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世界はここにある⑧  三佳篇

 どうしても裏付けが必要だった。芸能人のゴシップではない。これが表にさらせたとして誰が敵になるか? 誰が何を得て、誰が何を失うか? それを冷静に判断すべきだ。記事が握り潰されるくらいならまだいい。それ以上に発展した時に会社は果たしてどうなるのか? 自分の身は守れるのか?
 デスクのはやしは過去に政治部記者を長く経験していた。だからこの手の話がどうやってこちらの首を締めあげるかはよく知っている。このネタを持ち込んだ時、林の表情は今まで見てきたどの顔よりも不機嫌だった。

「これをどうやって出すんだ? お前、いつからど素人の都市伝説マニアになり下がりやがった!」
 林は坂崎さかざきの原稿を二度、三度と自分の机上の資料の山を崩さんばかりに叩きつけ言い放った。あまりの剣幕に周りの記者は一瞬、坂崎と林の顔を見比べたが、すぐに自分たちの仕事に戻っていく。

 「勿論、タダで済む話でないのは確かですよ、しかしだ、これが本当だとしたら日本だけちゃう!世界がひっくり返る!」
坂崎は林を覗き込むようにし口角泡を飛ばす。林は椅子を反転させ坂崎に背を向けた。

 「ダメ、ダメ、ダメ! こんな話、夕刊紙でも書かん! 動画投稿でもしてオタク野郎と盛り上がってろ!」
林はそう言って原稿を机に放り投げた。
坂崎はその原稿を鷲づかみにすると机上の資料をそのままさらうように撒き散らし、記者たちの机のそばにあるモノも蹴散らかしながら部屋を出て行く。
「坂崎! この野郎! 片付けていけ!」

ーうるせぇ 馬鹿たれがー

「さかざき!」
「はいよ、帰ってから片付けますわ」
坂崎は椅子に掛けていた自分のジャケットを取り社会部の部屋を出た。

 昨夜も帰っていない。誰も待っていない部屋だがシャワーは浴びれる。そしてタバコ臭いシャツを着替えて気が向けば無精ひげも剃れる。だが結局はしない。3~4日過ぎる頃、馴染みの女のところで垢を流す。そうやって何年も過ぎた。歳をとった。もう誰もが彼をあきらめている。坂崎自身も。

 坂崎はジャケットのポケットを探りタバコを取り出す。もともと給湯室だったのを改造した喫煙ルームは定員が5名だが、もう7~8人は入っている。
誰もそんなルールは守らない。室内で吸わない最低限のルールは守っている、他に迷惑をかけることはない。そもそも喫煙自体が自己責任。すし詰めの部屋での煙は望むところだ。

「おっ、坂崎さんゴキゲン麗しい感じではなさそうですな」
同じ社会部記者の種田たねだが軽口をたたく。
種田は3年ほど後輩だが大物代議士の収賄事件を共に追っていた時から妙に馬が合う奴だった。最近はすっかり家庭に入り込んで無茶な仕事はしなくなったが。

「おう、ゴキゲン麗しいよ~、お前が一杯おごってくれたらな」
「缶コーヒーでいいっすか?」
「けっ、しけとるの~。ま、ええわ、缶コーヒーな」
「坂崎さん、まだ例の話追ってるんですか?」
種田は喫煙室内の自販機で缶コーヒーを買いながら聞いた。
ツツツツ、ピー! 自販機が音と共に缶コーヒーを吐き出した。
「おっ、当たった」
坂崎は種田が缶コーヒーでもう一本サービスのルーレットを当てたのを横目で見ながら、本当に運のいい奴はこんなところで運を使わないと思った。

「ああ、やっとるよ」
「なぜ?」
種田は缶コーヒーを手渡しながら聞く。早く次のボタンを押さないと権利がなくなるぞ。と坂崎は思いながら答える。

「俺はな、この話はマジでやばい話だと思っとる。ありえん話じゃない。しかもや、登場人物がやばすぎる。その周辺の動きもキナ臭い。あとは裏付けが取れれば今世紀最大のスクープになる話や」

「ないでしょ、確証なんか?あるわけない。そんな話がなんでうちの敏腕記者様のところにくすぶり続けるんです?我が国の大臣様の裏金騒ぎでもうやむやになる我が国マスコミの力を過信しすぎじゃないですか?」
種田は炭酸水のボタンを押して当たり分を手にした。

「お前な…… 」
坂崎が煙草に火をつけ一服吸いながら言う間に、種田は坂崎が持っていた原稿を取り上げ目を通した。

「坂崎さん、この子、誰かわかってるんでしょう?」
種田は原稿と一緒にコピーされた写真の子供を指して聞いた。
「ああ」
「この子をクローンだというんですね」
「ああ」
「理由は?」
「そこに書いてある通りや。その子は2年前にヒステンブルグで死んでる。しかも親の目の前でな」
「そんなニュースは世界中どこを探しても出てこないですよ」
種田はじっとコピーの写真を見ていた。
「どこからそんな情報を?」
坂崎は煙草を吸い殻入れに落とし、すぐに新しい一本に火をつけた。
煙をゆっくりと吐き出し換気扇に吸われていく様子をじっと見ながら言った。

「その現場にいた奴が写真を撮っているんや。頭のおかしい奴に刺された我が子を抱きかかえているベラギーのシュナイター皇太子妃のな」
種田は飲もうとした炭酸水を置いて聞く。

「その…… 写真は今あるんですか?」

「ああ、あるで。あとは死亡の裏付け。そしてこの子がクローンだという事実の裏付けが取れるかどうかや」

「誰がそんなものを?」

立花三佳たちばなみか。お前も知ってる文愁社ぶんしゅうしゃのカメラマンだった」

「まさか…… 三佳ちゃんが?」
「嘘やない。それに…… 彼女はもうすでに大きな犠牲を払ってるんや」


『三佳』篇2に続く

★この作品はフィクションであり登場する人物、団体、国家は実在のものと  一切関係がありません。

エンディング曲
The Rolling Stones - Jumpin’ Jack Flash
(Official Lyric Video) ABKCOVEVO


世界はここにある①
世界はここにある②
世界はここにある③
世界はここにある④
世界はここにある⑤
世界はここにある⑥
世界はここにある⑦ 


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