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走れ!走れ!オレたち 最終話

 「皆さん、明けましておめでとうございます。2023年、世界が待ち望み、そして世界がひとつになって救ったこの地球に、新しい年がやってきました。私は今、明治神宮前にきております。ジャイアントランニングを走り、再び地球が回りだした瞬間を見届けた人々が集まり、口々に「おめでとう」と見知らぬ人同士が挨拶を交わしています…」

「よし、ヘリの中継にかわるぞ!」
毎朝TVのディレクター寺田は神谷に指示を出す。
2023年元旦の放送は初日の出と同時に全てのシステムが復旧し、大晦日の特番やカウントダウンの放送はできなかったが、音声による中継など世界中と連携してのジャイアントランニングを報じ、やはりあの奇跡の一瞬をスクープした。

 「しかし凄かったですね、一時はほんとこのまま終わるのかと覚悟しましたけど、TVマンとして最後までしがみついたのが良かったですよ」
モニターをチェックしながら神谷が言う。
「何言ってる、彼女に会いたい、最後に彼女を抱きたいよ~とか言ってたのはお前だろ!」
「そういう寺田さんだって、奥さんと子供さん会議室に呼んでたでしょう?
カッコつけちゃって、俺がお前たちを守る!とか言ったらしいじゃないですか?」
お互いにバツの悪そうな顔をして二人は笑った。人生のなかで一番うれしい新年の幕開けだった。

 「なあ、本当に奇跡だよな。走って地球が動くなんて信じられるか?」
寺田はモニターに映る喜びに沸く大群衆を見ながら言う。
「いや、信じられるわけないじゃないですか。だって総理が最初言い出した時、こいつこんなにバカなの?と思いましたもん。けどなんだか…なんて言うか…信じたくなったって言うか…最後は走るしかないか!と思っちゃいましたもんね」
神谷はボールペンを指先でクルクル回しながらスイッチを切り替えた。

 寺田も同じく一度は覚悟した。そしてあの金色の光を局の窓から家族三人と見た時、不思議とこれは最後ではなく始まりだと感じた。

誰もが新しい夜明けを見届けたのだ。

 一方、天上界でも大パーティーが始まっていた。
大年神が仲人となり、寅さんとうーちゃんの結婚パーティーが開かれていた。勿論、方位盤の上でだ。

 「イヤーめでたい!めでたい!こんなめでたいのは久しぶりじゃ!」
ちょっと飲みすぎの恵比寿天が熊手を振りまわしながら踊っている。
周りは迷惑そうではあるものの、皆、笑っている。
「寅さんとうーちゃん、お咎めなしらしいですね」
衛兵の一人が武官に言った。
「うむ、本来ならばそれ相応の罰は受けただろうが、なにせ愛ゆえのことだ。それを否定するのはお釈迦様もできなかったんだろう」
武官はいまだ残る首筋の♡マークをナデナデしながら横目で女官を見る。
女官もそれに気づきウィンクをした。
今晩もあんなことやこんなことの新婚さんいらっしゃいだ。
皆、めでたいのだ。
 
 お釈迦様は寅さんとうーちゃんの為に掟を変更した。所謂、超法規的処置と言うやつ。

 夫婦となった二人の為に方位盤上に新居をプレゼントし、二人はそこであんなことやこんなことができるようにしたのだった。
 
 しかしその間、干支としての役目はどうなるのか?

 お釈迦様はスーパーサブである猫に新型VR装置を渡し、泰、越両国での干支のお勤めの際に、寅さん、うーちゃんから連絡をもらえばそのVRゴーグルをつけてお勤めをする。VRは方位盤とシンクロしており、寅さんうーちゃんの代わりにお勤めが遠隔でできるようになった。猫は在宅ワーカー干支になったのだった。

 「いいメェー、幸せそうだメェー」
二人をみて羊が涎を垂らす。いつもよりもさらにびちょびちょだ。
後ろから猿のメスがやってきて、羊の毛づくろいをしだした。
「ああ、ありがとメェー」
「いいキキヨー」猿がウィンクする。
羊は少しお漏らしもした。
4~5年後は自分たちもあんなことかもしれないと想像したからだ。

お釈迦様は皆の楽しそうな様子を見て微笑んでいた。
天上界が楽しくなければ地上界も楽しくならない。
今回の事は大変な事件だった。
けれど、それで新たな悟りを得た。
神も仏も人間も動物も皆一つだ。
誰かが泣けば皆泣く。誰かが笑えば皆笑う。
それが愛なのだ。

よーし!もう一回歌おうぜ!
干支が13支、方位盤上にあがる。
弁財天のギターがイントロを奏でた。

 
 「総理、お身体はいかがですか?」
東京の某病院にお忍び療養中の岸辺総理の下に宝田教授がやってきた。
「ありがとう、もう、大丈夫ですよ。ちょっと風邪はひいたかもしれないが」
「総理、ちゃんと2023年は明けましたよ。ヨーロッパも年が明けてまもなくアメリカでも新年がきます。元通りですよ。総理の信じる力のおかげですよ」
 
 宝田はもう岸辺の考えを否定していなかった。科学者としてはありえないことではあったが、地球は再び回りだした、それは事実だ。
岸辺や世界中の人が信じた力を、科学的根拠がないとするのはむしろ科学者として失格だ。その力の根源が何で、物理法則にどう影響をあたえたのかを知ろうとする方が正しいと思っていた。

「総理、もう一人お見舞いに来てますよ」宝田は言った。
「誰ですか?面会謝絶のはずなんだがな、あなたの他は…」
宝田は後ろ手に持っていた小さなケージを総理に手渡す。

「ぴーちゃん!!!」
岸辺はもぐもぐタイム中のぴーちゃんを、泣きながらケージ越しに抱きしめた。


 樋上ひのえアツシは初出勤の日、一番にカレンダーを確認しようと思っていた。
何もかもが正常に戻っている。
きっと水野戸課長みずのとかちょうも同じことを今頃考えているだろう。アツシはTVにうつる時刻をみながらそう思った。

「パパ、パパ!しば吉が帰ってきたよ!」
娘のみおが勢いよく、リビングのソファに座るアツシに飛びついてそう言った。
遅れてしば吉も元気そうに部屋に飛び込んでくる。
ドアのところでナオミは少し涙ぐんでいるようだが嬉しそう。
ソファの上、みおはアツシに抱き着き、しば吉はそんな娘の顔をペロペロとなめた。

「お疲れ様」
みおは、しば吉をなでながらそう言った。
「なにがお疲れさまなんだい?」
アツシはみおに聞く。

「だって、しば吉も走ってたんだよ、きっと」






エンディングテーマ【Runner (平成30年Ver.)】
サンプラザ中野くん 公式MV

走れ!走れ!オレたち①   
走れ!走れ!オレたち②
走れ!走れ!オレたち③
走れ!走れ!オレたち④
走れ!走れ!オレたち⑤
走れ!走れ!オレたち⑥
走れ!走れ!オレたち⑦加筆修正版
走れ!走れ!オレたち⑧
走れ!走れ!オレたち➈
走れ!走れ!オレたち⑩


読んでくださいました皆様
お付き合い頂きありがとうございました。

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