見出し画像

Time to lose yourself

 韓国の国立中央博物館へ行くと、必ずと言っていいほど確認する展示物があります。それは国宝にも指定されている半跏思惟像はんかしいぞう・はんかしゆいぞう(반가사유상)です。

「半跏思惟像」の名称は、その姿勢に由来します。「半跏」は片脚を垂らして、もう片方の脚をそのももの上に組んで座る結跏趺坐けっかふざという座り方を示しています。「思惟」は人間の生老病死を悩み、深く考える姿勢を表しています。つまり、半跏の姿勢で片手を頬に当てながら物思いにふける仏像を「半跏思惟像」と呼んでいます。

思惟空間ガイドブックより。加筆あり

 現在常設展にて、2尊の半跏思惟像を展示した思惟空間(사유의 방)が開かれています。特別展ではないため、入場料は無料です。テーマは「考えをめぐらし、物思いにふける時間(두루 헤아리며, 깊은 생각에 잠기는 시간)」。英語では ”Time to lose yourself deep in wandering thought” です。

暗く静かな思惟空間に入ると、果てしない水の循環と宇宙が広がります。時空を超えた超現実的な感覚が呼び覚まされ、きらめきに沿ってゆっくりと歩むと、約1400年の時と宗教と理念を超え、物思いにふける2体の半跏思惟像に出会います。それぞれの半跏思惟像は、この世の彼方を眺めるがごとく、苦悩するがごとく、または宇宙の真理を悟ったかのごとく、神秘的な微笑みを浮かべています。これらの思惟像を眺めているうち、心には穏やかな波が打ち寄せ、癒やしと安らぎをもらたすことでしょう。

思惟空間ガイドブックの「1.特別な経験への旅」より。加筆あり

 率直に、今まで観てきた半跏思惟像の展示の中でもっとも仏像の崇高さと秀麗さを堪能できる秀逸な展示でした。それだけではありません。思惟像によって創り出される、すべてを包み込むような荘厳な空間に、ただただ圧倒されました。

 とにかく素晴らしい。

 それは「考えをめぐらし、物思いにふける時間」というよりは、思惟像に包まれることで思考自体が不可能になり、それによって自分の存在が消えてしまう感覚に近かったです。それも一種の ”lose yourself” なのでしょうが、決して "deep in wandering thought" ではなく、言うなれば ”lose yourself in the present moment” なのだと思います。


思惟空間-考えをめぐらし、物思いにふける時間

 真っ暗な壁に囲まれた真っ暗な入口――。なかへと続く狭い道はわずかに傾き、天井からは小さな星たちがきらきらと降り注いでいました。ゆっくりと進んでいった先に広がるのは、静寂に覆われた異空間です。

思惟空間の展示室

◆金銅半跏思惟像(国宝第78号)

 半跏思惟像は、人間の生老病死について思い悩む出家前のゴータマ・シッダールタ太子を表しています。中国では主に5~6世紀に制作され、韓国では三国時代の6~7世紀に流行しました。

金銅半跏思惟像(国宝第78号)
6世紀後半の三国時代、高さ 81.5cm、重さ 37.6kg

 国宝第78号の半跏思惟像は、頭上に華やかな宝冠をかぶっており、太陽と月の装飾が施されているため、「日月飾宝冠」と呼ばれています。このようなタイプの冠はササン朝ペルシアに由来しています。シルクロードでアジアに伝播し、菩薩の冠として応用されたのです。

 この仏像は全長83cmの大きさを誇りますが、素材の銅はわずか2~4mmの厚さで、当時の優れた鋳造技術を物語っています。微笑みの古拙な表現と半跏坐の自然な姿、体の各部の有機的な調和、布の裾と腰帯のダイナミックな表現など、国宝第83号の半跏思惟像とはまた異なる、洗練された様式が特徴です。

国立中央博物館HPより。加筆あり

◆金銅半跏思惟像(国宝第83号)

 日本の国宝(彫刻の部)第1号に指定された弥勒菩薩半跏思惟像みろくぼさつはんかしいぞうをご存じでしょうか。通称「宝冠弥勒ほうかんみろく」とも言われるこの仏像は、当時の日本の仏像としては稀なアカマツの一木造で、聖徳太子から渡来人の秦河勝はたのかわかつへ贈られたと言われています。そして、この宝冠弥勒を本尊として603年(推古天皇11年)に建立されたのが、京都最古の寺院である広隆寺です。

 韓国の国宝第83号半跏思惟像は、日本の宝冠弥勒と非常に酷似していることで知られています。文化的価値だけでなく、両国の歴史的関係も含めて、国立中央博物館に来館した際には見逃せない作品です。

金銅半跏思惟像(国宝第83号)
7世紀前半の三国時代、高さ 90.8cm、重さ 112.2kg

 国宝第83号の半跏思惟像は 93.5cmで、三国時代の金銅半跏思惟像の中では最大の大きさを誇ります。頭上に三山冠、または蓮花冠と呼ばれる低い冠をかぶっており、上半身は裸でシンプルな首飾りだけを着用しています。簡素な表現にもかかわらずバランスの取れた体、顔に湛えたかすかな微笑みは、宗教的な崇高さに満ちた美しさを引き立てています。

 この像は新羅系の僧侶が創建したといわれる広隆寺のアカマツの弥勒菩薩半跏思惟像と類似しており、わが国の仏像が古代日本に伝来したことを示す史料として注目されています。

国立中央博物館HPより。加筆あり

◆宇宙が広がる思惟空間で半跏思惟像を堪能する

◆◆◆


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?