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走れ!走れ!オレたち③

天上界その三

 方位盤での寅の捜索は続いているが依然として行方は知れていない。一体寅はいずこへ?

 粗相をしたのをひた隠しにしていた武官はそっと官服を(下着も)交換して、何もなかったかのように衛兵たちの報告を受けていた。大年神の命を受けた羊はかなりお漏らしのせいで臭うが、それを気にしている場合でないことは武官もわかっている。すでに各干支には伝令を放ったが、大年神の意図はわからない。早ければもうすぐ足の速い干支は到着するだろう。寅と兎は行方知れずだし、羊はここにいるので残りの九支がここを目指しているはずだ。
相変わらず無限発条時計は遅々として、武官の焦りは増していくばかりだった。寅の行方不明は自らに責任が及ぶ。この事態が天上界や地上界にどういう影響を与えるか?武官は正確にはわからないが、大変なことが起こっている自覚はあった。ゆえに自分がどのような責任を問われるのかと考えるとまた漏らしそうになる。

 「少しはお口に」と水と少々の果物を持って羊の臭いに少々迷惑顔をしながらも女官が守衛館に入ってきた。
「これはかたじけない」武官は女官が鼻をひくひくさせているのが気になりながらも礼を言った。
「寅は見つかりましたか?」女官は鼻をつまみながら変な声で言った。
「いや、まだだ。いったい何処に行ったのか…」
「親方殿、私、もしかすると心当たりとヤラガアルカモシレマン」
女官は鼻をつまみすぎてもう元の声がわからないほど変な声でそう言う。
「ココロアタリトナ?ナンダ?オシエテクレ?」つられて武官も鼻をつまんで言ってしまった。
「寅と兎は駆け落ちしたのではないかと」息が苦しくなってか女官が普通に言った。が、すぐに鼻をつまむ。
「かけおち~~?どういうこと?どういうこと!?」武官は給湯室のOLになる。
「私、見たんです。12年前、寅と兎が引継ぎの別れ際に抱擁するのを」
「え~~~~!それでそれで?」
「接吻もしていました。最初は寅が兎を食おうとしているのかと驚きましたが、熱い接吻をしておりました」
「え~~~~~~~!!それから?」
「ここで私が申し上げるのも、いと恥ずかしき、あんなことやこんなことを…」
「終わった…アー終わった…わしの命、終わったわ…あんなことやこんなことって…神聖な方位盤の上で、あいつらなあ…アーもう終わった!」
武官は賜り物の剣を腰から外し床へ投げ捨てた。もうだめだ。お釈迦様に踏まれてわしは地獄へ落とされる。がっくりとうなだれる武官を女官はわが子を抱くように自分の胸にうずめる。
「かわいそうな親方殿、しばし私がお慰めを…」

見て見ぬふりをしていた羊は、またまたまた涎を垂らした。メェ~

 一方、寅の捜索をしていた衛兵たちは卯の方角で足跡を見つける。かなり新しい寅の足跡だった。結界の札が一部なくなって壊された壁も見つけた。
足跡は外へと続いている。この方角にいくとお釈迦様のところまでたどり着く。衛兵たちは身震いした。お釈迦様のもとへ自分たちは行ける身分でないからだ。干支は行けるが、自分たちはそれを追えない。
仕方ない、親方様に報告だ。衛兵たちは守衛館に走った。一刻も早く親方様に知らせねば。

 しかし急いで守衛館に帰れば、あんなことやこんなことを目撃してしまうという臨時ボーナスがあることを衛兵たちは当然に知る由はない。
 

地上界その四

 
 「ねぇ、パパ、しば吉がいないよ~」
小学3年になる娘のみおがミニチュアダックスのしば吉がいないと、半ベソをかきながらアツシに抱きつき言った。
「え?ママが散歩に連れて行ったんじゃないのか?」
「ママはお台所だよ。ママは知らないよ。パパのところだって言ってた」
「勝手にひとりで出てはいかないよ、しば吉は。どこかにかくれんぼしてるんじゃないか?パパと一緒に探そう」
アツシはみおを連れて家の中を探すがどこにもいない。
流石に心配になったアツシは妻と娘と一緒に家の外へ出て、いつもの散歩コースを探して歩いた。

 「しばきち~」「おーい、しば吉、でてこーい」
いつも通る河川敷のランニングコースに3人が着いた時、あちらこちらから「おーい」「ジョン~何処~?」「ポンタ~」「めり~」「くまごろう~」「ちび~」と、多分ペットの名前であろうかと思われるそれぞれを探す声が聞こえだした。
「あら、荒川さん?」
妻のナオミがいつも散歩で一緒になる荒川さん夫婦を見つけた。荒川さんはゴールデンレトリバーの「たろう」の飼い主でいつも散歩が一緒になる。
「たろう知らない?いないのよ~」
荒川さんの奥さんは心配そうにナオミに言った。
「たろうもいないんですか?ウチもしば吉がいないんです。」
一挙に不安が押し寄せる。
「なぜかご近所の犬たちもいないらしいよ。どういうことだろう?とにかく探すしかないかと出てきたんだが」
定年退職したばかりの荒川さんは言う。
「ねぇパパ、しば吉どこ行ったのかな?帰ってこなかったらどうしよう」
みおは大粒の涙を流しながらしゃがみ込んだ。
「時間がおかしくなって犬とか動物たちの行動にも影響がでているのかもしれん」いまだ落ちない太陽をみながら荒川さんは言った。
 
 この頃日本全国で、鼠、牛、蛇、馬、鶏、猿、犬,猪が忽然と姿を消す事件が多発していた。もっともイノシシと鼠は話題になりにくかった。が、それどころではない地球滅亡の噂が、どこからともなく国民の間でささやかれ始めていた。

 岸辺総理は宝田教授に何か解決方法がないか全世界の英知を集め検討するよう指示を出したが、宝田は現在の科学技術では不可能と言う。
「何かないのか、何か、滅亡を阻止する手立ては!」
「運命を受け入れるしかありません、総理」
宝田は努めて冷静に科学者らしく言った。
「おい、官房長官はどこに行ったんだ、記者会見の段取りはどうなる?」
「官房長官は家に帰られました。引っ越しだとかで」
秘書官はどうでもいいといった表情で答える。
「私も帰らせてもらっていいですか、最後は家族と一緒にいたいので…」
「えーい、好きにしろ!俺も帰る!」
岸辺は股間の痒みを隠そうとせず、ぼりぼりしながら吐き捨て、総理執務室を出て行こうとした時、棚のケージに居るペットのハムスター「ぴーちゃん」がぐるぐるとあの運動をするメリーゴーランドみたいなヤツでしきりに回っているのに目が留まる。
「これだ!!」
岸辺はぼりぼりと股間を掻く手をつい握りしめ「うっ」と唸ったあと宝田に言った。
「宝田さん、計算してくれ」
「何をですか?」
「世界中の人が同時に一方向に走って地面を蹴ったら、もしかして地球、まわるんじゃないか?」
満面の笑みを浮かべ岸辺は言う。

だめだこりゃと宝田は苦笑いをした。

しかしその岸辺の発想はそう的外れではなかったことを、人類は永久に知る由はない。

つづく

走れ!走れ!オレたち①      
走れ!走れ!オレたち②


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