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なぜヒトラーは叩かれ、ナポレオンは称賛されるのか?

 フォロワーの方の質問がきっかけで思いついた記事である。世界の歴史認識を考える上で一つ気になるところがある。

 フランスの英雄と言ったらナポレオンだ。フランスの国家は公式にナポレオンを称揚しているし、ナポレオンにちなんだ事物がたくさんある。ナポレオンは全盛期に欧州の大半を征服した征服王でもある。

 一方で、ドイツの征服王であるヒトラーの評判はすこぶる悪い。似たような実績にもかかわらず、ヒトラーは世界最悪の人物という評判である。独裁者という観点ではナポレオンもヒトラーも同様なのに、なぜかヒトラーは悪人扱いだ。今でもドイツはヒトラーを公に称賛することを禁じている。

 二人の違いは何か。今回はこの謎を解き明かしたいと思う。

ナポレオン帝国VSヒトラー帝国

 ナポレオンとヒトラーの最大征服領域を見てみよう。


 両者の征服領域は大部分が被っている。どちらも欧州の大半を征服したことに変わりがない。ナポレオンとヒトラーの類似点は戦争の経緯にも現れている。ナポレオンはトラファルガーの海戦に敗れてイギリス攻略を諦め、ロシア遠征に敗れて帝国を失っている。ヒトラーもバトル・オブ・ブリテンに敗れてイギリスを攻略できず、独ソ戦に敗れて帝国を失っている。英露を攻略できないがゆえに勝利できなかった点では似ているのだ。

 考え方によってはフランスとドイツを統合できれば欧州大陸部を統一することが可能で、二国が合わされば英露と釣り合いを取ることはできるが、上回ることはできないと見ることができる。両戦争の戦域もかなり似ている。似たような地理的条件の国は似たような戦争を遂行するという地政学的法則が見え隠れする。

 他にも両者について語ればキリがないのでこの辺りで止めておく。今回のテーマはなぜナポレオンは英雄でヒトラーは極悪人なのかという疑問点だった。筆者の考える原因は主に3つである。

①戦後体制

 第二次世界大戦以降、世界に大きな戦争は起こっていない。現在の国連をはじめとする国際態勢は全て第二次世界大戦後の秩序をもとに作られている。

 この戦後体制の起源としてやってくるのはやはり第二次世界大戦の悲惨な体験だ。戦後体制が続く限り第二次世界大戦は悲劇として扱われるし、その犯人であるヒトラーは悪人という扱いになるだろう。諸国民にとっても「先の戦争」といえばヒトラーであり、なかなか歴史的なしこりが消えない。

 ナポレオン戦争はどうか。19世紀前半のウィーン体制の時代はまだナポレオンは国際体制の敵という扱いだった。五大国は協力してフランス革命のような事態が起きることを警戒していた。

 しかし、こうした態勢は1848年革命で崩れ、ヨーロッパの国は他に対処すべき問題が沢山出てくるようになった。フランス革命を模範に国造りをするところも増え、ナポレオンの広めた思想はむしろ主流派のように扱われることも増えてきた。

 ビスマルクとか、クリミア戦争とか、忙しくなったのである。こうなると相対的にナポレオン戦争の比重は小さくなる。二度の世界大戦を経るともはやナポレオンの侵略は過去の出来事になってしまう。日本人が元寇に対して怒らないのと同じく、ナポレオン戦争も過去の歴史になってしまったのだ。 

②戦争の規模

 ナポレオン戦争は国家総力戦と言われることは少ない。確かにナポレオン戦争の動員率は高かったし、戦争の犠牲者数も多かったのだが、それでも二度の世界大戦のように国力の全てを注ぎ込むような戦争ではなかった。

 二度の世界大戦はまさに国力の全てを使い果たすような戦争だったので、戦争それ自体が忌避感を持って迎えられるようになった。第一次世界大戦の後の厭戦ムードが有名だ。敗北したドイツはもちろん、勝利したはずのフランスやイギリスですら、戦争を肯定するようなムードは少なかった。

 これは日本と比較してみればわかりやすい。日本もナポレオンのフランスのように大帝国を築き上げたが、最後は敗北して帝国を失った。しかし、日本の場合は沖縄戦や原爆投下など悲惨な目に遭いすぎたため、到底戦争を祝福するようなムードにはなれなかった。この点、フランスに原爆は落ちていないので、余韻に浸ることができたのだろう。

③ホロコースト

 おそらくこれが最も重要な要素である。ナポレオンは戦争で多くの犠牲を出したが、ジェノサイド行為に手を染めていたという話は伝わっていない。むしろユダヤ人を解放するなど、進歩的な思想を広めたとされている。

 一方でヒトラーは人種差別思想を広め、600万ものユダヤ人とその他の民族を虐殺している。これが著しい不正義であることは間違いない。ホロコーストの特徴はもっともらしい必然性が無かったことだ。ユダヤ人は反乱を起こし訳でもなく、一方的に殺されている。このような行為がいつの時代であっても非人道的と考えられるのは当然だ。

 しばしば誤解されるのだが、ドイツは第二次世界大戦について公式に謝罪はしていない。戦争とホロコーストは別のものであるという解釈を取っているからだ。ドイツには国防軍神話というものがあり、国防軍が戦ったのは「戦争」であって「ホロコースト」ではないという見解だ。ホロコーストは悪の極みだが、独ソ戦は共産主義と戦う正義の戦いだったと主張してもドイツで逮捕されることはない。ドイツ国防軍がフランスやソ連の軍隊と戦う「普通の戦争」と、親衛隊が占領地のユダヤ人を大量虐殺する「ホロコースト」が同時並行で起こっていたということだ。実際、ヒムラーやハイドリヒは犯罪者という扱いだが、ロンメルやマンシュタインはそうではない。

指導者の比較

 この三要素を持って指導者を比較してみよう。ナポレオンは①②③を3つとも満たしていない。ヒトラーは①②③の全てを満たしている。

 ムッソリーニは①を満たしているが、②と③は満たしていない。イタリアの戦争被害は少なく、ホロコーストにもほぼ関与していない。したがってムッソリーニはそこまで悪人という扱いではなさそうだ。実際、ムッソリーニの子孫は堂々と選挙で当選している。

 スターリンはどうか。スターリンは戦争に勝利しているので①はむしろ強みになり、②もそこまで問題とされないだろう。しかし、数々の非人道的行為に手を染めているので、③は満たしている。スターリンがロシアの歴史上最も偉大な人物出会ったことは間違いなく、ロシアの現政権はそれを全面的に肯定しているが、これはロシアが未だに権威主義国家だからだ。ロシアが西側並みの国だったらスターリンが肯定されることは無いだろう。それでもヒトラーよりはマシだろうが。

 ヴィルヘルム二世はどうか。②は間違いなく満たしており、戦間期においては①も満たしている。③は満たしていない。戦間期においてヴィルヘルム2世がヒトラーのような悪人となったことはない。もしヴィルヘルム2世が欧州の主要部を統一していたら、英雄扱いだったかもしれない。それでも欧州の戦争体験が悲惨だったため、イメージは良くないだろう。

 日本はどうか。①と②は間違いなく満たしている。③に関しては微妙だが、基本的には満たしていないと考えるべきだろう。ヒトラーが叩かれるのは③だけというわけではないのである。ヒトラーがホロコーストに手を染めてなかったら史実ほど叩かれることはないだろうが、それでも第二次世界大戦の日本と同程度には叩かれていただろう。ロンドン空襲やベラルーシでの掃討作戦、それに大戦末期の悲惨な市民生活を根拠にヒトラーに対する反感はそれなりに強いかもしれない。ただ、ヒトラーを肯定しても絶対悪とはされないので、右派と左派で激しい論争が行われることは間違いない。

まとめ

 ナポレオンとヒトラーは似たようなことをやっているのに前者が英雄で後者が悪人なのはなぜか?という問いだった。理由として考えられるのは3つである。

①現行の国際態勢が第二次世界大戦の戦後体制に立脚しているから。
②ヒトラーの戦争がナポレオンの戦争よりも犠牲が大きかったから。
③ホロコーストが起きたから。

 特に③の要因は大きく、ドイツ人であってもヒトラーに対する忌避感は大きい。ホロコーストはかなり一方的であり、合理化する最もらしい論拠が見当たらない。原爆投下に関する米国の「米兵を救った」といった神話すら誰一人として思いつかないのだ。

「歴史は勝者によって書かれる」というのは間違いではないが、やはり敗北するにせよやり方というものがあり、ジェノサイド行為に手を染めるのは賢明ではなさそうである。


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