【小説】信長はランウェイで輝きたい(前編)
はじまり
「ちくしょー!光秀め謀ったな!」
1582年6月21日(天正10年6月2日)、本能寺の変。
俺、織田信長は家臣である明智光秀に謀反を起こされ、滞在中の本能寺に火を着けられた。
「蘭丸!消化器もってこい!あと119番!」
「何いってんスカ!この時代に消化器とかスマホとかそんなのあるわけないでしょ!あーもう、髪がチリチリになっちゃったじゃないスカ!自分、もう嫌ッス!」
炎上する建物の中、その灼熱っぷりに俺は動転して小姓(※)の森蘭丸に助けを求めたが一蹴された。
煙が充満し、頭が酷く痛くなり、意識を保つのが難しくなってきた。
光秀め、一体何故こんな外道な真似を?
俺があいつに何をしたと言うんだ。出世させてやったじゃないか。手柄をくれてやったじゃないか。他の家臣より贔屓にしてやったじゃないか。何より恩義があるじゃないか。
何がお前の不満だったんだ?
比叡山に火をつけろなんて泥仕事(※)を頼んだからか?
それとも、家康の城で俺が短気を起こしてお前を蹴飛ばしたからか?
渋谷で友達と歩いててイケメンにナンパされたとき、イケメンは俺にだけ楽しそうに話しかけてきたからか?
小銭がなくて友達にプリクラ代立て替えさせてそのまま踏み倒したからか?
…ん?…あれ?渋谷?プリクラ?俺は一体何を言ってるんだ?
いよいよ混乱してきた。
目の前には、蘭丸が部屋にあった槍を持っていた。
「殿、お許しください!自分、殿の首をしっかり貰って天下取らせていただきます!故郷に錦を飾ります!あざっす!」
「ま、待て!あざっすじゃない!」
俺は慌てふためいて地面に倒れ込んだ。
蘭丸は槍を俺の首めがけて思い切り振りかざし、目の前が真っ暗になった。
「ハッ!」
…少女は目が覚め、思い切り上半身を起こし、その首をなでて繋がってることを確認した。
「毎度毎度ひでぇ夢だ。嫌でも忘れさせないつもりか。」
少女はそう独り言をつぶやき、落ち着いて呼吸を整えるまで時間がかかった。
汗でパジャマは湿り、悪寒もして眠る気がせず、部屋を眺める。
窓の外からは新聞配達のバイクが走る音。本棚には歴史上の偉人に関する学習漫画と日本史の資料が隙間を埋めつくす。
机の上にはノートパソコンといくつかのティーン向けのファッション誌。
ベッドのシーツはピンクで、桜柄のパジャマとおそろい。
そして、壁には制服のブレザーとスカート、リボンがハンガーに掛けられてる…。
…俺はこの本能寺の一件を悪夢で思い出すたび、部屋の天井を見つめながら自分のアレコレを振り返るのが自然に日課になった。
第一章
戦国の世から打って変わって時は令和。
どういう因果か、俺、織田信長は前世の記憶を持ったまま今生で女子高生としてやり過ごしてる。
物心ついたときは戸惑いだらけだったが、なんだかんだ言って、すぐに自分の置かれてる状況というものに慣れたし、それなりに楽しんでる。
俺は何度か、自分が死んだ後のこの国の辿ってきた道を調べ上げたこともあった。
家臣の豊臣秀吉が俺に代わって天下統一を成し遂げたこと。その後、これまた俺の家臣だった徳川家康が天下人の跡を継ぎ、265年も続く江戸幕府を開き、天下泰平の世を築いたこと。日本は鎖国を解いて西欧化していったこと。鎌倉幕府以降、長らく続いた武家政権が崩壊し、権威が朝廷に移ったこと(王政復古の大号令)。戦争に負けたこと。バブルが崩壊したこと。
俺が現世に生まれてからも災害や疫病で未曾有の社会不安を目の当たりにしたことがあった。
しかし、文明や技術が発展し、この国の景観は数百年前とずいぶん変わった。大したもんだ。俺がいなくても国がこんなに栄えるなんて。
勿論、自分自身のことも調べないわけにはいかない。
俺、織田信長の人物像として挙げられてるのは、「自己愛性パーソナリティ障害の可能性があるナルシスト、反社会性パーソナリティ障害の可能性がある残虐性、大うつけ者、強いリーダーシップ、先例にとらわれない大胆な策を取り入れる改革派、天下統一への足掛かりとなった重要人」などだ。なるほど、後半はともかく前半は耳が痛い。俺はただの勘違いうぬぼれ野郎だったようだ。
いや、だがそれは天下人たるもの、不可欠な要素ではないか。強い大義を実現させるにはカリスマ性あってのものだ。そこらの百姓ならともかく、実力あるものが自惚れて何が悪い。俺はすごいんだ。この第六天魔王(※)をナメるなよ。
ついでに言うと、アニメやエロゲーで織田信長というキャラクターが女体化されまくってることには非常に反応に困った。
あれさー…別にやめろとは言わないけど、一体どこの誰が喜ぶの?
現に俺もこの姿だから説得力がないし、別にいいか。どうせやるなら愛情込めて可愛く盛ってくれよ。
そして、一番肝心で何より気がかりなのは「なぜ明智光秀は謀反を起こしたのか」だ。
残念なことに、今現在でも詳しい理由は解明されてないらしい。あらゆる一次資料を読んでも憶測ばかりで確証がないし、インターネットで調べてもそれらしい文献がでてこなくて困った。本能寺の変の動機として考えられる仮説は59もあるという。一番知りたいことに限って迷宮入りとは。
それに加えて現代の歴史研究では光秀の詳しい半生すら解明されてないというのも妙に引っかかる。俺もあいつから身の上話というものを聞いたことがない。もしあいつの人生のバックグラウンドがわかったら本能寺の変の辻褄が合う動機も見つかるかもしれないというのに。
俺がもしあいつと現世で再会できるなら、ちゃんと理由を話してもらいたい。事と次第によっちゃ謝ってやらんこともない。
いくら宿敵とはいえ、輪廻を超えて再会する可能性は極めて低いが、いつかまたどこかで巡り会えると信じてる節もある。
まあ、不思議な因果がある世の中だ。俺以外にも前世の記憶をしっかり抱えたまま現世で何かに擬態化して生きてる奴も案外多いだろうしな。当事者は言わないだけで。
…よし!細かいこと考えてたら気晴らしにランニンしたくなった。健康でうら若き、しかもこの美貌を携えた身体ぞ。みなぎってしょうがない。
それに、目的達成のために適度な運動を心がけてコンディションは万全でなくてはならない。
そう。俺の今の目的は一つ。
東京シンデレラコレクションのランウェイを可愛く歩いてグランプリを勝ち取ることだ。
第二章
「あら、お帰りサクラ。走ってきたの?」
現世での俺の母がピーナッツバターをトーストに塗りながら、ランニング帰りで肩で息をしてタオルで汗ふいてる俺に声をかけた。
にしても、サクラか。いい名前をもらったものだなとつくづく思う。秀吉に花見の素晴らしさを教えてもらってから、俺も桜の花が好きになった。
「うん、ちょっと考え事したら走りたくなっちゃって。」
「そういえば、なんかサクラ宛に封筒が届いてたけど。宛名がTCC運営委員会って。」
「私宛?」
一人称を"私"で喋るのにも慣れた。織田信長、偽名使ってJK生活エンジョイしてます、なんて家臣に言ったらさぞキモがられるだろう。
俺は母に渡された封筒を手に取り、その羽のような軽さに一抹の不安を感じながら封を解いた。
TCC。正式名称は東京シンデレラコレクション。
若者の間では知らない人はいないといっても過言ではないほどのティーン向けのミス・コンテストだ。
当然、日本の10代の中でも登竜門とされるコンテストなので、美貌だけでなく地頭の良さや人柄、抜きんでた才能や特技といった付加価値も評価対象となる。期待の新星というだけでなく、いわば世界に羽ばたくショービジネスのプレーヤーとして第一線で活躍できるポテンシャルをランウェイで歩くファイナリストは徹底的に厳選される。
そこにはファッションモデルの卵や名だたるインフルエンサーがこぞってオーディションに参加するが、倍率もかなり高いし、審査が審査なので元々評価の高い鳴り物入りの人間がファイナリストになれるとは限らない。70万人越えのチャンネル登録者数を持つ美容系ユーチューバーも審査に落ち、「もう18歳だから来年はオーディション受けられない。今年が最後のチャンスだし自分なりに一生懸命頑張ったけど、小さいころからのTCCファイナリストとしてランウェイで歩くという夢はついに叶わなかった。」って動画の中でギャン泣きしてた。
何しろ、TCCのグランプリ受賞者にはそれなりの恩恵というものがある。まず、賞金は300万円。そして、輝かしいネームバリューを持つ協賛企業から広告の仕事が舞い込んでくるだけでなく、俳優業や音楽活動など、自分が特に希望するエンタメの分野があれば、それに特化したプロダクションに所属することができ、さらには一流コーチの手配を受けたり、芸術系に限り、行きたい学校があれば給付型奨学金を受けられるなど特別なバックアップを希望制で受けられる。
TCCのランウェイはファイナリストとして歩くだけでもそれなりに注目の的でキャリアに箔がかかり、グランプリ受賞者でなくともミス日本やパリコレモデルになった人材を輩出してる。
TCCは夢への切符であり、参加できるだけでも大変名誉なことなのだ。
俺はこのコンテストの存在をテレビで知った時、「前世で果たせなかった雪辱をここで晴らせ」と己の第六感が告げてるような気がした。何かで一番を目指すのは好きだし。高1の時には生徒会長を目指して立候補したけど、公約の内容があまりにも不評だったみたいで野次とたくさんの上履きが飛んできた。だから、生徒会がダメならせめてミスコンでテッペン取ってやろうと。
俺は路線変更を決めてからというもの、メイクとファッションを勉強し始め、ジムにも通い始め、商機を作るためにモデル事務所に所属し、学業とコンビニバイトの傍らでできる範囲でモデルの仕事もこなしていき、暇さえあればスマホにオフライン保存した「可愛くてごめん」を脳に刷り込むようにヘビロテし、マネージャーと二人三脚でTCCモデルになることを一つの目標に頑張ってきた。
そして、いよいよコンポジ(※)や適性検査、ビデオ面接といった書類審査を通過してのオーディションを受けた。
身体測定、用意された服の中から自分でコーディネートしてのウォーキング、日本語と英語による二次面接、さらには志願者の年齢に応じた筆記の学力試験も用意されていた。なんでも、それまでの審査の感触が全部パーフェクトでも試験で満点取れないとあっさり落ちると噂で聞いたから気が気でなかった。
試験の最中に席の後ろのほうでしくしく泣く声が聞こえたが、どっかの志願者が解答用紙の空欄をなかなか埋められなくて自分の合否の結果を悟ってしまったということなのだろう。次はミス日本で頑張ってほしい。
あと、面接で特技をアピールするときに3人の面接官の頭の上にリンゴを載せて矢を3本同時に放って撃ち落とす弓道をやったよ。弓道部に入ってるわけじゃないが前世の腕前はまだ十二分に残ってる。ホントは鷹狩りをやりたかったけど鷹持ってないんだよね。
ここに来るまで様々な苦労や困難があったが、手ごたえは十分にあった。
封筒を開けるとオーディションの結果が入っていたが結果は予想通り。
この俺を誰だと思ってる。無論、落ちるわけなかろう。
俺はその場で母とハイタッチした。
次に目指すはランウェイを風を切るように歩いてグランプリ受賞だ。
第三章
「へぇ、TCC受かったんだー、すげぇじゃん。ってか、あーしが立て替えたプリクラ代返せし。」
学校からの帰り道、現世での俺の友達の七緒がダルそうに労ってくれた。あんまり興味なさそうだ。
「ふん、どうだ偉いだろう。プリクラ代は出世払いでどうよ。」
俺が返済の催促に対して生意気な提案をすると、七緒は「は、ウザ死ね調子乗んな死ね今すぐ返せ」と辛らつに返した。今どきの子どもは死ねとか平気で言うのな。
「んでさ、サクラはTCC歩くわけじゃん。優勝しようがしまいが有名になるわけじゃん。その後どうすんの。芸能界でブイブイ言わせて、海外で会社立ち上げて、億万長者になって両隣にイケメン座らせて、米ドル札丸めて、鼻から粉吸引して、あーしのこと忘れるってか。死ね。」そう言って、七緒はヘナチョコなキックを俺のケツに食らわせた。
「想像飛躍しすぎだっつの!うーん、あくまで記念受験のつもりだし、さっさと歩いて帰るよ。」
「はぁ?お前そんな軽いノリでよくTCC通ったな。落選して人生棒に振った奴らにケンカ売ってるようなもんじゃん。まあ、そらぁ男選び放題の顔面偏差値だったらチャンスは吐いて捨てるほどあって人生チョロ松の楽勝だって考えるわな。つか、なんでナンパ野郎はどいつもこいつもお前ばっかに話しかけてあーしのこと無視すんだし。おかしいだろオラァッ!」今度は七緒に本気の肘鉄砲をお見舞いされた。身長が低いせいで俺の腰の変なとこに当たって痛みがジンジン響いた。
七緒の言うとおりだ。俺はTCCが終わったらどうする気なんだ。今更になって全然考えてこなかったに気づいた。一応、目立つことは好きだ。だが、なんだかんだいいながら、今の今まで大きな決断をする時は大義名分のもと、目標を達成しようと邁進してきた。しかし、今回に関しては誰のためとか何かのためとか一切なかった。前世含め、人生で初めての感覚だった。純粋に人前で輝きたいと思ったのは。
日本で一番エモくてかわいい10代となって天下に名を轟かすのが織田信長に与えられた第二の天命なのだろうか。それとも、TCCに行けばなにか俺が探し求めていた答えが分かるという直感の導きだろうか。
するとそのとき、曲がり角から女の子が現れ、突如俺等2人の道を遮った。
「アンタが兵頭サクラ?」
その子は俺を指してそう聞いた。見たところ中学生だろうか。赤紫色のカーディガンに茶色のチェックのスカート。ここらでは見かけない学校の制服を着てるからきっとよその地域の子だろう。
「そうだけど。なんか用?」
俺が戸惑いながらそう返すと、その少女はこう宣言した。
「ふん、アンタ、TCCのファイナリストに選ばれたんだって?さっきアンタのSNSでそう呟いてるの見て心底ムカついた。なんかアンタのキャラって癪に障るんだよね。いかにも他人を蹴落としても涼しい顔して人生楽勝って感じでさ。だから、いっぺんそのツラを拝んでやろうと思って来てやったわ。いい?グランプリは私のモノ。アンタみたいなオバモ(※)なんかには絶対渡さない!覚悟しとけ!」
なーんか、めんどくさいことになったな。
そこから、コンテスト当日までこのアケミとかいう少女の嫌がらせが続くことになる。
(後編に続く 5月中には完成させます)
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