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ニュースつぶやき「ぷるぷる脳みそ」

 約12000年前の地層から発見された脳が弾力を保ったまま保存されていた話。


 わたくしは化石を見るのが好きです。たとえ骨格しか残っていなくても、いえだからこそ、生前の姿を想像するのが楽しいからですわ。ときたま皮膚などの軟組織が残って化石化しているものを見ることもあり、軟組織がどうやって腐敗・分解されずに残ったのだろう?といつも不思議に思いますの。

 ところが、軟組織中の軟組織である脳が、意外にも古代の地層から発見されているとのこと。生き物の遺骸の中で、いの一番にとろけてしまいそうな脳みそですけれども、そんなことがありえるのでしょうか?

 英オックスフォード大学の調査によると、17世紀半ばまで記録をさかのぼったところ、脳を発見したとする事例の報告は4400件にものぼったそうですわ。最も長く保存されていたのはロシアの永久凍土から発見された約12000年前のもので、しかも弾力のある「ぷるぷる」した状態だったそうです。

 いったいなぜ、こんなことが起こるのか……?

 かんたんにご説明いたしますと、一般に、遺骸の保存には
・凍結:体組織を分解する微生物の活動に必要な水分を凍らせる
・乾燥:体組織から脱水し、微生物の繁殖を抑え、高分子を固定化する
・皮革化:体組織のメイラード反応により、組織を固定化する
けん化:脂肪分が塩基により加水分解し、石鹸状に変化する
 ものが知られております。
 それに加えて「ぷるぷる」が入るというわけですね。

 それぞれの保存期間は、凍結が約5180年、乾燥が約8970年、皮革化が約2790年、けん化が約3900年となっているところ、ぷるぷるはなんと約12000年にも及ぶ保存期間を持つとのこと。しかも皮膚や筋肉、内蔵など他の軟組織が消滅した骨だけの遺骸であっても、このぷるぷる脳みそは発見されるのです。水分があるから腐敗が進むのに、その水分を保持したままのぷるぷる脳みそが、いったいどうしてそのような、他を圧倒する悠久の時を超えることができるのか?謎はさらに深まりますわね。

 その答は、脳だけに起こる、ある特殊な変化と考えられているそう。

 これまで発見された軟組織の化石の多くは、タンパク質・資質・糖といった生体分子が組織中で結合(架橋)することによって安定した重合高分子を形作ることで知られておりました。神経伝達物質を多く持つ脳は、その物質中に含まれる硫黄のはたらきにより、他の軟組織と比べて架橋が起こりやすくなっているというのです。他にも鉄を利用した無機物領域の形成によって表面が赤オレンジ色になったぷるぷる脳みその発見も報告されております。

 つまり、微細な金属の殻をまとうことにより、多量の水分を含んだままでも、永劫の保存性を発揮しているのでは──ということなのです。

 そういえば、ラブクラフト派に数えられる女性作家、ヘイゼル・ヒールドの著書「永劫より」では、外宇宙からの邪神ガタノトーアが、見た人間を石のような、革のような質感のミイラに変え、犠牲者の脳は生きたまま何万年も生き続ける……という描写がありましたわね。ラブクラフト派の作家の中でも博物館を舞台にした作品を少なくとも2編、上梓している作家さんでわたくしのお気に入りなのですけども、もしかしたらこの「遺骸の中に収まっているぷるぷる脳みそ」のことをどこかで知っていたのかもしれませんね。ファンタジーやSFを執筆するにあたって、どういう知識がどう役に立つのか、知識は多い方がよいということでしょう。

 とはいえ、この研究、いまだ詳しいことはわかっておりません。先に述べた硫黄や鉄との関係も、まだ推論の域を出ないのが実情のようですわ。今までの研究とは全く異なるメカニズムが存在し、わたくしたちはそれを知らないだけなのかもしれません。

 人類の前には、知られざる太古から、永劫の未来に至るまで、茫漠たる謎の深淵がその黒々とした水面をたたえているのですから……




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