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ケケケのトシロー 18 

トシローはやんちゃな兄ちゃんカズに絡まれているところで偶然出会った不思議な人物キダローに、不帰橋の破られた結界から悪霊が世界に放たれていることを聞く。そしてキダローが持つ強力な法力をまじかに見る。キダローに修行を促されるトシローはケープを纏っての体さばきを習うが、悪霊との闘いに自身が巻き込まれるのを恐れ、途中で帰ってきてしまった。

前回までのあらすじ


(本文約2500文字)

 あれから三日が経つ。マンションの共用廊下から見える不帰橋界隈は黒い雲の傘の下で、町全体がグレーに見える。真由美の知人が何人かあの町にいるらしいが皆、身体の調子がおかしいそうだ。真由美は季節の変わり目だし天気も良くないせいだろうと電話で喋っていたけれど、俺は悪霊が動き出したのではないかと思っていた。TVの天気予報では局地的に雨雲が居座っていると、気象予報士が首を傾げながら話していた。

 そのうちキダローやフキさんや瀬戸内海先生がそいつらを退治してくれるだろう。どうせ俺にできることはない。俺はこの日本国と同じだ。偉そうなことを言っても、ほんとうに喧嘩が始まればアメリカにやっつけてもらわないと何もできないのだ。俺は自分の身を守るだけ。専守防衛ちゅーやつ。そう、いざとなったら逃げるが勝ちだ。
 雨を降らすでもなくそこに覆いかぶさる黒い雲。でもこのマンションには薄日もさしている。こちらには関係がない。俺には関係がない。

「あんたー、あの子から電話やでー」
 真由美の声が聞こえた。あの子? 誰? 俺は部屋に戻り、リビングの方へ向かう。真由美が右手に受話器、左手にテレビリモコンを持って立っている。誰からと真由美に訊くと「カズ君」とだけ答え、受話器を俺に手渡すとそのままソファに座り込み、リモコンでチャンネルを次々と変えているがどれも同じ映像だ。誰かが何かの記者会見でも開いているのだろうか?

「もしも……」俺が話すと同時にカズが受話器の向こうで叫び出した。

「おやっさん! 助けて、匿って! 頼んますから! 早よせな、わしもミチもサスケも皆…… あー」
「もしもし、カズ君かいな? どないしたん?」
「おやっさん、サトーです、サトー」
「サトー? あー、あの権藤会のなんとかって言うてた人かいな」
「そうです! わしに事務所まで来いって」
「なんで?」
「そんなん、ササキの兄貴のことに決まってますやん」
「知りませんって言うといたらええやん」
「だから前にも言いましたでしょ! そんなん、通じる相手ちゃうって」
「そんなこと言われてもな~、知らんと言うか、実際な、もう連れていかれへんし……」
「ササキの兄貴はゴキになって潰された、なんて言えまへんがな。なめとんかって半殺しですわ。半分で済んだらまだええ。おやっさん、二時に事務所来いって……どないしましょ」
「そんなん、行って『自分もわからん』しかないやろ」
「なあ、一緒に行っておやっさんも分からんて言うてください」
「えー、そんなん、俺、行っても『お前誰や』ってなるだけやん。関係ないやろ、俺」
「そんな薄情な事言わんと。おやっさんがゴキにしたんですがな。関係ないことないですやん」
「あほ、俺ちゃうわ、キダローはんやろ! そうや、キダローはんに頼め。あの人やったら、サトーとかいうのもゴキにしてくれるわ」
「ほな、頼んでくださいな」
「自分で言えや、俺はもう関係ないねん。あの人らとは」
「そんな…… わし、あの人らに嫌われてるし…… あの女の先生にわし、シメられたんでっせ!」
「俺も、もう嫌われてるわ! とにかく俺はなんもでけへん。悪いけどな。ほな、切るで」
「ちょっと、おやっ……」
 
 知らんがな…… 俺は悪くない。俺のことボコボコにして、買い物までさせられた奴をなんで俺が助けなあかんねん。俺はそんな奴らと関わらんようにして今まできたんや。迷惑やねん。俺が撒いた種やない。ゴキにしたんはキダローや。俺のことボコした奴らを成敗するって、勝手にゴキにしてもうたのはあいつや。あいつが責任とったらええやんか。あいつの正義感で何で俺が危ない橋わたらなあかんねん。皆、勝手や…… 俺は悪ない……

「あんた、何、ブツブツと。どないしたん? あの子、なんの用事なん?」
 真由美がTVの画面を見ながら俺に訊く。
「いや、何でもない。しょーもない話してきたから、切った」
「ふーん、なんか可哀そうやな」俺の方をチラッと見てすぐにTVに視線を戻す。
「どこが可哀そうやねん…… で、何見てるの?」
「え~、なんかな、ここの選挙区の国会議員な、なんか暴力団と関りがあるとかいう疑惑が週刊誌に出たらしいわ。それでその議員のとこへインタビューが押しかけてるねん」
 真由美は『ほれ、この人、駅前で選挙演説、私ら見たで』と画面を指さす。なるほど確かに買い物の時に見かけた記憶がある。名前は……なんやったかな。

「ま、私は選挙、この人選んでないからな…… 関係ないけどな」
 真由美はコーヒーを一口飲んでTVのチャンネルを変えるが、まだどこの局も同じ映像だ。
「あー、またワイドショーはこれ一色やね~。他に観るもんないし、掃除でもしよかな。あんた、電気(照明)の傘拭いてくれる?」
「え、ああ、ええで……」
 
 俺はまだTVを見ている真由美に背を向け、洗濯機のところへ雑巾を取りに行く。吊戸棚から家庭用洗剤のスプレーを一緒に出して真由美のいるリビングに戻った。

 真由美はまだTVを見ている。関係ないわと言いながら、釈明をしているのかもしれない名前も覚えてない国会議員の映像をじっと見ている。その顔には明らかに怒りを感じた。関係ないわと言いながら。

 関係はなくても怒りはある。それは道理に外れているから、投票した人を欺いたから…… その人によって意見はそれぞれあるだろうが。

 俺には関係ない。そいつがどんな奴でも。
 
 畜生。

 俺は雑巾を真由美の横へ放りだして玄関へ向かった。真由美が『いってらっしゃ~い』とろくろ首を伸ばさずに声かけた。

 ドアを開け外に出ると、不帰橋の上の雲が一層厚みを増しているように見える。
 さあ、どうすんねん。俺はどうしたらええねん。



19へ続く


注 あくまでもこの作品はフィクションです。


エンディング曲

Nakamura Emi 「ばけもの」



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ケケケのトシロー 8
ケケケのトシロー 9
ケケケのトシロー  10


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