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小説「夢・未来鉄道」(前編)~鉄道のローカル線問題に関係する方たちに読んでもらいたい作品です~


プロローグ


 最終列車の乗客がホームで見送る人々に手を振っている。ベルが鳴りやみ、今日のために久しぶりにホームについた駅員が送る合図と共に出発した。
 駅員は少しずつ小さくなる列車の尾灯をいつまでも追い続け、やがて線路のカーブで見えなくなるまでホームで静止して見送る。そして、その列車は、この路線が開業してから今日までに走った列車の最終便ということ、また駅が百十年の営業を終えるということを説明した。
 北海道のこの小さな町で生まれ育った高校生の圭吾と茂樹もこの町の鉄道の終わりを記憶しておきたいと参加していた。通学以外では特に列車に乗る機会もなかった二人だったが、駅が無くなるということについては、なにか心に穴が開くような気持ちになった。
 駅員は説明を終えると、今までの長い駅での出来事のことを思い出したのか、目に涙を浮かべながら集まった人たちにお礼を述べた。
集まった人たちからは、自然と万歳三唱を唱え、式典は滞りなく終了した。

1 流星


「あ~ぁ、明日からはバスかぁ。早起きしないとなぁ」
「まさか本当に鉄道が無くなるなんてな」
「あぁ、こんなことならもっと利用していれば良かったのかな?」
「乗ってたじゃないか。俺たちは毎日」
「いや、町の人間がだよ。俺たちだって通学ではそれこそ毎日乗ってたけど、列車で遊びとかもいかなかったし、家族旅行は車ばかりだった」
「そうだな。うちも同じだよ。鉄道が廃線になったら困りますか?って訊かれたら通学以外は特に影響がないかもしれない」
「でも、俺たちの後輩もずっとバス通学になるのは可哀そうだな」
 既に空はすっかり暗く、地平線の辺りだけがぼんやりとオレンジ色に光っている。今日は天気にも恵まれて快晴だったため、上空にはどこまでも星空が広がっている。
 僕たちは駅の〝さよならセレモニー〟に参加した後、家までふたりで歩いた。柄にもなく道すがら、綺麗な夜空を眺めていると、ひとすじの流れ星に気づいた。がふたりとも慌ててしまい、願い事をしようとしたが間に合わなかった。
「あ~っ、しまった。なにか願い事すれば良かった。もう一回流れないかな」
「圭吾はなにか願い事あるのか? 決めとかないといざという時に間に合わないぞ」
茂樹からそう言われたため、一瞬考えてみた。
「そうだな、やっぱり今の気分では鉄道がもっと存続するようにお願いしたいな。あと一年通わないといけないからな」
 僕たちはこの春から高校三年生となる。今、学校は春休みなので授業が無いが、明日は部活のために少し離れた町まで行かなくてはならない。この二年間、ずっと列車通学をしてきたが、明日からは列車の代わりに走ることになったバスで行くことになる。 
「せめて、あと一年もってくれれば、高校はずっと列車で通学できるからな」
 バス通学のことを、渋々考える。列車より時間がかかるだろうから、朝は何時に起きなきゃいけないだろうか、雨の日は傘をさしてバスが来るのを待たなきゃいけないのだろうし、渋滞した場合はどれくらい時間がかかるだろうか、ちゃんと座っていけるのだろうか。そして、いつも列車の中で見かけていた彼女にはまた会えるのだろうか。色々と考えだすと不安ばかりが募ってくる。
「神様、もう一度流れ星をお願いします」
空に向かい目をつぶり大きな声で叫ぶ。まるで子供のように神様にお願いする自分がおかしかった。でも、なにか叫びたい気持ちだった。
「おいおい、圭吾、見ろよ。お前の願いが通じたぞ」
 隣で、茂樹が指を空に向けて驚きの声をあげている。目を開け、その指に導かれるように天を見上げた。
「願いが通じたって……?」
ひとつふたつどころではなくそれこそ無数に流れる流星群が空全体を覆うように流れ続けていた。
「なんだ? これは? この世の終わりか?」茂樹はこれまでに見たことの無い無数の流れ星に慌てふためいている。
「ほら、願うぞ。早く!」
茂樹に落ち着くように言うが、僕の言葉は聞こえてないみたいだ。仕方なく、僕は自分だけでもう一度目をつぶり祈りをささげた。
「どうか、…………これからも列車に乗れますように」

2 新しい鉄道


 翌朝は、少しだけ早起きして駅に出かけた。バスでの通学は今日が初日なので途中の渋滞で到着がどの程度遅れるかも予想がつかなかったし、出来れば座りたいと思ったからだ。
 僕たちが昨日まで利用していた地元の沼汰駅は、そんなに大きくはない駅だが最近は僕らのような高校に通学する学生が十人足らずで、一日の乗車人員も極端に少なくなっていたので廃線となったのだ。
 今日は以前から駅前にあるバス停を目指して歩いたが、なぜか多くの乗客が駅の方へと向かって行く。
(え〜っ、なんかいつもより人が多いけど、みんな昨日で廃線になったことを知らないのか?)
 心の中で疑問に思いながらバス停に着いたが、彼らは止まることなく駅舎の中へ入っていく。理由は分からないが、とりあえず人の流れについて行くと、皆、自動改札機を次々とくぐり、ホームの方へ進んでいく。
「今日も列車が走っているのか?」
 僕の定期は期限切れとなっているため、仕方なく人が流れる景色をみていたが、なにかが違う様に映った。その違和感の理由が最初は分からなかったが、しばらくすると気づいた。
 駅の改札が都市部のように自動改札機に変わっている。駅へ来た人は皆、自動改札機に定期券をタッチしてくぐっていくのだ。きっとIC対応になっているのだろう。
 とりあえず切符を買わないと列車に乗れない。券売機を探すがそれもないことに気づく。時間の余裕もなく焦ったまま、みどりの窓口に飛び込んだ。
 窓口には女性がひとりやることがなさそうに待機していた。僕の他には誰もおらず、女性は退屈そうだ。商売っ気のかけらも感じられない。
「あの〜、列車って今日も走ってますか?」
「えっ?どういうことですか?何か事故でもあってますかね?」
その答えを聞いて、どうも僕はとんちんかな質問をしたようだったので質問を変えた。
「切符はここで買えますか?」
駅の客としては当たり前の質問だが、なぜか遠慮がちに尋ねた。
「えっ、切符ですか?」
 その僕の言葉に女性は驚く。切符を売るのが面倒くさいのかと疑う。そして、言い訳をするように、「えぇ、お出しすることは出来ますけど、会員定期を買われた方がお得だと思いますし、今後のことを考えても・・・」と何やら引出しから使い古したパンフレットを取り出して説明を始めた。
 パンフには大きく「フリーダムパスポート会員募集」と書かれている。フリーダム(自由)という言葉が心に残る。
「切符を買われるのであれば、こちらの会員になることをお勧めいたしますが…」女性はにこやかな笑顔でもう一度「鉄道会員」になる利点を説明し始めた。
 それは、入会金と年会費を支払えば、その鉄道の全路線に一年を通して乗ることが出来るというもので、切符に比べて若干は割高ではあるけど、回数制限も無く自由に列車に乗れるため、鉄道利用者のほとんどが入会するのだという。この制度が施行されてから十年程が経つが、最近では切符を購入する人がほとんどいないため券売機も撤去されたのだと言う。

 なにがなんだかわからない。
 昨日は、みんなが廃線を惜しみ、昼間の列車に乗車した。夕方から夜にかけては最寄りの駅でのセレモニーに来たことははっきり覚えている。
 バス転換の話は知っていたが、彼女が話す新しい鉄道のことなど、全く聞いたことはない。
 まさか、昨日の夜にお願いした僕の望みを聞いてくれた神様が奇跡を起こしたのだろうか?疑いながらも女性に詳しく尋ねてみる。
「これは鉄道版のサブスクってことですかね?」
「そうですね。言われてみればサブスクってことになるのでしょうね。でも、私たちは鉄道会員費で支える新しい鉄道って説明させてもらってますけど」
〝新しい〟という言葉を強調して彼女の言葉が耳に残る。
「私も以前は窓口で切符を売ってたのですが、この会員制度に変わった時は驚きました。だって、それまでに覚えていた運賃制度や特急料金などは複雑な料金制度でしたから。それが、年会費いくらで乗り放題って……なにか自分が今までやってきた仕事が全部否定されたような気がしたんです」
「確かに切符料金の計算は難しそうでしたね」
「ええ、発券の機械があったから、助かってましたが手で計算するのは難しかったですね。お客さまの立場で考えても、切符を毎回乗る前に買わなきゃいけなかったのも面倒でしたでしょうし、今では良かったのかと思います」
 日本の各地で地方鉄道の多くは人口減少そして自動車普及のために利用者が減り経営がひっ迫している。そのため各地で廃線やバス路線への転換が進んでいる。
 移動に関する自動車の利便性は圧倒的に優位であり、コストについても自動車の方が安価で移動できる場面がほとんどだ。利便性もコスト面でも不利なままでは、いくら公共交通を利用しましょうと声をかけても自動車からのシフトは難しかった。
 でも、よくよく考えてみれば切符を主とする運賃制度は自動車の無かった時代に作られたものだ。一家に何台もの自動車を所有するような時代に、昔と同じ切符制度を用いていたことが確かにナンセンスだったのかもしれないと気づく。

中編へつづく




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