見出し画像

走れ!走れ!オレたち①

地上界その一

 「おい、カレンダーはもう変えたか?」
水野戸みずのと課長は、デスクを整理している樋上ひのえに聞いた。
「はい、さっき付け替えておきましたよ。表紙はまだめくってませんけど」
「もうそろそろ大掃除も終わりにして、皆で乾杯して帰るから、めくっておいておくれ」
水野戸はそろそろ課の部下たちを帰してやるべく、樋上にそう言った。
 
 今日は仕事納め。掃除が済めば缶ビールやソフトドリンク、少々のおつまみで皆、乾杯。忘年会などはしないでみんなを早く帰す。それがこの課の慣わしだ。

 「あれ?」
樋上がカレンダーの表紙を丁寧に切り取ったところで
「課長、来年って令和5年ですよね?」
カレンダーから眼を離さずに聞く。
何を言っているのかと、少し呆れながら水野戸は
「そうだよ。令和5年、2023年だ。ウサギの絵が表紙に書いてあるだろう」
樋上はまだカレンダーから眼をそらさず言う。
「ですよね、令和5年ですよね、2023年、元旦は日曜」
「そりゃカレンダーに書いてあるだろうが」
全く、何を確認してるんだ。
「このカレンダー今年のかな?」
「はあ?君なあ~新しいカレンダーつけないで今年の余ってたカレンダーつけたの?」
「いや、新しいカレンダーを総務から貰って、そのままつけたんですけどね~」
「新しいのつけとけよ、お~いみんなそろそろ掃除切り上げてくれよ~」
水野戸は他の課員たちに掃除を終了して集まるように声をかける。

 樋上は切り取った表紙を見た。干支のウサギの絵がさっきよりぼんやりしたイラストになっているような気がする。
「こんなパステルっぽい絵だったかな?」
樋上は2022年1月と書かれた一枚目と切り取った表紙を交互に見比べた。
表紙は2023年となっている。
こりゃ、ひどい印刷ミスだ。総務は気が付いていないのか。これ、営業も得意先へ持って行っているんだろう。これはまずいぞ。

 「課長、総務へ連絡したほうがいいですよ。こりゃ印刷ミスですよ、2023年なのに2022年になってる。」
「え~!そんなことあるか?カレンダーの印刷ミスなんて聞いたことないぞ」
水野戸は樋上がめくったカレンダーを覗き込み首を傾げる。

だが、この印刷ミスと思しきカレンダーはここだけの話ではなかった。
日本全国、いや世界中で同時多発していたことを彼らはまだ知る由もない。

 

天上界その一

 天上界では大忘年会が真っ盛り。神様達が一同に集い一年の労をねぎらい今年はああだこうだ、来年はどんな年にしてやろうかと盛り上がっている。
 
「ところで クチャクチャ 干支の引継ぎは終わってる クチャ のかの~」
と咀嚼音をさせながらするめのようなものを食べている一人の神が、少し涎を垂らしながらお神酒を運んできた羊に聞いた。

「ちょうど今メェ~、やってるところだと思いますよメェ~。でも、おかしいメェ   さっきお釈迦様の方位盤のところにメェ~、寅がいなかったようなメェ~~」

「そんなことないやろ~クチャクチャ 寅おらんかったら、一大事やで。時が進まんようになるし、第一、引継ぎができんやないかい!クチャ 年越し グフッ!できんッ グフ ゲホッ!ゲホ あ~喉にひっかかった~」
羊は咳き込む神を見て、もうすぐ嚥下食に変えたほうがいいメェ~と思いながら寅を見かけなかったことに不安を感じ始めていた。
 
 お釈迦様の六角形の石でできた方位盤は毎年の干支が鎮座する場所で、天上界の入り口を入ってすぐ右の山のふもとにあり、その年の干支は一年間はなにがあってもその方位盤から出てはいけない。もしそこから出て、うろうろしようものならば、時は進まなくなるのだ。来年の干支との引継ぎもその方位盤の上でおこなわなければならない。今回は寅とウサギだ。

 ちょっと待て!今、引継ぎの30日だろ?二匹いないといかんのじゃないの?
羊は涎も凍り付くほど背中がぞわぞわした。毛を刈られる前のあの嫌な雰囲気もこれには及ばない。もしかしてとんでもないことが起きようとしているんじゃないのか…羊はお神酒を放り出して、大年神おおとしのかみのところへ慌てて向かった。


地上界その二

 毎朝TVのディレクター寺田は、編集作業で困り果てている神谷かみやに声をかける。
「どうした?もう時間がないぞ、まだできんのか?」
時計を見ながら寺田は編集モニターの止まった画像をのぞく。
「できんのですよ」
神谷はどうにもならんと眉間にしわを寄せて答えマウスを操作する。タイムライン上の画像は動いているように見えるが。

「なにが問題なんだ?」
「テロップが入らんのです」
「テロップ?なぜ?」
「わかりません」
「お前、何年この仕事してるんだ?テロップの入れ方がわからないわけないだろうが」
「入れ方じゃないですよ!」イライラした神谷が即答する。
「ソフトの問題か?」
「違います、これだけが入らないんですよ」
「何がはいらないんだ?」
「2023年」
「年号?」
「そうです」
「なんで?」
「わかりません」
「ほかの文字とか入るのか?」
「入ります」
どういうことだ?寺田はまだ神谷のミスかソフトのせいだと思っていた。
「他にも問題がありますよ」
「なんだよ?」
寺田は神谷の言葉に柄にもなく身構えた。
「元旦00:00からのプログラムができんのです」
「どういうことだ?」
「スケジュール、予約、すべての2023年1月1日00:00からの時間が存在しないんですよ。プログラム上で」
「そうだったらどうなるんだ?」
「元旦00:00以降、放送できません」
神谷の言葉に寺田は足が震えた。

つづく


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?