなのだが、イランやカタールの入れ知恵もあるだろうから、そんなことはないだろう。何かしらの目標と指針はあるはずだ。

 ハマスの立場に立ってみると、意外にも停戦する積極的な動機が無いことが分かる。ハマスの目的を権力の拡大と対イスラエル闘争だと考えると、戦争が続いてもほとんど被害はない。人質を返さない理由もおそらくはここにあると思われる。

 イスラエル軍が残虐な攻撃を繰り広げたことにより、パレスチナ領内ではハマスに対する支持が拡大した。ガザに関しては調査のしようがないが、少なくとも西岸地区ではハマスに対するシンパシーが増加している。無能で腐敗したパレスチナ自治政府への反感も高まっている。支持率という観点で見ると現在の状況はハマスにとって都合が良いことになる。仮にガザが灰燼に帰したとしても、ガザ地区が自由にされている限り、対イスラエル強硬派のハマスへの支持は絶大となる。

 それに、戦闘が拡大して世界中でガザへの同情が集まれば、イスラエルは身動きが取りにくくなる。これもパレスチナが昔から取っている戦略の1つだ。パレスチナ問題が世界の注目を集まれば必ずイスラエルの占領に対する国際的非難が巻き起こり、イスラエルは交渉による妥協を余儀なくされるだろう。ハマスがテロリストと呼ばれる最大の根拠はここだ。派手な暴力行為で世間の目を引き、自分の望むままの政治状況を作り出すのである。この点で考えると、10月7日のテロ攻撃は成功であり、イスラエルが挑発に乗ったことは更にハマスにとって都合が良かったと思われる。

 戦時中の日本がそうだったように、経済水準が低い文化圏の国は基本的に人名尊重感覚がいい加減だ。無慈悲というより「いい加減」というのが実情に近い。ソ連共産党のように冷酷とは言わないが、少なくともハマスがイスラエルほど自国民の命を重要な利益として捉えていないのは事実だ。ハマス自身も自爆攻撃を恐れないのだから、住民が死んだとしても「名誉の戦死」くらいに思っているだろう。ガザ地区の住民が軒並み口にする「殉教」という言葉はいかにハマスの価値観が浸透しているかを表している。

 ハマスの思考回路は想像するしかないが、イスラエルはガザ地区を完全には支配できないため、ハマスの残党は国外も含めて生き残るはずだと考えているだろう。なんとか戦闘が終わるまで逃げ回ればイスラエルに家族を殺されたガザ住民は軒並みハマス支持に回るはずだ。腐敗している上に妥協派だったパレスチナ自治政府はライバルにならないだろう。復興資金は国際社会が出してくれるから、むしろラクとすら思っているかもしれない。

 戦闘が継続し、ガザ地区が更に打撃を受けても、ハマスはほとんど政治的なダメージを受けないだろう。したがって、ガザの犠牲は人質を返す理由にはならない。イスラエルがガザを破壊し尽くし、国際社会から虐殺国家のレッテルを貼られ、交渉のテーブルに付いて始めてハマスは人質問題を解決するだろう。政治戦という観点ではむしろハマスの方が優勢とも言える。単にガザ住民の殺戮を止めさせたいのであれば、人質を即時釈放すれば良い。そうすればイスラエル側の最大の論拠が消滅し、国際社会が圧力を掛けるだろう。ただ、そうすることでハマスに対してメリットがないので、人質を確保し続けていると思われる。

 イスラエルに勝ち筋はあるだろうか。良くて引き分け、最悪の場合は敗北する可能性もある。これは戦後のガザ統治のあり方にもよる。考えられる統治者は①イスラエル②パレスチナ自治政府③アラブ諸国④多国籍軍⑤放置、である。①の場合はイスラエルの負担が非常に大きくなるし、政治的な打撃も大きい。ネタニヤフは明確にこれを否定している。②は一見理想的に見えるが、あまりにも自治政府が無能なので、アフガニスタンの二の舞いになるリスクが指摘されている。③はエジプトやその他のアラブ諸国が乗り気でない。実のところエジプトはハマスを敵視しており、少しでもこの問題に関わるリスクを負いたくないようだ。④は検討される可能性は大きいだろうが、やはりエジプトと同様にこの問題に積極的に関わりたい国が現れる可能性は低い。⑤は無視できない可能性だ。この場合は戦前と同じくハマス政府が復活し、イスラエルは単に国際的汚名を着せられただけで終わる。完全な負けだ。

 パレスチナ紛争は軍事的勝利と政治的勝利の条件が著しくズレているのが特徴だ。イスラエルは圧倒的な軍事力を持ち、地域では敵なしだ。イスラエルにとっての脅威は政治的なものだ。パレスチナ人に対する扱いを巡って国際社会の非難を受けたり、外部勢力の介入を受けてしまう危険が常につきまとっている。2023年ガザ戦争の場合もそうだ。ハマスは軍事的に手も足も出ないが、それは突き詰めればどうでもいいことだ。ガザ住民がハマスをこれからも支持し続け、国際社会がイスラエルの行状に批判的になれば、彼らは勝ったと言える。サウジアラビアとの国交回復も当分の間は無理だろう。トルコやマレーシアといったアラブとは無関係の国の間ですら、遠隔地ナショナリズムが巻き起こっており、イスラエルへの眼差しは厳しくなっている。イランは勢力を拡大できるかは分からないが、少なくともスンニ派のアラブ諸国が政治的に混乱に見舞われているだけでも勝ったと言えるだろう。

 余談だが、パレスチナのテレビ局に登場していた「偽ミッキー」ことファルフル君というのをご存知だろうか。

 姿はミッキーそっくりだが、なんとも言っている内容は物騒である。ハマス系の局らしいのだが、子供番組ながら内容は戦争を推奨するものだったり、大変お国柄を表している。

本当にすごい内容の子供番組である。

 なお、この偽ミッキー、パクリではないかという指摘の後にテレビから姿を消す。イスラエル人によって土地の権利書を奪われそうになったので、抵抗して「殉教」したという設定らしい。1940年代のパレスチナでもこうした事件はあったのかもしれない。


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