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新聞滅亡へのプロセス(6) 「新しい」戦前への道

 今回のブログは、まず、第3回で取り上げた南彰記者の出版した書籍を紹介する。タイトルは「絶望からの新聞論」(注1)。4月30日から発売とアマゾンに出ていたので注文した。自宅に届いたのは5月3日だった。

 この本には、雑誌「熱風」昨年12月号に掲載された南とジャーナリストの青木理との対談が再録されている。そこで南は退社の経緯や思いを詳しく述べている。

「新聞滅亡へのプロセス」とは


 前回まで、筆者は主に朝日新聞を俎上にあげ、批判してきた。朝日には読売と「協業」するのでなく、経営的にも独自の変革の道を歩み、通信社・地方紙との連携を模索してほしい、との望みからだ。

 現状を見れば、実現性は乏しく、いくつもの壁が存在するが、それ以外に日本の新聞が「滅亡へのプロセス」から脱却する方法はない。今が最後のチャンスではないか、と筆者は考えている。

 南の上記の本にはこうある。

「いま、読売グループ内で『朝日が頭を下げてきた』とささやかれているプロジェクトがある。朝日新聞の東京本社前に広がる築地市場跡地の再開発だ。読売は、三井不動産などと企業連合を組み、東京ドームに代わるプロ野球読売球団軍の本拠地スタジアムの建設をめざしている。そこに不動産ビジネスなどの収入を確保したい朝日も加わることになったからだ」

 読売と朝日が両者の「紙面論調の違い」を脇に置き、読売主導の「協業」により朝日の手足が縛られる事態は、毎日やブロック紙(広域地方紙)、県紙にも多大な影響を及ぼす。

 すでに読売と論調でも同一歩調をとる日経、産経に加えて、異なる論調を持つ新聞協会加盟新聞社も一致して「経営の安定」を求めて、政府、自治体にすりより、新聞は自ら「言論・表現の自由」の手足を縛ろうとしている。いま、新聞が「公権力の広報機関(エージェンツ・オブ・パワー)」として「新しい戦前」に向かって突き進むか否かの瀬戸際を迎えているといえる。

 筆者がタイトルとして使用している「新聞滅亡へのプロセス」とは具体的には上記の状況を指す。これは言論の危機にとどまらず、日本の民主主義を支える基盤の危機でもある。

新聞「協業」の背景


 新聞社が経営的「協業」を深めるのが、なぜ「新聞滅亡へのプロセス」となるのか。状況は複雑だが、南記者の朝日新聞社長、専務(次期社長)へ向けた「退社メッセージ」「絶望からの新聞論」、雑誌「世界」の昨年12月号に掲載された「メディアは自らを変革できるか」を端緒としてこの問題を読み解いてみたい。

 南は、「絶望からの新聞論」の第2章「一強化する読売新聞」で「新聞之新聞」紙に掲載された読売新聞グループ社長山口寿一の「業界を代表する自信に満ちた言葉」を紹介している。

 「紙の新聞に対する信念を失った新聞社と、信念を持ち続けている読売陣営とでは、この先、どんどん差が広がるはずです」「他紙が値上げにあたり、新聞の公器としての使命、読者・国民の利益をどこまで熟慮したかは不明」ーー昨年の7月14日に「唯一無二の全国紙へ」のスローガンが掲げられた会場で、山口が新聞販売店幹部に対して語ったメッセージだ。

 南は、ABC協会による2023年9月度の新聞発行部数調査において読売の朝刊発行部数が621万部となり、朝日、毎日、産経3紙の合計(計611万部)を上回ったとし、「読売一強」に対する強い危機感を表した。

 「長期的にみると、全国紙で残るのは日経と一般紙1紙」。南が朝日を退社する際に朝日社長と次期社長宛に出したメールでは「2050年の新聞」(注2)の著者、下山進の新聞労連での講演の発言を取り上げている。当時新聞労連委員長だった南は「残る1紙とは」と下山に質問した。答えは「読売」だった。

 その理由について、南は、読売が4期8年に渡り新聞協会長を続け、業界の指導的役割を果たしたのに対し、「朝日経営陣は業界全体をみる仕事に消極的で」、2023年6月に中村史郎朝日社長が協会長に就任したが、「業界内の主導権は読売にすっかり奪われてしまった」と指摘する。

 新聞協会の会長は、1期2年、通常は長くて2期までだ。何か事情がない限り、朝日、毎日、読売3社の社長が持ち回りで務める。4期8年に渡り特定社代表が会長職を務めるのは初めてだ。

 「再販」「特殊指定」「消費税軽減税率適用」。新聞経営の「重大問題」とされた「懸案解決」に、読売が多大な力を発揮したのは間違いのない事実だ。

 読売が「主導権」をとったのは、2013年に白石興二郎が読売新聞社代表取締役社長として新聞協会会長となり、その後、山口寿一が引き継ぎ、ふたり併せて読売が8年間新聞協会長職を務めた時期より、ずっと以前だと筆者は考えている。

 朝日は、「日本没落の30年」以前は、良し悪しは別として、「業界」の「立場」に応じた役割を果たしてきたと思う。「全国紙」対「地方紙」という新聞販売を基軸とした対立軸や「独善的」と同業他社から誹られる「エリート意識」、公官庁や検察への「朝日」ネームバリューによる「食い込み特権」などにより、他の新聞各社から、その「社風」が決して好まれるような状況ではなかったにしても、だ。

読売「主導権」の源泉

 転機は、再販問題が新聞経営最大の問題として浮上してきた1995年ごろであり、それは渡辺恒雄読売グループ代表取締役主筆が、読売で実権を握り、新聞界の「支配」を目指した時期と重なる。

 読売は、朝日、毎日に次いで、戦前、戦後と「第3」の新聞だった。戦後の一時期、用紙不足などの理由から新聞は共同販売され、販売競争のない時代があった。

 「共販」が終わり、販売競争が激化すると、読売と朝日、毎日、そして「全国紙」と「地方紙」の間で激しい読者の獲得競争が行われた。

 全国紙、とりわけ読売は、県紙の発行エリアに、豊富な資金を投入して「拡張団」を派遣し、荒っぽい手法で読者を獲得する手法をとった。このため地方紙には読売に対する「不信感」と「怖れ」が混在する状態にあった。

 読売は、全国紙、地方紙と激越な販売合戦を勝ち残り、発行部数第1位の座を獲得した。それを指導したのが「新聞販売の神様」と呼ばれた務台光雄だ。

 渡辺は編集幹部でありながら、新聞販売について務台から薫陶を受ける特別な立場にあった。務台は読売総体をもっとも「戦闘的」な新聞販売集団に育てた。いま考えると、新聞販売に関して、渡辺は最後まで務台に「心酔」しているように見せながらも、実際は異なることを考えていたのではないか、と筆者には思える。

 それは、もしかしたら、渡辺と山口の関係と似ているのかもしれない。南は、「その時」がくれば、山口が読売の「主戦場」を「紙」から「デジタル」に転換するのではないかという趣旨の予測をしている。

 朝日、毎日とは異なり読売社長はもともと「デジタル」に造詣が深い。白石は「デジタル」関係の局長を務めた。山口も「デジタル」に精通している。日本テレビ社長(現在は顧問)となった大久保好男も同様だ。

 話を元に戻そう。渡辺は、実権を握ると、読売1000万部達成を目標に邁進した。その一方で、朝日、毎日との融和もはかった。当時、朝日の社長は中江利忠、毎日は小池唯夫だった。渡辺は、ふたりをカラオケに誘うなどして親交を深めた。

 しかし、特筆すべきは「地方紙との関係改善」だ。例えば、創価学会の「聖教新聞」の現地委託印刷を地方紙に斡旋したのは渡辺だと言われている。この動きは、2010年の新潟日報による読売本紙の受託印刷にまでつながっていく(翌年朝日の受託印刷も始める)。

 また、渡辺は地方紙社長との個人的関係も深めてゆく。病気になった際に、専門医を紹介してもらうなどした地方紙の社長もいる。とりわけ有力地方紙の社長とは、親密な関係を築いていった。表面は別として、渡辺が実権を握ってから、新聞界内部で「読売憎し」の声が急速に薄まっていった。 

新聞購読に「軽減税率」という愚挙

 読売は、渡辺の政界、財界、メディア界における影響力を背景とし、2013年から21年まで、白石と山口が新聞協会長をしている間に、新聞への「消費税軽減税率」の適用を達成し「主導権」を確固たるものにしたというのが、「正しい見方」だと筆者は考える。

 朝日や他の新聞社は、ほとんど「手を汚す」ことなくその恩恵に預かった。新聞が「新しい戦前」に足を踏み入れた「第1歩」として記録されるべきだろう。

財務省がウェブページに掲載している「消費税の軽減税率制度の概要」


新聞協会がウェブ上で公開している消費税軽減税率の新聞適用に関するQ&A

 上記の資料を読んでいただきたい。上が財務省がウェブサイトで公開している「消費税軽減税率制度の概要」だ。消費税率引き上げに伴う軽減税率適用範囲が決定された際に、財務省が作成した「一丁目一番地」の資料だ。

 下が日本新聞協会が、消費税軽減税率と適用範囲決定前にウェブ上で公開していたQ&A(現在も新聞協会ウェブサイトで閲覧可能)。このころ新聞協会会長社の読売を中心に、新聞への軽減税率適用のロビー活動が盛んに行われていた。

 両者に共通しているのは、「消費税軽減税率」が「低所得者対策」を目的とするいう点だ。そして消費税10パーセントから8パーセントへの軽減税率の適用は、「生活必需品」として「酒類及び外食を除く飲食料品」と「定期購読の新聞」のみが対象となった。

 消費税の軽減税率が新聞に適用された時の新聞各社の月極(朝夕刊セット)の価格は次のとおりだ。朝日、読売、産経4,400円。毎日4,300円。日経4,900円。1購読につき、それぞれの購読者は、88円、86円、98円、消費税を払わなくてよい計算となる。

 全国紙新聞各社は2023年に五月雨式に新聞代を値上げする。朝日が5月1日、毎日が6月1日、産経が8月1日から4900円に購読料を設定した。日経は7月1日に5,500円とした。価格改定は地方紙にも波及した。しかし、読売は値上げをしないまま今に至っている。

 値上げによる急激な発行部数減少を避け、業界1位の発行部数を確固たるものとし、あわよくば、他紙から読売へ購読者を奪いたいとの思惑だろう。米国の新聞販売でいう「ストップ・ザ・ストップ」、購読停止をストップする、との発想だ。

 これが南の指摘した23年7月14日の山口による新聞販売店幹部へのメッセージ、「紙の新聞に対する信念を失った新聞社と、信念を持ち続けている読売陣営とでは、この先、どんどん差が広がるはずです」につながる。

 だが、そもそも新聞の定期購読者への消費税の軽減税率適用は「低所得者対策」としてどのような効果が期待できるのだろうか。

 新聞各社には当然データがあるが、新聞購読者で「低所得者」が占める割合は相当低いはずだ。また、どの新聞でも購読者の年齢構成をみれば、50代以降の比率がさらに高くなるだろう。

 「年金生活」に入った世帯で新聞代に毎月4900円を支払うのは、相当苦しい。それに加えてNHKの受信料もある。

 「年収300万円の壁」との言葉が定着している。経済的理由で結婚、出産をあきらめる若い人たちについて取り上げる新聞記事で、よく使われるフレーズだ。

 「デジタル・ネーティブ」の若い世代がネットから情報を得て、「新聞紙」購読を考慮しない状況では、毎年、購読者の平均年齢が上がり、発行部数は減少の一途をたどる。

 新聞の定期購読で、「低所得者」のうちのごく少数が月100円足らずの消費税を免除されることが、なぜ「低所得者対策」となるのか。筆者は合理的な説明を「新聞紙面」で読んだことがない。

新聞とインボイスの関係

「令和5年(2023年)10月から適格請求書保存方式(インボイス制度)を導入する」

 財務省の「軽減税率制度の概要」には、軽減税率8%、標準税率10パーセントと記された項の下に、適格請求書保存方式(インボイス制度)導入に関する記述がある。

 インボイス制度の導入と煩雑さについては、昨年10月から、今年の確定申告の時期にかけて、さまざまな批判があった。

 自民党の「裏金」問題が明らかになると、「低所得」のフリーランスや個人商店事業主が1円単位まで細かく申告し、税金を納めなければならない一方で、なぜ政治家は「税金」を払わずに「裏金」を「好き勝手」できるのだとの批判が渦巻いた。それが、「政治不信」と自民党の急速な支持率低下につながった。

 財務省の「軽減税率の概要」(別掲)をみても、新聞の軽減税率適用とインボイス制度は「裏表の関係」にあることがわかる。しかし、そのことを知っている人は少ない。その理由は「利害関係者」であるメディアが、「不都合な事実」を報道しないことにある。

 筆者は、SNSを利用して時々、発信しているが、その内容は、日常や訪問場所にかかわる内容がほとんどだ。このブログを始めるまでは、社会、政治問題やメディアに関わる内容の発信は少なかった。しかし、昨年の10月7日、SNS上で以下を発信した。

 遅ればせながら、近くの税務署で開催されたインボイス説明会に行ってきた。そもそも、どうして今、インボイスか。国税がどう説明するか知りたかったから。

 結局、何の説明もなかった。フリーランスとして、我が身にもかかわるので、ずっと新聞記事も注意して読んでいたが、疑問ばかり膨らんでいた。

 9月30日、実施1日前にようやく、なるほどと感じる記事を見た。朝日新聞の記事だ。軽減税率が導入されて4年。私の目に触れたインボイスを扱う各紙記事は、新聞への軽減税率の導入との関係について説明がないか、消費税8%の軽減税率は、「食料品など」に適用されているとしか書かれていなかった。軽減税率は、「食料品と新聞」にしか適用されていないのに、「新聞」と書かずに「食料品など」となっていたのだ。

 「など」にした理由は、食料品をのぞき、なぜ新聞だけが軽減税率を適用されているのだと「痛い腹」を探られたくないためでは、と私は思っている。新聞にとっては、一字違いは大違いなのだろう。なにしろ4年前に終わっていたはずの話なのだから。真実は細部に宿る。下記の朝日記事は素晴らしい。掲載がインボイス実施の前日でなければ…。

2023年9月30日付朝日記事(前略)
 思い起こせば、軽減税率は所得の多い人に恩恵が大きく、対象の線引きなどが複雑で手間がかかると指摘されていた。しかし増税時の負担を和らげる対策には最も適していると、公明党の強い主張を自民党が受け入れて始まった。
 「インボイスは、増税を目的としたものではない」。財務大臣はそう言うが、4年前の国会の政府側答弁には、インボイスによる「財源確保の見込み額」は2480億円程度、と記録が残る。食品と新聞の税率は8%のままとなり、さまざまな社会保障制度の財源にする消費税の税収は、想定より1兆円以上も減ることになった。インボイスも埋め合わせの一つとして「増収額」がはじかれた。

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 ロシアのウクライナ侵略と急激な「円安」による物価上昇は、日本の各世帯を直撃している。大企業に働く人は「大幅」賃上げで物価高を緩和できるだろうが、物価高騰は「低所得者層」を直撃している。

 新聞協会ウェブページのQ&A(別掲)には、下記の記述がある。

 私たちの消費した物やサービスに課税される消費税は、誰にでも同じ税率が適用されるため、低所得者の負担が大きくなる。そのため、消費税に複数の税率を導入し、食料品などの生活必需品には、その他の商品より低い税率を適用して消費者の負担を軽くするのが「軽減税率制度」。

 これがもし、新聞社の「コンセンサス」なのであれば、なぜ社説で「軽減税率適用」を強く主張する社がないのだろうか。新聞への軽減税率の適用が、新聞論調の「足かせ」となっていないと言えるのだろうか。

 「消費税を10パーセントから8パーセントに下げ、食料品などの生活必需品も6パーセントに下げる」と強く主張する新聞社はないだろうか。その際に、新聞定期購読者に対する消費税率8パーセントの「据え置き」と軽減税率の返上も表明する。これが「公正」「公平」を標榜する新聞の採る道だろう。

 何より問題なのは、新聞界の内部にも、テレビ・雑誌をはじめ外部マスコミにも、新聞と消費税の関係について、きちんと指摘する人がほとんどいないことだ。

 「ジャーナリスト」であれば、新聞に軽減税率を適用するのに「違和感」を感じるはずだ。それを端緒に、取材し報道する。しかし、「組織ジャーナリスト」としての新聞記者は「当事者」なのでそれをしない。「系列関係」にあるテレビもしない。

 ここに日本の「組織ジャーナリズム」の限界がある。「記者」と「ジャーナリスト」の間に「会社が横たわっている」現実がある。

 日本の戦前だけでなく、世界各国においても、政府が言論統制の法律制定といった直接的手段だけでなく、経済的利権やアクセス権を特定の「メディア集団」に与えることによって言論、表現の自由は脅かされていく。メディアに対する「利益供与」と「統制」、つまり「アメ」と「ムチ」である。

 どの集団でも一度「アメ」を手に入れると手放せなくなる。それは、多くの世界、分野に共通している。原発立地自治体への「交付金」と同じ構造だ。

 平たく言えば、新聞定期購読料への2パーセント軽減税率適用は、本来であれば社会保障制度の財源となるべき原資を、特定新聞社の購読者が「低所得層」に属するか否かにかかわらず、受け取っているという図式となる。「再販」や「特殊指定」といった独禁法上の事項とは、まったく異なる次元の話だ。

 日本の新聞に対する保護は、法制面でも米国に比べて厚い。しかし、米国で次々と新聞が廃刊していく状況をみれば、新聞界が「護送船団方式」で政府の保護を受け、紙の新聞を発行し、宅配を続けていくのには、無理がある。

 消費税2パーセントの軽減税率の新聞購読への効果など、急激な新聞の発行部数の減少により、すでに吹き飛んでいるだろう。

 ブログの第2回で、森恭三の以下の説明を掲載した。

 「各新聞社とも業績を向上させるため一生懸命になっているわけですが、業績の向上は、それ自体が目的となりうるわけで、この努力のなかで本来の趣旨である報道と評論の自由擁護ということが第二義的とされる場合も、ないではありません。心すべきことだと思います。」

 自社「経営」維持のために、政府にすり寄り、さらなる援助を求め続ければ、政府や政党は、援助を小出しにする。そのたびに新聞は、存在の基盤である「権力監視機能」と「言論の自由」を失っていく。

 「新聞」「メディア間」の相互批判、メディアを市民、国民が監視する機能が、言論の自由な諸国の中で、日本社会は脆弱だ。

新聞界の「再編」とは

 南の書いた書籍には「再編の主導権」との言葉も出てくるが「再編」とは何を指すのか、はっきりとしない。

 全国紙の中で、毎日新聞は、1970年代に経営不振に陥り、負債を整理する旧社と、新聞を発行する新社に分離する「新旧分離」を行い再建を図った。85年に新旧両社が合併したが、その後も、読売、朝日との発行部数の差は開いていった。毎日が経営破綻し、新聞発行ができなくなれば、毎日の発行部数400万部が草刈場となる。当時の「業界再編」とは、こうした状態を指す「言葉」として使用されていた。

 しかし、今は状況が違う。

 新聞経営が、新聞購読者の激減とネット上で無料ニュースに接する「オーディエンス」の急速な増加で、ビジネスモデルが破綻し、経営の縮小をはかり、「不動産」収入など他の収入に依存し、生き残りを図るようになっていく過程は、これまでに繰り返し指摘されている。(注3)

 読売新聞にしても、保持するプロ野球球団、読売ランドなど新聞以外の事業収入で新聞経営を支えているというのが実態だろう。

 いま、どこかの全国紙がつぶれたとしても、その読者が他の新聞に切り替えて、他紙の購読者となる比率は低く、他紙の発行部数増に直結するか疑問だ。そのためにかける販売経費に見合うものとはならないだろう。

 もうひとつ、根本的な問題は、「唯一、無二の全国紙」と読売の山口が語り、「長期的にみると、全国紙として残るのは日経と一般紙1紙」で、その1紙が「読売」との下山の発言の「全国紙」とは何を指すのかという問題である。

 「全国紙」「地方紙」という名称は、「紙の新聞」だけに通用する話だ。
朝日、毎日が、紙の新聞の「全国紙」であり続けることをやめれば、他社と「唯一無二の全国紙」を争う必要はない。紙に印刷し、全国津々浦々まで配達しなくても、ネット環境さえあれば、記事をどこにでも届けられる。

 規模の大小にかかわらず、ネット情報の世界では、どの新聞も通信社の配信記事を使えば、「全国紙」にもなれれば、「地方紙」にもなれ、その区別はなくなる。逆に今の「全国紙」が「通信社」になることもできる。

 「専売」「複合専売」「合売」という販売店の形態。「テリトリー制」「刷り部数」「販売部数」から「テンプラ」まで、日本の新聞販売の実態は複雑だ。配達コストを考えれば、「唯一無二の全国紙」となった新聞社が、1社で全国の配達網を維持するのは非現実的だ。

 人口減少、高齢化と過疎化。日本の新聞の抱える問題は、日本社会の抱える問題の縮図でもある。とりわけ新聞販売に、その現実が直撃している。
 
 米国では新聞が縮小し、新聞が存在しない地域が増加している。新聞存続のため、そうした地域で行われてきたのは新聞の「共同経営」(Joint Operating Agreement)という手法だ。

 「共同経営」には様々な形態があるが、日本の新聞界でも「再編」は共同経営という手法を取りながら段階的に進んでいくだろう。しかし、それは新聞業という範囲に限定すべきで、「不動産」など他の事業における「協業」は厳に避けるべきだ。

 ニューヨークタイムズは、ウェブ上で世界の読者を獲得し、収支を黒字にしていった。しかし、ニューヨーク・タイムズでも、最盛期で実発行部数は、120万部程度だった。そもそも米国で、全国紙と呼ぶことがてきたのは、かろうじてUSAトゥデーだけだろう。ニューヨーク・タイムズは、地域紙であり、特定の層を読者とし、支えられている新聞だ。しかし、ネットでニュースを届けることにより、世界で読者数を増大させた。

 米国ではウォール・ストリート・ジャーナル、ニューヨークタイムズといったごく少数の新聞のみがウェブ上で収益を回復し、地方、地域の新聞は軒並み廃刊か、それに近い状況に陥っている。

 日本では、日本経済新聞がいち早くネット上で有料化し、一定の成果をあげている。経済紙が「課金の壁(ペイ・ウォール)」と呼ばれる障害を乗り越え収益を上げるうえで、有利な条件を備えているのは、世界で常識化している。経済規模が世界に与える影響の大きい米国で、しかも英字紙であるウォール・ストリート・ジャーナルは、世界に先駆けてネット上での収益化に成功した。

 「経済紙」の枠組みで日経のウェブ有料化について取り上げることが多いが、もうひとつ、日経の新聞販売における特性が、ウェブ有料化の大きな要因となっている。

 それは、日経の新聞販売店、販売網が他紙の全国紙、地方紙の販売店に依存してきたという実態だ。日経は「併読紙」としての「顔」を前面に出して、多系統の販売店に自紙を「預ける」販売方法をとっていた。自前の専売店は少なく、大都市の一部に集中している。独自の販売、配達網の構築に至らなかったことが、逆にネット上での有料化に有利に働いた。

解決策はどこに

 朝日新聞で人望が厚かった人物のひとりに外岡秀俊がいる。ニューヨーク、ロンドン特派員などを務め、東京本社の編集局長となったが、2011年に早期退職制度を利用して退職、故郷の札幌に戻った。そして、2021年12月に68歳で亡くなった。その外岡の遺稿とも言える論考「『敗因』から探る新聞の未来 縮小か、大胆なDXで再生か」が朝日「Journalism」誌、2022年1月号に掲載された。そこにはこうある。

 「だが、10年の単位でみれば、部数減の傾向は避けられない。各紙が横並びで『フルスペック』の取材・編集・販売網を維持することは、いずれ困難になる。まだ、かろうじて間に合う。縮小均衡を続けるか、大胆なDXでメディア産業として再生するか、決断の遅速と在りようは、それぞれの将来を容赦なく決することになろう。」

 「SNSの時代が、この先どう変容するか、予見することはできない。だが、埋もれた事実を果断・公正に報道し、誤りがあればお詫びと訂正を出して品質を担保し、分断の時代に広い言論のフォーラムを提供するというこれまでのメディアの機能と役割は、どのような時代でも、欠かせない民主主義のインフラであり続けるだろう。」

 では、具体的のどうすればいいのか。すぐに現状を打開する方策はみつからない。結局、小さな一歩をつみあげて、紙の新聞販売を少しでも支えながら「デジタル」へ移行していくしかない。

 その過程で、もう一度、原点に戻って「記者」が、実感できるコミュニティーに立脚し、必要とされる記事を書く方法はないのだろうか。

 現在の「全国紙」「1県1紙」は、基本的に第2次世界大戦下で、国策によって作り出された体制だ。明治以降、日本には数多くの地域紙があり、地元の「名士」と呼ばれる人たちが発行者、販売店経営者となっていた。地域紙、販売店はコミュニティーの重要な一部を担っていた。それが、軍国主義のもとで、政府の「国策広報機関」として編成され、消滅していった。

 明治から残る地方の大規模全国紙販売店の蔵で、当時販売店が地域のコミュニティーで生活に密着したニュースを届けるために、作成していた「新聞」の活字が残っているのを、幾度か見かけたことがある。今でも購読者とのつながりを確保するために、多くの販売店でミニコミ紙を作成している。

 いま、新聞社では経営の悪化から早期退職制度が導入され、辞めていく元記者もいるだろう。また、定年延長により、還暦をすぎて働く記者経験者は全国紙、地方紙を問わず多く存在するだろう。

 全国紙、県紙は、販売店に、週1回発行の小さなコミュニティー紙を発行する設備とコミュニティーのポータルサイトを整えることはできないだろうか。

 1年でも2年でもいい。還暦を迎えた記者経験者で、「駆け出し」の支局記者に還って、ふるさとのコミュニティー、あるいは老後を過ごしたいと考える場所の販売店で、コミュニティーを取材し、必要な情報を、全国紙、県紙とともに販売店から読者にとどけたいと思う人はいないだろうか。

 プロの記者が、コミュニティーにいることの大事さを、日本社会は忘れてしまっている。新聞販売店のテリトリーとは、もともと、ひとつのコミュニティーだったエリアに基づいている。販売店はそこのポータルサイトとなり、住民の結束点を再構築できないか。

  筆者は、外岡の論考を読んだ時に、とても気になったのは、小説家でもあった外岡が、新聞を離れて10年を経て、なぜ、この原稿を書こうと思ったかだった。

 さて、4月から6回に渡って、「新聞批判」してきたが、今回でとりあえず、ブログ「新聞滅亡へのプロセス」は、いったん終わりにしようと思う。そう考え、今回は2回分をまとめて書いた。所期の目的は果たせたので、この週末は昔話に花を咲かせて、楽しもう。そしてまた、始めよう。

*このブログで掲載する写真は、すべて筆者が通訳案内士、ネーチャーガイドとして各地で撮影した。今回は、三保の松原の海から見た富士。

(注1)「絶望からの新聞論」 2024年 地平社

(注2)「2050年のメディア」 下山進 文藝春秋

(注3)「新聞は生き残れるか」 2003年 中馬清福 岩波新書
「新聞がなくなる日」 2005年 歌川令三 草思社
「新聞社 破綻したビジネスモデル」 2007年 河内孝 新潮新書
「2020年 新聞は生き残れるか」 2013年 長谷川幸洋 講談社
「新聞社崩壊」 2018年 畑尾一知 新潮新書 
「ニュースは生き残るか」 2018年 早稲田大学メディア文化研究所 一藝社
ほか多数。

 コロナ禍で断捨離中に、段ボールからニューヨーク・タイムズの新聞配送トラックのミニカー貯金箱がでてきた。先日いっぱいになり、入らなくなった。見たら500円玉がちょうど100枚入っていた。エナメルの小箱も。”All The News That’s Fit to Print" (印刷に値するすべてのニュースを)とモットーが刻んである。何度か社屋に足を運んだことがあるが、いつ誰からもらったか記憶にない。





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