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世界はここにある⑤


 時間は12時を少し回ったところだ。昨夜はとてもじゃないが眠れなかった。

 昨日の外出時には何も起こらなかった。
街は僕が知る限り普段通りで何も変わりはない。
そして僕を知る人にも出くわしていない。
先日の子供達や桜木らの姿もみていない。
なのに全く見知らぬ人物からの手書きのメモ。
このメモを僕に読ませた人物は何者?

 いきなりのショートメールに、いきなりのメモ。僕だけが相手に丸裸にされ、こちらは相手の事を何一つ知らない。今まで纏わりつかれたことのない気味の悪さ。

 僕はカーテンを閉め切りスマホの電源を切った。PCにもログインせずただじっとしていた。こうしていても何も解決しないのはわかっている。ただメモにあった13時の時間だけが僕を待っている。待っているのは自分ではなくて時間。何故かそう感じ選択肢はないように思えた。

 僕は出来るだけ目立たないような服装を心掛けて外へ出た。今日は少し寒いので黒のダウンジャケットを羽織る。外に出てしまえば風景に埋もれてしまう。今がまだこれが着れる時期でよかったと思った。

 例の公園は通らず大きく迂回することで駅前を目指した。多分、公園を通っても何の問題もなかったように思うけれど、誰かが監視しているのなら目につきたくはなかった。今まで気にもしなかったポール上や電柱のカメラが目に留まる。結局は何処を通っても同じなのか? 大丈夫だ、心の中までは覗けやしない。

 バーガーショップに入ると店内は日曜なだけあって賑わっている。コーヒーだけを頼んで昨日と同じ階の窓際を目指したが席は空いていない。もう一階上のスペースを覗くと、下階と同じような窓際のカウンタースペースが1つ空いている。とにかくそこへコーヒーを置き時間を確認する。約束の13時まではあと5分程。なるべく不自然ではないようにフロアを見渡してそれらしき人物を探すが、殆どが家族連れかカップルで男性一人は自分を含め二人のみ。その人物はなにやらスマホを弄ってはポテトを口に入れGパンの太もも辺りで指を拭き、またポテトに手を伸ばす。
僕はあの人がその人物でないことを少し祈った。

 僕の隣は女性で、何をしている人なのかはよくわからないが、こんな情勢でなかったら隣に偶然座った幸運を感じるくらい美しい横顔をした人だった。そして時刻は13時を指す。約束の時は来た。

 僕は彼?の事を何も知らない。しかし向こうは僕を認識している。だから待っていればいい筈だった。しかし30分を超えても相手からのアプローチはない。僕は少しイラつきもしたがこのまま現れないでいて欲しくもあった。

 そう、全ては考えすぎ、偶然の出来事で終わればそれはそれで心が軽くなるような気がしていた。スマホの電源は言われた通り切っていた。しかし何か連絡があるかもしれない。電源を入れようかと迷っていると隣の女性が席を立った。一瞬目が合ったような気がしたが、彼女はトレイを持って階段の方へ去った。

 そのあと14時まで待ったが、メモの主からのアプローチはなかった。昨日のように誰かと接触することもない。そう言えば僕の背中にカバンをぶち当てた男はどんな奴だったか?思い出そうとしても無理だ。そもそも気にして見ていない。

 下のフロアに空席があったのでそこへも座り、しばらく過ごしたがやはり誰からもアプローチは無い。14時半になろうかとするとき僕は諦めて店を出ることにした。さっき思っていた通り少し心は軽かった。

 店を出て駅前の通りを少し歩く。新しい雑貨の店ができているようだ。店先に若い女性と年配の女性が店の中を覗いている。僕も少し覗いてみようかと思った。さほど興味があるわけではないが、それこそ、さほど需要があるわけではないものを観たいと思った。

 店に入ろうとした時に後ろの方で「ごめんね、待った?」という声がした。勿論僕に向けての声ではない。が、僕は誰かと待ち合わせをしていたその声の主と相手を探すように振り返る。

「ごめんね、待ち合わせ場所間違えてたみたい 私」

僕に言ってるの?

「何、怒ってる?ごめ~ん!穴埋めちゃんとするから!ね、いこ!」
その彼女は僕の左腕を強引に腕組み絡めて、戸惑う僕を引っ張るようにして歩き出す。

「あの!僕は…」
「いいの、黙ってついてきて。私はあなたの彼女。堂山どうやまサツキだから、よろしくね。あなたは…」

「高山、たかやま ひでと…です」
「『ひでくん』ね。よろしく 私はサツキでいいから」

 僕はニットのワンピースにロングコートの彼女の体が必要以上に密着しているように左半身で感じていた。
そしてサツキと名乗る彼女は着ている服こそ違えどあの店で隣にいた横顔の美しい女性に間違いない。


 続く

エンディング曲
capsule - Love or Lies -LIAR GAME original
※YouTube側で著作権管理されている適正動画です。


世界はここにある①
世界はここにある②
世界はここにある③
世界はここにある④


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