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認知症でアル中でLGBTQのおじいちゃん

昔、介護施設で働いていた時の話だ。

80代後半のおじいちゃんがいた。
ほとんど寝たきりでオムツ、寝返りはできるが、自分で起きたり、歩くことはできない。
車椅子に乗ることも移動することも、私たちが行った。
食事は左手のみ使いスプーンで自分で食べていた。
体は常に傾き、ボロボロと食べ物をたくさんこぼすのでエプロンをつけていた。
脳梗塞の後遺症で片麻痺があったので、左半身しか動かせなかった。
脳血管性認知症の診断もついていた。
言葉は話せなかった。
顔の表情も麻痺のせいか動かず、
意思疎通もうまくできないとみんなが感じていた。
車椅子に移る際、私たちが体を支えて抱き抱えるようにすると、
左手でおじいちゃんもしがみついてくる。怖かったのかもしれない。
ご飯、10時15時の水分補給、お風呂、
それ以外はベッドに寝かせられ、テレビもなく、部屋の天井を見つめて過ごしていた。

息子さんがいたが、
「父が死んだら教えてください」
という関係だった。
おじいちゃんは若い頃、アルコール依存症で入院したこともあり、
家族に迷惑をかけてきたそうだ。

まだ経験が浅かった私は、
このおじいちゃんに今の自分ができることはないのかと考えてはいたが、
余計な仕事を増やすなという集団圧力に無力だった。

そんな中で迎えた4月、
異動や新入職があり、職員の顔ぶれに変化があった。
男性職員が増えたのだ。

若い男性職員が、
カンファレンスで口にした。
「〇〇さん、オムツ交換する時、左手で俺の尻とか股間とか触ってくるんすよ。すっげー笑顔で。
車椅子移乗の時も、抱きついてきて口尖らせて、チューされそうになっちゃって。
焦りましたよ。やなんだよなー」

女性職員は皆驚きで呆気にとられた。

あの〇〇さんが?

そこに居合わせたリハビリスタッフの男性が言う。
「自分も尻を撫でられます。めっちゃ嬉しそうに。だからこっちも脇とか胸とかこちょこちょするんですよ。
ケラケラ笑って、麻痺してる右手も少し動くんですよね。刺激になってるみたいで。
側から見たら、ただイチャイチャしてる風に見えるかもしれないけど。
〇〇さん、もしかしたら、そっちだったのかも」

私たち女性陣は、信じがたいと言う空気感だったが、
おじいちゃんは、きっと、そうだったのかもしれない。

私はおじいちゃんに想いを巡らせた。

抑圧された時代に生まれ、
戦争を経験し、親の決めた結婚をし、
アイデンティティを殺しながら生き、アルコールに溺れ、
認知症になってようやく、
本来の自分を解放できたのではないか。
認知症になることは必ずしも悲しいことではないのだ。

おじいちゃんは、人生の最後にようやく自分らしく生きれた。
そうであってほしい。

その1年半ほどで、おじいちゃんは人生の幕を閉じた。

私はなぜか安堵していた。

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