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⚫︎江戸小紋〜よろけ縞

「それはよろけ縞といいます」
ネームプレートをつけた中年男性が静かな声で近づいてきた。
「よろけ…」私たちは、茶化していいものやらどうか判断しかねていたところで彼は続ける。
「ほら、この縦状の縞がよろよろと」手をヒラヒラと女方のように動かす。
クスッと笑ったところで、買っちゃおうか⁉︎と。

彼女は柿色のワンピース。
私は濃紺のロングシャツ。

無印良品の品物に江戸小紋が施されている珍しいもの。
一年に一回、特別価格で買える。地元の祭りならではのお楽しみだ。去年は何も買わなかった。ひとりだったから。

川に反物、壁面に市松模様などの文様が描かれて居ます


川に架けられた反物を観ながら2人で30年以上の月日を埋めていった。
私からしたら彼女は、眩しいほどキラキラした人生を歩んでいる同級生。
しかし、彼女が差し出したスマホには、弁護士からの文章がぎっしりと表記されていた。
ねえ、これ、何言っているかわかる?私大事な時期にアメリカに居たでしょう。だから、恥ずかしいんだけど大人の難しい日本語がわからないのよ。
確かに彼女は早くに授かり婚して、サーファーの彼についてアメリカ移住したのだった。

海と海外が好きで、海の側に住みたくて、子供を切望していた私にとって、彼女から届く絵葉書は憧れ以外なにものでもなかった。

ねえ、あなたもいろいろあるのね。
そりゃ、あるわよー。
前を向く彼女は笑っている。そう、いつも彼女は笑っていた。
目尻に可愛い皺寄せて。シミも隠さず素のままで。
そうやってどんなことも乗り越えて来たんだろう。

風が吹いた。反物が揺れる。
隣同士の反物が重なり合う。
あ、よろけている!

ふふふ

私たちは改札口で固くハグして、お互いに見えなくなるまで手を振り合った。


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