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新聞滅亡へのプロセス

日本型ジャーナリズムの特殊性

 このブログを皮切りに新聞を中心としたメディア批評を行うことにした。実例を交えて、日本メディア、とりわけ新聞の抱える病理構造と衰退の原因を洗い出したい。歴史を縦軸、世界を横軸として「日本型ジャーナリズム」「記者クラブジャーナリズム」の諸相とメディア経営の諸問題について考察していく。今回はその第1回となる。

 これまで「日本型ジャーナリズム」について何冊かの書籍が出版されている(注1)。しかし内容は、新聞社編集部門とジャーナリズムの実際について扱った内容がほとんどで、日本における新聞編集・報道と経営の特異な関係については、ほとんど分析の対象となっていない。

 このブログでは「日本型ジャーナリズム」の特殊性について、網羅的に扱っていく予定だ。その前提として10の視点を挙げておきたい(順不同)。

#新聞滅亡へのプロセス

・「経営」による「編集・報道」支配。編集権問題
・発行部数・視聴率至上主義と「日本型ジャーナリズム」
・企業従業員としてのジャーナリズムと「個」としての記者の相克
・特異な日本型報道と記事内容、新聞の「無謬」
・「政・官・業・学・メディア」ペンタゴン癒着の構造
・「記者クラブ」ジャーナリズムと「画一・広報報道」
・新聞によるテレビ支配の変遷
・メディア界における特定人物・グループの異様な影響力とその構造
・政治に関与する新聞とジャーナリズム
・報道機関の「健全な」相互批判の欠如

 何をもってジャーナリズムというのか、ジャーナリストとは誰なのか。この問いは本源的な問題で定義をするのは難しい。過去も現在も、それぞれがそれぞれの立場で定義している。

 インターネット時代のジャーナリズムは、かつてない次元まで複雑化し、これまでのプレスに関する考察をはるかに超えており、その答えは単純ではない(注2)。このブログでは、中国、ロシアといった強権体制下のメディアおよび途上国における「開発ジャーナリズム」は基本的に比較の対象として含めない(注3)。主にG7(「先進」7か国)、特に米英との比較において「日本型ジャーナリズム」の現在を明らかにすることに主眼を置く。

日本没落の30年


 この30年、国際社会の中での日本の存在は相対的没落の一途にあるといっても過言ではない。政治、社会、経済。そのどれをとっても日本は、質の低下が継続している。
 2022年の暮れに、タモリが「徹子の部屋」で述べた「新しい戦前」という言葉が流布した。現状を見れば、マスメディア・新聞も総体として「新しい戦前」に向かって歩を進めている状況にある。

・GDP世界4位に後退
 今年2月15日、名目GDPがドイツに抜かれて、世界4位に後退したと内閣府による発表があった。16日付の朝日新聞は、1面のトップ記事で事実を報じ2面で「転落 失われた30年の果て」との見出しで解説記事を掲載した。他の新聞テレビもGDP4位交代とともに、ドイツの人口が日本の3分の2であることを一斉に報じた。

・1人当たりGDPは世界37位へ
 2023年10月の国際通貨基金(IMF)は翌年の世界経済見通しを元にした国民1人当たりGDPを発表した。それによれば、2024年に日本は世界37位となる見込み。韓国(36位)と台湾(38位)の間に位置する。
https://www.imf.org/external/datamapper/NGDPDPC@WEO/OEMDC/ADVEC/WEOWORLD

・貧困率は43か国中11位
 2024年1月10日にOECDから発表された2021年時点での貧困率国際統計・ランキングでは、日本は調査43か国中11位となっている。ギリシャ、トルコ、韓国より貧困率が高い。
oecd.org

債務残高は対GDP比で258パーセント
 財務省のホームページに債務残高の国際比較の図表がある。「債務残高の対GDP比は、G7諸国にみならず、その他の諸外国と比べても突出した水準となっています」とし、日本の債務残高は対GDP比で2023年258%。G7か国の数値を高い順に並べるとイタリア(140%)、米国(122%)、フランス(111%)、英国(106%)、カナダ(105%)、ドイツ(67%)となっている。
日本の借金の状況 財務省 mof.go.jp

・ジェンダーギャップ指数は125位
 世界経済フォーラムWEF)が発表した2023年版の「ジェンダーギャップ指数」によれば、日本は146カ国中125位。同指数は、「経済」「教育」「健康」「政治」の4分野で、国ごとのジェンダー平等を評価している。
https://www.gender.go.jp/policy/positive_act/pdf/sankou1_23_09.pdf

・2022年の出生率1.26で7年連続過去最低

・人間開発指数(HDI)は24位、アジア4位
国連開発計画(UNDP)は3月13日、各国・地域の教育や所得水準で豊かさを測る2023~24年版「人間開発指数(HDI)」世界ランキングを発表した。日本は24位。アジアでは香港(4位)、シンガポール(9位)、韓国(19位)に次ぎ4番目。
https://hdr.undp.org/data-center/human-development-index#/indicies/HDI

・報道の自由度ランキングは68位
 国境なき記者団(RSF)は、報道の自由度ランキングを毎年5月に発表している。2023年のランキングによれば、日本は世界180か国中の68位。2011年には過去最高の11位までランクを上げていた。(注4)
https://rsf.org/en/index

 国際比較調査による世界ランキングは、統計数字の算出方法や分析方法によって異なった数字が示されるリスクを常に伴っている。しかし、統計数字を列挙しただけで、日本が経済・社会の面で、この30年に没落していっている様子が数字から読み取れる。「裏金」問題をはじめとして日本政治の劣化は改めて指摘するまでもないだろう。

 新聞・テレビは、ここまでの状況悪化について報道機関として自らの責任を感じているのか。個々の組織ジャーナリストの中には、この事実を受け止め、それを是正するために記事を書き、必死で努力している人々もいる。しかし、経営体として見れば、暴落の30年に対して報道の機関として責任を感じている兆候は、感じられない。

沈む夕陽を止められるか

 日本没落の30年に新聞・テレビはどのような歯止めをかける役割を果たしてきたのか。どのような警鐘を鳴らしてきたのか。逆に没落に加担してきたのか。その検証は組織メディア自身の手で行われるべきだ。

 報道組織として新聞は、他のメディアと比較できないほどの記者・編集部門の人材を抱えている。新聞協会加盟新聞通信87社の編集部門の人員は17,877人。他国と比べれば組織ジャーナリストの数は群を抜いて多く、日本では新聞が報道の中核であり続けてきた。その新聞が今、滅亡へ向けたプロセスにある。従来型の新聞経営が成り立たなくなってきているのは、誰の目にも明らかだ。

 その理由はインターネット出現後、日本の新聞が構造的に「みんなで渡ろう組織ジャーナリズム」「護送船団方式の新聞経営」を強め、その構造を自ら変革できないからだ。

 第2回以降のブログでは先に掲示した10の論点について、具体的な例を挙げながら、新聞メディアの構造とメディアとしての問題点を明らかにしていきたい。

 日本の新聞は、米国の新聞を引き合いに出すのが好きだ。しかし、日米の新聞は存在する環境が大きく異なる。紙の新聞に限っても、朝日、毎日、読売、日経、産経、東京(中日)など東京で発行される新聞とニューヨークタイムス、ワシントンポスト、ウォールストリートジャーナルといった米国を代表するとされる大都市新聞の紙面内容は大きく異なっている。

 端的にいえば、日本の一般日刊新聞紙(特に全国紙)は、多くが横並びの発表記事で構成されており、そうした記事は、米国の新聞に掲載されるAPやロイターなど通信社の配信記事に似ている。

 米国の新聞は多くの場合、事実だけを5W1Hで伝える記事は、通信社から配信される記事を掲載するのでこと足りると考える。日本の記者は「とくダネ」「独自記事」より「とくオチ」をおそれると自虐的に語る。

 そもそも「独自記事」という言葉は、奇妙な響きを持つ。報道が自由な国では、記事は独自であることが当たり前で「独自記事」などと称するのは、いかに「広報・横並び記事」で埋められているか「語るにおちる」というべきだろう。

 米国新聞の記事とは「ニュースストーリー」であり、米国主要紙の記事は長文で(1本読むのに10分近くかかることもある)、背景、今後の見通しなど記者個人の見解も含めて詳細で長文記事で構成されるのが一般的だ。単なる発表情報や横並び記事で構成されていない。ページ数も日本の新聞に比べると圧倒的に多い。

 日本の新聞は紙の新聞発行部数至上主義を堅持してきたし、この考えから基本的に転換できていない。沈む夕陽を止めるためには、新聞発行部数偏重と新聞社同士の持たれあい構造を変革するしかない。

 同時に無駄な資源の投入をただちにやめ、合理的な経営を目指し、新たに「まっとう」なジャーナリズムを構築するべきである。

日本のニュースストーリー記事

 もちろん日本の新聞にも米国のメインストリーム新聞の記事に匹敵あるいは凌駕するような「ニュースストーリー」が紙面で展開されることがある。具体例をひとつあげよう。

 3月8日付の朝日新聞には「単身の高齢者女性 4割貧困」との見出しがの記事が掲載された。リードにはこうある。
”65歳以上の一人暮らしの女性の相対的貧困率が、44.1%にのぼることがわかった”
”厚労省が同調査で発表している現役世代のひとり親世帯(44.5%)と同じ、深刻な水準だ”

 1面、2面に展開されている記事の見出しをひろうと、以下だ。

 単身の高齢女性 4割貧困
 都立大教授集計 男性より14ポイント高く
 20代から男女賃金差
 本社分析 全産業年代進むと拡大
 77歳無職女性、初めて食料支援の列に 「自業自得なのか」
 ジェンダー格差 放置の末に
 年金「養ってもらう」前提
 専門家 「個人モデル徹底を」
 相対的貧困率 本当に実態がわかるの? 
 高リスク層の把握、動向を見るのに有効な指標

 筆者はこの記事で65歳以上の一人暮らしの女性の貧困の実態を初めて知って驚いた。「日本没落の30年」で使用した上記の統計数値はネット上で簡単に入手できる情報だ。しかし単身高齢者の貧困に関する情報はそれまで見たこともない内容だった。定量化された数値と高齢者の貧困の実態と原因が分かりやすく解説されている。筆者はこれこそが「ニュースストーリー」だと思う。

 15年以上も前から明らかなのだが、新聞は紙からネットの世界に転換していく以外に生き残る道はない。公官庁や政治家、企業の発表する「横並び」記事の扱いは、発信元の公官庁のホームページやネット中継、そして通信社をはじめとする速報のプロに任せて、「ニュースストーリー」を発信する態勢を構築するのが新聞の喫緊の課題だろう。

 全国津々浦々の「記者クラブ」に貼り付けている記者に調査報道に割く時間を与え「ニュースストーリー」が書けるようにするため「記者クラブ制度」からの脱却をはかるべきだ。

 ここに書いたのは、30年も前から新聞界内部でも言われて続けてきた話の要点を示しただけだ。新聞は、今こそ発表モノの速報は通信社に任せて、経営のスリム化をはかり、独自記事の「ニュースストーリー提供に力を尽くすべきだ。


*このブログで使用する写真は、すべて筆者が通訳案内士・ネーチャーガイドとして各地で撮影した写真を使用します。今回の写真は石垣島サンセットカヤック。

注釈(参考文献)
(1)・「日本型ジャーナリズム 構造分析と体質改善への模索」山下國詰 1996年 九州大学出版会
・「日本型メディア・システムの崩壊」柴山哲也 1997年 柏書房
・「検証 日本の組織ジャーナリズム NHKと朝日新聞」川崎泰資・柴田鉄治 2004年 岩波書店
・「日本のジャーナリズムとは何か」 柴山哲也編著 2004年 ミネルヴァ書房
・「新訂 新聞学」浜田純一・田島泰彦・桂敬一編 2009年 日本評論社
・「ジャーナリズムなき国のジャーナリズム論」 大石泰彦編 2020年 彩流社

(2)1947年の米国ハッチンス委員会報告「新聞の自由と責任」(米国プレスの自由委員会)、1956年のウィルバー・シュラム「マス・コミの自由に関する四理論」など古典的な著作がある。ドイツのハーバーマスによる「公共圏の構造転換」(1962年)「コミュニケーション的行為の理論」(1981年)、米国では、1984年のAgents of Power (J.Herbert Altschull) などを経て、2004年のダン・ギルモアによる「ブログ 世界を変える個人メディア (We the Media)」、同年のフィリップ・メイヤーによる「消えゆく新聞 (The Vanishing Newspaper)」で、インターネット出現後のメディア研究の新たな地平が開かれたと筆者は見ている。

(3)ロシアやアジア、中東、アフリカ、中南米などの中の強権的な国にも、報道の自由をかかげ危険をおかし報道に従事する多くのジャーナリストたちがいる。共産党支配下で報道の自由がない中国には、ジャーナリズムが存在しないとの言説があるが、ジャーナリストは存在していたし、今でも存在すると筆者は考える。例えば「中国人ジャーナリストの軌跡 劉賓雁自伝」1991年 みすず書房を挙げる。定義は様々でもジャーナリズムが世界共通の言葉として語られる所以でもある。













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