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恋一夜 #青ブラ文学部

今夜も酒と男をひっかけ、わたしは自宅のマンションに連れかえった。
無機質なベッドに腰をかけたわたしとサラリーマン風の男は互いに触れあいたいことだけが一致しているようだった。

双方の思いが距離を縮めて、男の影がわたしに触れたとき、わたしは「待って」と声に出さずに片手で男を制した。
「ねえ、手相ってそのひとの生きざまがあらわれるんだって」
ベッドに座ったままのわたしを男は見つめた。
「わたしの生きざま、どう見える?」
「見てよ」「当ててみて」
わたしは矢継ぎ早にそういいながら男の目の前に手のひらをつき出した。

男はぴくりとも表情を変えず、傷痕だらけの手首をそっとつかんで手のひらを眺め「たしかにね。手のひらに化粧したり傷をつけたりするひとにぼくもまだ会ったことがない」男はわたしの手をじぶんの頬にあてた。
その動作と言葉とともに、わたしはなしくずしになった。

行為の最中も男はわたしの手に何度もじぶんの頬をあてキスをして
わたしの全神経はいやでも手のひらに集中した。
ぞくぞくした。うっとりした。溶けそうになった。だけど込み上げるものすべてに知らないふりをした。
昼すぎに目を覚ますと男は気配ごと消えていた。

あの日からわたしに癖がまたひとつ増えてしまった。
戸惑うことがあると、わたしは目を閉じてじぶんの手のひらにキスをするのだ。こうすると安心できる気がした。

手のひらの恋、あの一夜のおかげで
わたしはじぶんにこころからキスができることを知った。
あの男の顔も声もなにも覚えてないけれど。



山根あきらさん
いつもありがとうございます。
企画に参加させていただきます。



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