男三人+猫。平和を味わう。
長洲泳に、瀬ノ尾翁との出会いについて聞いてみることにした。
「瀬ノ尾さんとは、いつ出会ったの?」
「うーん、覚えてないな」
「そう?」
「・・・・・・」
僕と長洲泳は瀬ノ尾氏の庭に椅子を出し、木斛の木陰で外を眺めていた。
当の瀬ノ尾さんは出かけていて、僕らは勝手に彼の庭でくつろいでいるのだ。
「何か、知らないうちに。猫が懐くみたいにして」
「ん?」
「このブチ猫みたいに。いつからかやってくるようになった」
「それって、瀬ノ尾さんの口から聞いてるみたいに聞こえるけど」
「だよね。彼だったら多分、こう答えるんじゃないかと思って」
「僕ら二人とも、なんとなく瀬ノ尾さんに懐いてる感じだよね?」
「猫と同じで」
「ん? 泳はこの話あんまりしたくない?」
「あんまりしたくない」
「僕ら、瀬ノ尾さんのこと慕ってて、大事に思うあまりに、言葉少なになるな」
「名前を出すのも憚られる、「あのお方」みたいに」
「ハハハ。まるでハリーポッターだな!」
今、僕らが考えていることは何だろう? 口にしている言葉には収まり切れない、ぼわっと大きな何か。
僕らはふたりとも年嵩の瀬ノ尾さんを慕っていて、しょっちゅう家に出入りしていて、ほんで、使いっ走りもさせられてるけど、それでも気づくと顔を見に寄ってる。
僕らは瀬ノ尾さんのことをからかって翁と呼んだりするけれど、彼が青いカブリオレを駆っている姿は、年取ってるからこそのカッコよさだ。
彼の髪は真っ白で、アンディ・ウォーホルのような七三分け×ツーブロック。素足にコットンのニューバランスを履いて、足首を見せる。といっても、いわゆるイケオジではなく、ほんとうのお爺さんなのだが、カッコいい。
彼が帰ってくると、ブチ猫がさっそくすり寄る。
「おう、来とったんか。誰かコーヒー淹れてくれ」
この猫はまったくのノラなのだが、僕らと同じようにして、何だかいつの間にか瀬ノ尾さんちに出入りしているのだ。で、ちゃっかり餌ももらうし、僕らの座る椅子と同じ椅子を与えられていて、瀬ノ尾さんの着古したセーターが置いてあったりして、ブチ猫は気持ちよさそうに体の位置を調整している。
平和だ。
少し前まで木斛や金木犀の落ち葉がすごかったのだが、すっかり新しい葉っぱへ入れ替わった。輝くばかりの新緑だ。秦皮もオリーブも輝いている。
平和だ。
僕らは言葉少なにタバコをふかし、コーヒーをすすり、眼下に広がる麦畑を眺める。
麦秋が美しい。
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