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episode3-7:なぐさみもの(7)<欠落>

(6)からの続きです。

僕は、自分自身の立ち位置をどのように説明していいのか、わからなかった。

たぶん、女性は僕が普通の学生だと思っている。

そうでなければ、声なんてかけてこないだろう。

でも、僕のレイさんとの関係は普通は理解してもらえるようなものではないことぐらいはわかっている。

そして、その関係を終わらせるということも考えていない。

それだけではない。

女性から性欲以外の興味を向けられることに慣れていないし、何より欠落しているのは「好き」という感情だ。

人に優しくされたりかわいがられたり、といった経験のない人間に、そのような感覚が理解できるはずもない。

誰にでも優しくあろうと思う反面、周囲の人に好意を向けてもらえる人間だとも思っていない。

自分自身をそのまま受け入れてもらった経験のない、包み込んでもらえた経験のない人間など、そんなものだ。

自分自身のどうしようもなさに、僕はそのときから気づいていたのかもしれない。

冷めた目で沈黙を続ける僕に、その女性は目を伏せて

「まあ、今のは忘れて・・・」

とつぶやき、その場を去っていった。

自分自身の欠落に気づいてから、僕はあらゆるものをあきらめるようになった。

恋愛、深い人間関係、楽しいイベント・・・。

そういったものは全て自分自身に関係ないもの、と考えるようになった。

大学と下宿とレイさんの部屋。

それで十分だった。

しかし、そんな循環がが少しずつ崩れはじめていった。


いつものようにレイさんの家に向かう。

そしてセックスの相手を務めたあと、レイさんが僕に、

「あのさあ。前に言ってた話、覚えてるかな?他の女の子から頼まれてる話」

と言った。

「あ・・・覚えてるよ・・・」

僕は、なにげないそぶりで、返事をした。

「そろそろ、女の子のところに行ってもらおうかなって思ってるねん。いいかな?」

「うん、いいよ」

というと、レイさんは一気に、

「意外な依頼もあると思うけど女の子の希望にできるだけ寄り添ってあげて欲しいんよ。女の子ひとりひとりやって欲しいことって違うと思う。その中でも私の友達ってやっぱり風俗とか夜の仕事をしている子が多いんよね。そういった子たちは自分の性癖みたいなものを押し殺して仕事してる。本音ではどこかでそれをぶつけたいんよね。でもカレシとかだと逆に恥ずかしかったりする。そんな思いを受け止めてあげてほしいねん。でもルイくんの様子を見てるとたぶんできるんじゃないかなあ」

と言葉をぶつけるように話した。

僕は、疑問に持ったことを口に出した。

「どうしてできるって思ったの?」

するとレイさんは、

「ルイくんって、自分自身のやりたいことをわりとセーブするタイプやん?
自分のやりたいことを素直にぶつけるというより、相手のやりたいことを受け止めて、それを喜んでる感じ。
それはこれから関わってもらう女の子たちにとって、ちょうど都合がいいんよ。
あの子たちは、プライベートでまで他人の欲求に合わせるのはうんざりしてるわけよね?
ルイくんみたいな少し引いた感じのスタンスの、都合のいい男に自分自身の性癖や欲求をぶつけたいわけ。
だからルイくんに向いていそうだし、できるって、思った」

と、こんどは言葉を少し区切りながら会話のスピードを落として話した。

僕としては、以前にOKを出していることもあり、そこまで言われて拒否できなかった。

「じゃあ、やります」

「よかった。女の子には、2万円をルイくんに渡すように言ってる。
どんなプレイでも2万円。
それと別に交通費。タクシーで移動してもらっていい。
で、タクシー代を2万円と別に払ってあげてっていうことになってる。
場所とか、わかる範囲でのプレイはまた連絡するわ」

そんなやりとりがあり、僕はいつものようにレイさんの家のソファでしばらく睡眠をとった。

朝になって、レイさんと寝起きに一度セックスを求められ、それに応じたあとで朝食を出してもらう。

そして身支度を整え、部屋を出る。

いつもの行動なのに、少しだけ心がざわつく。

これからどんなことが起こるのか、予想ができなかったからだろう。

いつものように地下鉄の駅に向かう。

街路樹は秋色に装いをあらためていた。

(「なぐさみもの」終わり 次章に続きます)


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