令和日本で地方の神童は東大に行ってはいけない

 なかなか断定的なタイトルで申し訳ないのだが、今回は令和日本の動向と学歴考察を踏まえ、これから日本に起きる社会変化と人生の荒波について考えていこうと思う。

 筆者が東京大学に在籍した時は、結構地方出身の人間が多いことが興味深かった。文科二類は結構首都圏進学校の割合が高かったのだが、その他は地方の人間が半分を占めており、彼らの中には普通の公立高校から現役で合格したものもかなりの割合で含まれていた。中には驚くような僻地から合格した人もいる。

 彼らは間違いなく地元では天才扱いであり、地方公立名門校であっても文系では首席か次席クラスである。その中には一定割合で発達障害傾向が強い人間も含まれていた。彼らはきっと天才なのだと思う。東大に入ると周りが似たような人間ばかりなので、天才と言った言葉を安易に使うと干されてしまう。ただ、ギフテッドの定義は上位2%というので、学力上位0.3%に入る彼らは紛れもなく天才なのだろう。

 東大に入るような人物は多かれ少なかれ神童であり、飛び抜けた頭の良さを持っていることは間違いない。今回はそんな彼らを待ち受ける過酷な現実について論じてみたいと思う。

地元に馴染めない

 これは人によるのだが、地方から東大に来る神童は地元ではあまり馴染めないタイプが多い。発達障害傾向の人間は言うまでもなく、定型発達の人間出会っても地元で才能に見合った快適な人生を送ることは難しい。

 ここで言う地元に馴染むとは、いわゆる「地元型」の勝ち組になれるタイプ、すなわちマイルドヤンキーだ。同じ中学校のメンツで大人になっても繋がっており、20歳には結婚して子供がいるタイプだ。このタイプは令和日本において間違いなく勝ち組である。ただ、神童がここに混ざるのは難しい。マイルドヤンキーは能力の高い人間が多いかもしれないが、明らかに会話内容や価値観が神童とは合わないからだ。ある知人いわく、マイルドヤンキーは「車の話とパチンコの話ばかり」だそうだ。

 では地元に残ってマイルドヤンキーではない普通の市民として暮らすのはどうか?これもまた神童にとって難しい。地方には神童の興味とプライドを満たせる仕事がほとんど存在しないからだ。地方の平凡な人間で多いのは中小企業勤務である。もう少し良ければ市役所だろうか。こうした仕事は安定した暮らしはできるかもしれないが、正直神童にとっては物足りないと思う。この手の職場は東大はおろか高等教育であってもそれほど必要としておらず、地方の高学歴は能力を持て余しやすいのだ。

 地方出身の同級生は軒並み似たような遍歴を辿っている。小中はマイルドヤンキーが多く、馴染めないとは言わなくてもアウェイである。高校受験で公立進学校に入るとようやく似たような同級生に恵まれ、その中でも突出して頭が良かったため、東大に進んだという感じだった。高校の同級生の多くは駅弁大学に進み、地元志向の強い人間は市役所に就職し、残りは大都市に移動することになる。

 神童の多くは地方に居場所がない。地元の勝ち組とはマイルドヤンキーであり、彼らは馴染めない。地元で地味に暮らすことはできるが、本当に日本の偏差値50の人生だ。能力を持て余している上に相対的に上位でもないため、人生の満足度は高いとは言えないだろう。

 要するに、地方には神童の能力とプライドを満たせる場所がない。したがって彼らは基本的に東京に向かうことになる。地元に残って不発のギフテッドとして生きるよりは東大に進学してステータスとキャリアと気が合う仲間を手に入れるのである。

競争社会へようこそ

 こうして地方の神童は東大に入学することになる。間違いなく入学の瞬間は人生で最も輝かしい時だろう。しかし、喜びはそう長くは続かない。地方の神童は自分がとんでもない競争社会に足を踏み入れたことに気がつくからだ。

 東大という環境はとてつもない競争社会だ。入学後も点数が良くなければ希望の学科に進むことはできないので、常に受験戦争の延長のようなキャンパスライフを強いられる。これは本当にきつい。特に地方から出てきた人間は不利だ。慣れない一人暮らしに加え、東京の環境に順応するのは難しい。地方出身者の感じる「出身高校格差」の実態はこれだ。首都圏の有名中高一貫校の人間は東大に進んでも大きくカルチャーが変わらないので、ギャップに苦しむことなく競争で優位に立つことができる。

 在学中に躓く人間の多くも地方出身者だった。朝起きれないとか、うつ状態になるといった理由で大学に来なくなり、留年する者がいる。就活に失敗し、不本意なところに就職するものがいる。地方出身者は親元を離れているし、金銭面で不利だ。一人暮らしで金がかかる上に地方と首都圏の物価さが大きいからだ。事実上、地方出身者にとっての学費は倍以上である。こうなると、就職段階で奨学金を抱えている可能性が高い。

 就職に関しても地方出身者の不利は際立つ。どの業界でも親がその業界の人間は有利だ。首都圏出身の東大生の多くは親がエリサラであり、いわば二世となる。したがって就活でも首都圏進学校出身の人間が優位に立つことになる。筆者の知る限り、外銀や外コンに進んだ人間は首都圏出身ばかりだ。

 特に、地方出身者の不利さは加速する可能性が高い。就職先の花形が変化しているからだ。外銀や外コンは帰国子女のエリサラ二世が好まれるし、商社の場合は早慶の内部進学といったやはり首都圏エリートが多い。一方で地方色の強い官僚はやりがい搾取として不人気だし、旧態依然としたJTCは潰れることは無かろうが、将来性はあまりない。就職先の東京一極集中が進んでいるのだ。

人生設計の難しさ

 それでも地方出身の神童の多くはそれなりに就職していくだろう。地方出身者の苦難はここからだ。

 まず、首都圏の不動産価格は未曾有の高騰を見せている。これは首都圏一極集中に加え、共働きの夫婦が増えたことが原因と言われる。不動産関係の恐ろしいところは、土地が有限であるという制約のもと、ゼロサムゲームとなることだ。共働きで収入が上がっても、周りの収入も上がってしまうので、その分不動産価格はつり上がってしまう。首都圏出身者が親から値段のつり上がった不動産を相続できるのに対し、地方出身者は事実上、小作農のようなライフプランになってしまう。地方の実家は過疎化で大した不増産価値がなく、アテにならない。

 次に問題となるのは結婚だ。最近は女性の社会進出が進んでいるので、婚活において男性側が求められる資質が増えている。昔は男女の経済力格差が大きく、東大出身でそれなりの就職をしていれば結婚に困ることはなかった。ところが最近は女性側の収入が上がっているので、男性は収入が多いのは当たり前として、加えて容姿やコミュ力の必要性が高まっている。地方出身で発達障害傾向の神童にとってこれほどきつい戦いはない。

 子育てに置いても関門はある。二馬力の世帯の場合、子育ては鬼門だ。絶対的に人手を要する。実家が近い場合は両親の助けを得られることが多いが、地方出身者にこれは望めない。これはかなりの負担となる。育児が外注できないとなれば、女性側はキャリアを捨てないとといけなくなるかもしれない。生活価格やローンの高騰を考えると、経済的な打撃は大きい。

 これは就職先にもよるが、かなり致命的と言えるのが転勤だ。全国転勤を要する場合は二馬力世帯を維持するのがかなり難しくなる。伴侶が主婦またはパートになってしまえば、世帯年収は激減するだろう。税制面でも不利になってくる。外資系など転勤が無い業界は地方出身者が入りにくく、格差は開く一方である。

 子供が生まれると、重い負担になるのが教育費だ。これまたかなりの負担となる。神童は自分が良い教育と学歴を得てきているので、自分の子供にも同じことをしたいと思う。子供が馬鹿にならないための教育費は、馬鹿にならないのだ。問題は首都圏の子育てがハード過ぎるということだ。サピックスをはじめ、何から何まで金がかかる。競争も激しいので、親が消耗する回数も多いだろう。

地方の神童はどう生きるべきか

 地方の神童の人生として、一番多いのは「ブルシット小作農」である。ますます高騰する家のローンのために好きでもないブルシットジョブに延々と耐え続ける人生である。首都圏出身者の場合は首都圏に不動産がある上に育児で祖父母の助けが借りられるし、就職でも良いところに入っている可能性が高い。転勤の無さを利用して二馬力で世帯収入でも圧倒しているかもしれない。

 何が恐ろしいかというと、この不毛な人生から降りることは許されないということである。男性の場合は一にも二にも安定した経済力が求められる。孤独な中年以降の人生を送りたくなければ、とにかく大金を稼がなければない。こうしてブルシットジョブに定年まで縛り付けられることになる。

 では地方の神童が安楽に暮らすにはどうすればいいか。解は一つしかない。それは地元の医学部に行くことである。

 医学部であれば地方でも働き口がたくさんある。首都圏と違って経済力で圧倒的な優位が得られるため、婚活に困ることがないだろう。マイルドヤンキーの劣位に立つこともない。それに地方の方が生活費も不動産も安いし、育児で祖父母の手を借りられる。無理して二馬力になる必要も無いかもしれない。首都圏で苦しい競争を続けるよりも、地方で尊敬される人生を送ったほうが快適である可能性が否定できない。

 筆者は代々エリサラだからこそわかるのだが、そもそも首都圏エリサラの本流は東大ではなく慶応だ。タワマン文学を書いているのも彼らだろう。東大の評価は高いが、あくまで特殊な人々という扱いであり、カルチャーの中心を形成しているわけではない。地方旧帝もまたビジネス界のカルチャーからは外れる。慶応大学でウケるタイプが、首都圏エリサラでもウケるのは間違いない。首都圏出身・内部生を筆頭とする私立校出身・帰国子女・体育会系などだ。地方出身のギフテッドは明らかに異分子だ。

 2000年代の灘高校は東大合格者100人を超えていた。しかし、ここ10年は70人台が目立つ。灘高校のレベルが下がっているわけではなく、医学部志向が強まっていると思われる。医学部は専門職だから、勉強が得意とか好きという人間は肯定されるし、地方出身だからどうというわけではない。それに経済的に不自由することがない。これは非常に大きい。

 あまりにも地方出身にとって東京の競争社会はハードであり、見た目以上に負担がある。学生時代の段階から必要となる金額は首都圏出身の倍であり、相対的にはもっと大きいかもしれない。就職段階でも家のローンを抱えたり、配偶者が仕事を辞めたりして、不利だ。

 ある程度の年齢になってくると、男性の人生で最も大切なのは金だということがわかってくる。金があれば家庭が養えるし、娯楽でストレスを解消することもできる。やりがいとか挑戦とかは現実の前にどうでも良くなってくるのだ。こうして地方出身者は家庭と家のローンのために「ブルシット小作農」を続けているのである。わざわざ不利な首都圏のレースに参加するよりも、地元の医学部に進んだほうが明らかに経済面で圧倒的に恵まれているし、たぶん感謝される機会も多いだろう。これから地方が深刻に衰退している中で、医療系の仕事は生き残る可能性が高い。地方の神童は仮に医療に興味がなくても医学部一択だ。首都圏で興味のないブルシットジョブを不利な条件で強いられるよりは遥かに恵まれた人生だろう。

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