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小説「夢・未来鉄道」(後編)~鉄道のローカル線問題に関係する方たちに読んでもらいたい作品です~

五 新しい鉄道
「最後の会員コースが利用日制限の分ですね。これはお客さまの休日等に合わせて、利用日を2~4日で指定して利用することになります。時間制限はありません。また、曜日の組合せにより会員費が異なっています。一番会員の多い土日会員は現在四万円になっています」
彼女はひととおりの説明を終えた。どうやら久しぶりの説明だったみたいで、彼女も安堵しているようだ。

「この金額が高いか安いかと思うのは、現在、お客さまがどれだけ列車を利用しているか次第です。でも、お客さまが鉄道会員になられたら、元を取る気持ちでいろんな場所に何回も列車で遊びに行かれてください。途中下車も自由に出来ますので、今まで降りたことがないような小さな駅に降りて探検もされてみてください」
「そうですね。使えば使うほど得するってことですもんね」
「ええ、友達どうしで会員になっておけば交通費を気にせずに一緒に出かけられますし、遠く離れた友達の所にも遊びに行きやすくなります」
 僕の頭にすぐ茂樹の顔が浮かんだ。
「それとですね。現在、どこの駅でも駅周辺で楽しめるように、市長村が鉄道とコラボして町おこしのイベントをしたり、若い世代の人たちが町の特産物などを販売する店をやったりしてますから、新しい発見がありますよ。ほら、これは会社がやってるSNSのサイトですが、列車で見つけたいろんな観光地やお店をアップしてくれてるんですよ。これ見るだけでも楽しいし、ホントぜひ列車で出かけてくださいね」
「え~っ、それはすごいですね。確かに列車で行っても、駅前とかしょぼくて面白くなかったけど、少しずつ変わっているんですね」
「ありがとうございます。そうやって共感してもらえれば嬉しいです。鉄道は自動車に比べて二酸化炭素の排出量は十分の一ということはご存知ですか? 」
「ええ、なんとなく鉄道がエコな乗り物ということは知っていましたが、具体的な数値は知らなかったです」
「そうですよね。みんな関心のないことについては、日頃は気にならないですよね。ちょっとだけ真面目な話をさせていただくなら、地球温暖化を防ぐためにも移動手段として、自動車の利用を減らして鉄道の利用を増やさなきゃいけないと思うんですよね。私も定期もってますが、持ってると一回一回の移動に「車か?列車か?」という選択をするんですよ。その移動手段を考えることが大事だと思います」
彼女が鉄道について語る熱意がひしひしと伝わってくる。
「そうですね。間違いなく地球温暖化の問題は自分たちの生活に大きく関わってくるのでしょうから、そういうことを考えなきゃいけないのでしょうね」
「ありがとうございます。あとは、鉄道で旅行に行くと色々と分からないこともあるんですよ。乗場とか、列車の種類とかですけど……でもそんな時、親切な人が教えてくれたり、助けてくれたりすることもある。古臭いかもしれませんが、そんな人どうしのふれあいがある鉄道旅というのがなにか好きなんですよね。あっ、だからと言って車が全て悪いって言ってる訳ではないですよ。」
「あっ、いえいえ色々と鉄道の良さを教えてくださってありがとうございました。僕も列車の中で偶然に話が出来た時とか楽しかったりします」
「学生さんなら、彼女さんとかと一緒に通学とかされてなかったですか?そんな楽しい場所も鉄道は提供してあげたいとで思いますけどね」
女性の言葉に列車で見かける彼女が浮かんだ。思いがけず顔が熱くなり慌ててしまった。
「すいません。なんか一方的に喋っちゃってしまいましたけど、会員になられたら、新しい鉄道に出逢えると思いますので、たくさん楽しい旅をお過ごしくださいね。その彼女さんとも」
僕の狼狽えぶりから女性には全てを見抜かれてしまったようだった。

六 乗車
 会員証用の写真を撮ってもらったり、必要な書類を作成して会員申し込みをした。本物の会員証は後日自宅に郵送されるとのことだったが、仮のパスポートも発行してもらえるということでそれを持って列車に乗ることとした。
 改札を通るとホームにはちょうど特急列車が停まっていることに驚く。
「いったい何両あるんだ?」ざっと数えてみたが十両編成となっている。ここは間違いなく地方のローカル線である。
定期のみで乗れると説明された「FREE(自由)」と掲示がある車両に乗り込んだが、イメージしていた特急と違い、通勤電車のようなロングシートの車両である。「これが特急の座席か?」と、違った意味で驚かされる。
(そうか、乗り放題にしたから可能な限り多くの乗客を乗せるようにしてあるのか)
でも、小奇麗な車内であり意外と不満の感情は湧いてこない。
 残念ながら既に座席は無くなっていたため仕方なく吊り革に掴まり立っての乗車となった。
「まぁいいか。二十分くらいは全然平気さ」
これがバスだと倍の四十分はかかるだろう。
「やっぱり鉄道の方がいいな」
車窓を眺めていると、車内アナウンスを終えた車掌が車内改札にやって来た。
「失礼します。パスポートを拝見させて頂きます。車内改札にご協力願います」と一礼をした後に客車の端の方から、定期の確認を行い始めた。
「車内改札だけは、ここでも一緒なのか」と半ばあきらめて、ポケットの中を先ほど手に入れたパスポートを探し始めた。
 ところが、車掌は乗客のうちのわずか数人しか、改札を行わない。どうもいいかげんだ。これでは不公平が生じる。僕の傍も通り過ぎようとしたので、「あの〜、定期は見せなくていいんですか?」と尋ねた。
「あっ、はい。ええ、あなた御自身のものでしょう?」と返答し、「私たちはお客さまのうち、数名の方確認させて頂くだけで十分ですから」と答えた。
「どうしてですか?」と僕が尋ねると、ここでも何も知らないことに少し驚いたように「我々は、お客さまのパスの期限と顔写真をランダムに確認させていただきます。もし、仮に不正に使用されていた場合は、ペナルティを課させて頂きます。そのことで、会員の皆様の不正な使用を防止出来ます。ペナルティはご存知ですよね?」
その車掌の毅然とした問いかけに少し緊張したが、理解できていないことを正直に打明け、どのようなものかを説明してもらった。そしてその後には「よく考えたものだ」と感心させられることになった。
それはこのようなものだった。全線利用が出来る定期が全てになれば、お客さまの着発駅は改札としては問題では無くなる。期限と本人使用の確認のみが問題となってくるが、仮に知人のパスを悪用し、万が一改札で発覚した場合は、不正使用した本人だけでなく、パスを貸した側にも重い罰則を与える。
 ペナルティは主に罰金と会員権剥脱で、その後も十年間は鉄道の会員にはなれないのだそうだ。みな罰金より、この会員になれなくなることを皆恐れていて、いくら車内改札の頻度がごくわずかでも、「もしも」のことを考えると、効果が十分あるのだそうだ。
それほど、皆が鉄道会員の恩恵を受けていることなのであろう。これでは、軽い気持ちで友人に「会員パスを貸してくれ」と頼むわけにもいかない。
 このことは、当然入会時には必ずくどいほど説明があり、会員にはあたりまえの知識となっているらしい。僕が久しぶりの新規の入会だったので窓口の女性が説明を忘れたのか、私が制度や金額ばかり気にして聞き忘れていたのか。はたまた少し好みのタイプだったので見惚れていたのだろうか。
 車掌の話では、この制度のおかげで切符の時代に比べて車内改札業務がとても楽になり、車掌本来の安全確認業務に専念できるようになったらしい。ベテランのように見えるその車掌は言った。「寝ているお客さまを起こす必要もなくなったのが嬉しいです」と。

 僕は他の車両についても見たくなって先頭へと歩いていくと、五つほどのFREE車両の次に「CHAT(おしゃべり)」とかかれた四人がけの座席が現れた。ここは、あえて対面シートとし列車旅行の醍醐味でもある会話を楽しむために設けてあるそうだ。話好きで社交性のある人や、子供連れの家族が賑やかにおしゃべりをしている。ここは、別途指定券が必要だそうだ。
 先に進むと、違う指定席で休息をとりたいビジネスマンのための「SILENT(休息)」と書かれた静かな部屋があった。皆、リクライニングを大きく倒して休息していたり、座席に設置された液晶テレビを観たり、パソコンも使用できる。とても落ち着いた内装である。
更に進むと「EXECTIVE(豪華)」と書かれた車両まであった。が、ここは中に入れず外からも遮蔽ガラスになっているため中が見えなかった。隙間から少しバーカウンターのようなものが見え、その奥の壁の棚には洋酒がずらりと並んでいる。察するに指定料金はかなり高いのだろう。
 やたらに興味が湧いてしばらくその車両の入り口に立っていたが、列車の乗客が大勢楽しそうに、その車両に入っていく。「あ〜っ、中が見たい」という衝動にかられていく。
その時、僕は見覚えのある顔をその集団の中に見つけた。通りすぎる一瞬のことだったが、いつも列車で見かけていた彼女に違いなかった。
「ドンドンドン」
あまり好ましいことではないが、僕はその車両に入りたくて思わずそのドアを叩いた。

七 バスでの出会い
「ドンドンドン、ドンドンドン」
その音はずっと頭の中で続いている。
そして、その音に混じり昔から聞き慣れた声が聞こえる。
「圭吾、早く起きなさい。今日からバスなんでしょ?初日だから少し余裕みて出た方がいいよ」
 はっとしてベッド横の目覚まし時計を手に取って・・・見た。まずい、寝過ごした。昨晩は流れ星を見たことで興奮して寝付くのが遅かった。とりあえず着替えて、既に並べられていた朝食のトーストだけを口に頬張り、慌てて家を出た。駅までは歩いて十分くらいだが今日は走った。
駅に着いた。夢で見たような人の流れはどこにもなく、ただバス停に十名くらいの人が並んでいる。いつも列車を利用していた人たちに比べて少ないように感じる。バスは鉄道に比べて便数が倍くらいに増えたので分散したのだろうか?
 バスがやってきた。このバス停は出発地と終点の中間くらいの位置にあるが、かなりの人数が乗っているようだ。ドアが開き、みんな急ぎ目に車内に入り、空いた席を探す。後方に見つけた。
 そしてその席の隣には制服姿の女子高生が座っている。僕の鼓動が高まるのが分かる。その女性は僕がいつも列車の中で見かけても声をかけることの出来なかった彼女だ。わずかひとつだけ空いた席だったため、自然と彼女に声をかけることが出来た。これも流れ星に願ったことに感謝した。
「ここ、良いですか?」
「ええ、どうぞ」
彼女は嫌な顔ひとつも感じさせずに席を少しだけ広く空けてくれた。
「今日からバスで困りますね」
「ええ、でも私の場合は商業なので、どうせ駅からバスに乗らないといけなかったから、バスが学校にも直接止まるので、こっちの方が良いかもと思うようにしたんです」
「あの〜、いつも列車の中で見かけていたんですけど、どこから乗ってるんですか? あ、ごめんなさい、唐突ですみません」
「いや、いいですよ。海老島駅からです」
その駅は三つほど手前の駅だった。
「鉄道、廃線になっちゃいましたね」
「そうですね。ずっと二年間列車通学だったので、なにか残念です」
「えっ、じゃ今二年ですか? 僕も二年です」
「本当? なにか嬉しい」
「なにか鉄道が廃止になって少しがっかりしてたけど、今日あなたに声かけられて良かったです。……あぁ、また何言ってんだ。すいません。ひとりで舞い上がっちゃって……」
「いえ、私もバス通学が不安だったけど、同い年の人と出会えてよかったです」

八 エピローグ
「おいおい、圭吾、見ろよ。お前の願いが通じたぞ」
隣で、茂樹が指を空に向けて驚きの声をあげている。目を開け、その指に導かれるように天を見上げた。
「願いが通じたって……?」
ひとつふたつではなくそれこそ無数に流れる流星群が空全体を覆うように流れ続けていた。
「なんだ?これは?この世の終わりか?」
茂樹はこれまでに見たことの無い無数の流れ星に慌てふためいている。
「ほら、願うぞ。早く!」
茂樹に落ち着くように言うが、僕の言葉は聞こえてないみたいだ。仕方なく、僕は自分だけでもう一度目をつぶり祈りをささげた。
「どうか、列車で見かけた彼女とつきあえますように、そして出来ればこれからも列車に乗れますように」
 神様は僕の願いを、ひとつだけ先着順に叶えてくれたのだろうか。

 春からも、このバスで彼女と一緒に通学出来るだろうか?鉄道が無くなったことを残念に感じていたが、彼女との出会いが僕の心を晴れやかにしていた。生きていれば、色々な問題にぶつかって、時には悔しい思いもするのだろう。でも、その中にもきっと良いことや楽しいことは見つかるということかと思う。
 要は、鉄道、バス、自動車に関係なく、一緒に過ごす人がいれば満足が出来るのかとも思う。交渉手段はあくまでも手段であり、大切なものは、自分の気持ちということだ。
 バスの窓から見える列車の走らなくなった線路を眺めながら、僕は彼女との出会いをもう一度天に感謝した。

              完


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