【小説】異世界でバイト始めたけど、しんどいんでバックレようと思います

あらすじ:ネガティブ思考で社会性も協調性もないボイコは、異世界に転生して初めてアルバイトを経験するも、バックレてしまう。生きるため、食うために働かざるを得ない状況に追いやられるが、彼女は適応できるのだろうか。


はじまり

「おい、人間!いつになったら注文聞きにくんだよ!」オッサンの豚獣人客がキレる。

「ボイコ。代われ。で、あっちの料理の提供頼むわ。」男前エルフの店長が呆れて伝票とペンを私からさっと貰って注文を聞き取る。

「おーい!酒〜」へべれけになった頭から角を1本生やした鬼のお兄さん客が木樽ジョッキを持ち上げて催促する。

その一方で、「ねぇ、グラタンまだ〜?」僧侶の客がプレッシャーをかける。

「少々お待ちください!」と言って、私は提供するつもりのグラタンを持ち上げ、その場で上下逆さまにして床に落とした。

忙殺されて頭おかしくなりそう。

ここは現実だけど、現実じゃない。夢にまで見た理想郷。私がかつていた世界の中の、おとぎ話の世界。様々な種族、モンスター、職業、魔法が彩る美しい世界。
どういうわけか私は、そんな幻想的な世界の一部となって、その幻想的な世界に佇むレストランで働いてる。



第1章

私の名は新房藍子(しんぼう あいこ)。あだ名はボイコ。22歳。欠席回数ミスって必修の単位が2つ足りなかったせいで大学をギリギリ卒業できず、留年しようにも奨学金という名の学資ローンは留年分の学費まで貸してくれないので中退。

専業主婦の母は怒り嘆き、タクシー運転手の父は子供に無関心で競馬に夢中、唯一の拠り所だった妹は大学のミスコンで優勝、彼氏を作って順風満帆でここ数ヶ月は私のことなんてお構い無し。同じ大学だったから彼氏と腕組んで歩いてる妹と廊下ですれ違うのがキツかった。

就職もフリーターも嫌だし、このままパチプロでやり過ごそうかとパチ屋に入って出入り口近くのスロットの角台座った途端、駐車場のほうから暴走した大型トラックが思い切り店の中に突っ込んできて、私は"めでたく"死んで転生して今ココに至る。



第2章

ハァ~辛い。ミスで皿3枚割った。

現実と変わんねぇじゃん。なんで私は人外にコキ使われなきゃならんのじゃ。かぁ〜。ネトフリでアニメ見てぇ。パチスロ打ちてぇ。ここには娯楽がゼロ。

「ほら、もう少し頑張って。あと2時間でクローズだから」今度はこっちが皿洗いでテンパってる中、女狐獣人の先輩が気遣って声をかけてくれる。アンタ随分モフモフだけど、こっちの保健所は獣人が飲食店で働くこと許可してるのか?狐の体毛が料理に紛れたらGoogleのレビューで星1だろ。

「なに?ジロジロ見て。なにか気になることでもある?」女狐先輩がマズルをヒクヒクさせながらすり寄ってくる。あわわ。なんか喋らないと。

「あー、あの、いつもこのくらい忙しいんですかね?」両手でふきんを使って大皿のフチを拭いてる私が聞いてみた。
「なんでも、ココって魔王城の関所近くじゃないですか。あんま詳しくないけど、街の人の噂を聞くところによると、勇者が魔王を倒す冒険に出たとのことで、それに追随するパーティが沢山ここにやってくることだし、街全体景気が良くなるっていうから…」
「え?忙しい?これが?むしろガラッガラじゃん。」

ハッとなった私は店内を見渡したら、カウンター、テーブル合わせて10坪・計20席の広さに客が3人しかいなかった。どれも1人客。
あれ、勝手に忙しいと思ってたけど全然そんなことなかった。

そして、後ろを通りかかったオッサンライオンの獣人コックが口を開いた。「まあ見ての通り、客入りメチャクチャ悪いからなココ。忙しいのは冒険がピークになるときだけだ。まあ俺は、そんくらいユルくてラクだから続けてるんだけどな。それにしてもこんなにパニクってる慌てん坊な子なんて初めてだぞ。もしかして飲食店自体初めてか?ボイコちゃんって前はどんな仕事してたんだ?」

ストレートな問いに、私の胸にグサッと何かが刺さったような気がした。 

私はこんなガラガラで暇してる飲食店ですらキャパオーバーで勝手にテンパり、使い物にならなかったのである。そして、私は現実世界において就労経験がない。ここのバイトが初めて。生まれてから今までずっと、労働という「健康で文化的な最低限度の生活(日本国憲法第二十五条)」を営むための生産的な行為は徹底的に避けてきた。
私はどちらかというと、「健康で怠惰な社会不適合者」だ。

友達にも恋人にも容姿にも才能にもバイタリティにも運にも恵まれない、透明な人。それが私。

今日で転生して2日目。あたりを彷徨ってて飢え死にしそうだったから、やむを得ない事情としてこの店の求人を見て即日採用してもらい、その日の午後から働くことになり、ライオンコックのご厚意により、出勤前に賄いを提供してもらって体力が回復した。

仕方ないからここで第2の人生をスタートさせるかと思ったが、なんだか申し訳ない気持ちでいっぱいになった。
ここは現実世界の人たちと違ってみんな真摯に私と向き合ってくれるが、私にはなんの取り柄もなく、自分の能力と経験値の限界から鑑みて、この店の一員としてやっていける自信がない。

それに、みんなは私のことを受け入れようと努力してくれるが、きっと…っていうか、いずれ私のポンコツっぷりと人間性に幻滅して邪魔な存在になる。

「それで、明日も同じ時間から出勤だけど、今日はどうだった?ま、初日だから気疲れもするよな。」店を閉め、明日の仕込みと掃除を終えた後の全体終礼。エルフ店長が私に労いの言葉をかけた。

「たはは、まあ…。」モジモジして答える私に、エルフ店長、女狐先輩、ライオンコックが温かい眼差しと微笑みを向ける。

「ああ、そうだ。」エルフ店長が手を叩いた。

「ボイコって今住むとこがないんだっけ。どういう事情か知らないけど、ココの2階の事務所で良ければ当面の間、住まいにつかってくれよ。そこのソファをベッド代わりにしてさ」

えっ…。

女狐先輩が私の腕を引っ張る。「そうだね!そうしようよ!気持ち的には私の家に上げたいけど、散らかってるし…うーん、他人には見せられないかなー!?」

ライオンコックが私に耳打ちしてきた。「ボイコ、気をつけろよ。店長ワンチャン狙ってる説あるぞ。」 

「はー、そんなことねぇし!妻子持ちだから!」エルフ店長がツッコんで、私以外の3人とも笑った。多くの時間を共有したお互いの心が知れた内輪ネタのやり取り。新参者の私が置いてけぼりになろうとも、若干の下ネタ、セクハラなんてお構い無し。この3人あってこそ"このレストラン"といった感じの仲睦まじい雰囲気だ。

ひとしきりしたあと、エルフ店長が居直った。「まあ、俺、ボイコに期待してるからさ。久々の新人だし、なんかお前からは可能性感じんだよ。いずれはキッチンの業務も覚えてもらって…」

…。

「それでさ、今度はボイコが新人を教える番になって…」

…。

「いずれは店を一任できる存在になってもらいたい。できれば社員にもなってほしい。いや、勿論、無理にとは言わないぞ?」 

…。

「それでさ、この店をもっとデカくしたい。店舗を増やすことも考えてんだ。今は店の経営が冒険のピーク時期以外は下火でうまくいってないけど、いずれは復活すると信じてる。親父から受け継いだ店の味だって、客が気に入らなけりゃ納得できるものに改良してみせる。そして、唸らせる。ウチの良さが分かる"真の理解者"によって評判が広まる。勇者一行にだって気に入られるかもしれない。そうやって、地道な創意工夫を重ねていくんだ。そして、国いちばんのレストランにしてみせる!」

…。

「だから、それを実現させる為にはお前ら"仲間"のチカラが必要なんだ。みんなで絶対叶うよう!」

…。

「ボイコ、ようこそ我がレストランへ!」
エルフ店長はそうやって気持ちよく演説したあと、シメに私に握手を求めてきた。

手に力がこもってる。そして、何も感じない。

女狐先輩とライオンコックは横でジーンと目に涙を浮かべながら拍手しだした。



第3章

女狐先輩とライオンコックが帰り、エルフ店長は私の為に事務所を過ごしやすいように魔法でソファを移動させたりホコリを除去した。

そして、ブランケットと店の鍵を渡し、「じゃ、また明日よろしくな!なんかあったらなんでも俺に相談してくれ。あと、食い物は下行けば賄いの余り物があるから。頼んだぜ。」と言って妻子のいる家へと馬車に乗って帰っていった。

私は、ヤニの匂い漂う洋風の部屋の端っこ、ソファの上で仰向けになって天井を見つめながらブランケットを鼻まで被って色々考えた。

なーんか…外堀埋められまくってるなぁ…。

色々話が大きくなってるけど、勝手に人の将来決めんなよなぁ…。

店長夢とか語っちゃうし…自己啓発セミナーかよってんだよなぁ…。気持ち悪ぃなぁ…。

明日もミスすんのかなぁ…すんだろうなぁ…。

怒られるの怖いなぁ…。嫌われんの怖いなぁ…。そのうち孤立すんの怖いなぁ…。仏の顔も三度までって言うしなぁ…。

…現実世界に帰りたいようで帰りたくねえなぁ…。そもそも帰れねえんだよなぁ…。

死にてぇなぁ…。てか一回死んでんだよなぁ…。

もう一回死んで今度こそ天に召されてぇなぁ…。

でも…もう一回死ねたとしてもまた別の世界飛ばされて社会性求められんの怖いなぁ…。死ぬの超痛えんだよなぁ…。

どうすんだろうなぁ…。どうなんだろうなぁ…。

また明日あの3人に会うの嫌だなぁ…。

…働くの嫌だなぁ…。

そうして、いつの間にか寝落ちした。



第4章


遠くで教会の鐘の音が鳴り、目が覚めた。

ああ、今日も同じ時間から出勤か。
もう出勤まであと1時間しかないじゃん。

仮病使って休もうかな。いや、それじゃ心証悪い。ちゃんと出勤しよう。仮病カードは後に取っておいたほうがいい気がする。

そんなこんなで身支度を始め、いよいよ制服に着替えようとするも、手が動かない。

ここで、私は究極の選択を迫られた。

A「メンタルとかそういうのは一旦我慢して、真面目に働く 明日仮病を使って休むのもよし」

B「今日仮病を使う 入店2日目の病気ということで心証悪いが、その代わり明日からキッチリ働いて信用を挽回する」

常識的に考えてAか?
いや、1日リフレッシュして心機一転明後日から頑張るBってのもアリだと思うな。まずこの世界のこと知らないし。

悩みに悩んで出勤まで残り25分。ヤバい。窓を見たら遠くから女狐先輩とライオンコックが並んで歩いてくるのが見えた。

よーし!決断した!

C「後先のことはいいからバックレる その代わり、今後何があっても自己責任」 



最終章

…そして、気づけば私は部屋を出てまた街をお腹を抱えながら彷徨っていた。

結局、あの3人に合うこともなければ詫びを入れることも出来ず、置き手紙すら用意しなかった。

腹減ったなぁ。喉乾いたなぁ。私ってなんでこうなんだろ。

まあ、いいや。これはこれで私らしい。
見切り発車で後先や損得を考えない逃げっぱなしの人生。それは異世界でも同じだった。ただそれだけのこと。

しかし、ここは親もいない。それどころか衣食住もない。そして、デッカい刀剣やハンマー、モーニングスターといった物騒なもん持ってる危ない集団が当たり前のようにいるし、ふとした瞬間に命を奪われかねない。

そう。ここはおとぎ話の世界。様々な種族、モンスター、職業、魔法が彩る美しい世界。

ドラゴンは空を飛び、火や氷を操る魔法が当たり前のように存在し、獣人が言葉を話す。

その中で、今まさに、魔王討伐という世界規模の一大プロジェクト達成を目指す勇者と、それに追随する全土の英雄の卵やゴロツキたち、およそ数千万におよぶ戦士は冒険へと出ようとしてる。

そうともなれば、魔王討伐作戦による経済効果で雇用も創出される。

…よし。

そうだ、私はこれを機に、社会性と生きるチカラを手に入れなくては。少しずつでいい。社会不適合者のままでいい。現実世界より幾分かマシな自分に生まれ変わるんだ。

初バイトの飲食店はダメだった。でも、それでいい。私の決断はバカすぎるが、過ぎたことはしょうがない。今後は冷静になろう。色んな分野を試して自分に向いてる仕事を探そう。

私はレストランのバイトに応募する時にも見た、コルクでできた掲示板に求人情報が沢山載ってるので、確認してみた。

・引っ越しバイト 出来高1件50000G ※必須条件:2級以上の魔法検定資格 もしくはそれと同等の能力の持ち主 並外れた力持ちの方でも可能 その場合は応相談

・カウンセリング 出来高1件100000G ※必須条件:霊媒師、または霊媒師の弟子に当たる方

・狂犬病の治験 協力費 3000000G ※必須条件:獣人の方 犬系歓迎 最近生肉を食べてない方

・ゴブリン退治 時給70000G ※必須条件:「魔法」「刀剣」「呪術」「武術」このいずれかの技能を以て戦闘が行える方 経験者歓迎 保険加入は任意

流石は異世界。必須条件厳しい。スーパーパワーの持ち主ばかりが優遇される。凡人には無理だが、この世界にはなんの能力も持たない住人だって多いはずだから探せばあるはずだ。

・パン屋 正社員 (店長候補) 月給300000G パン割引購入制度あり 社員寮あり

おっ!これはバイトじゃなくて社員の求人だ!しかも社員寮ありとか神かよ!ここ応募しようかな。

※必須条件:大卒

え、異世界でしかもパン屋の分際で大卒資格求めるとか死ねや。現実世界で大学卒業できなかった私ヘの当てつけか。どのみち卒業資格があっても異世界で通用するわけないが。

ヤバい。お腹空きすぎでヘトヘトだ。早くもレストランをバックレたのを後悔してる。こんなことなら我慢しとくんだった。衣食住が保証されてる環境をたった一瞬の気の迷いと怠慢で捨てるなんて私はバカだバカだバカだ!

そんな時、無愛想なドワーフが通りかかり、その人は私の目の前で1枚の求人票を新たに貼り出した。

・急募! 武器屋 レジ係 時給 4000G 給料前払い制度アリ 即日勤務可能 ※必須条件:週5日勤務できる方 体力があって笑顔が素敵な方 大きな声を出せる方 困難に負けず、粘り強く一つのことをやり遂げられる方 獣人歓迎 人間も可
〜大量募集!特別な技能はいりません!初心者の方にも優しく教えるアットホームな職場です!〜

よし!これだ!「アットホームな職場」だから間違いない!

そして、私はこの武器屋に面接に向かい、新たな一歩を踏み出した。

今度からはチャンスを逃さず、これまでの自分を変えるんだ。

〜つづく?〜

#ファンタジー小説部門

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