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episode3-6:なぐさみもの(6)<困惑>

(5)からの続きです。

レイさんとの話とは別に、僕には頼まれていた案件があった。

僕はだいたい3週間に一度くらい、心斎橋のサロンで髪を切ってもらっていた。

そのサロンでカットモデルを頼まれていたのだ。

僕としてはカットの代金が無料になるわけだから、条件などつけようがない。

できれば秋になる前に・・・と言われていた僕は、いそいそと指定されたスタジオを訪れた。

いつもより時間をかけて髪をセットされ、スタイリストさんがあらわれる。

そしてメイクに入った。

それまでメイクなんて経験がない僕は、撮影用にメイクをされているあいだ、慣れない感覚に戸惑っていた。

メイクが一通り終わったあと、スタイリストさんに

「はい、鏡で一度確認してみてくださいねー」

と言われて自分の顔を見ると、まるで別人の僕がいた。

「メイクって面白いなあ。こんなに変わるのか」

と感心した。

そしてライトが当てられ、撮影がはじまる。

このとき、撮影の大変さを思い知った。

照明が極端に眩しい。

必死に目を開けようとするのだが、なかなか目が開かない。

カメラマンさんは「はい、もうちょっとがんばれますかー」

と声をかける。

その声に応えようと一生懸命に目を開くことだけに集中して撮影が終わった。

できあがった写真は、そのサロンを訪れるたびに見ることになったのだが、他のお客さんに顔バレすることもあった。

見知らぬお客さんに声をかけられるという珍しい経験をしばらくすることになる。

そうこうしているうちに夏休みは終わり、大学は後期の授業に入る。

その間、レイさんも僕に特に頼みごとをするわけでもなかった。

いつものように連絡が入り、それに応じてレイさんの元を訪れる。

そして大学で受けた授業内容の復習だってある。

授業、勉強、レイさんというトライアングルでわりとリズムよく過ごしていた。

ただ、僕はレイさんが先日言っていた内容が引っかかっていた。

いつかは他の女性と会うことになるのだろうか・・・。

レイさん、ミカさんとの行為の中で、知らない女性と会い、対応するのはそれなりに大変だと思い知った。

その僕の心配を知ってか知らずか、レイさんはなかなかそのことに触れない。

そんなことは忘れたかのようなコミュニケーションがしばらく続いていた。

こんな生活の中で、大学でちょっとした話があった。

大学では前期中に女性とほとんど関わりがなかった僕だが、後期に入り、それなりに女性と会話する機会が多くなってきたのだ。

レイさんとの関わりの中で、女性に対して会話するときに変に緊張するということもなくなっていたのだろうか。

語学や基礎ゼミ・・・と言った学生同士のコミュニケーションが必要な場で、女性との会話が増えていった。

とくに1年生ながら基礎ゼミで教授にリサーチ能力を評価されていた僕は、女子学生に頼まれて、プレゼンの資料作りに協力することが多くなっていた。

そして数日後、ある女子学生に食事に誘われた。

その食事の後、夜に二人で歩いているときに

「ねえ、わたし、ルイくんのことが好き。わたしと付き合ってほしい。ルイくん、わたしのことどう思ってる?」

と言われた。

そのとき僕は何をどう答えたらいいのか、よくわからなかった。

ふと気づいたのだけれど、僕は周りの人に優しくあろうとはするけれど、恋愛感情というのがよくわからない。

幼少期からあまり人の優しさというものを実感してこなかったというのもあって、周りの人には自分のような思いをしてほしくないな・・・とは思う。

しかし、性欲以外で特定の人を好きになるという感覚がよくわかっていない。

僕は女性に対して、「うーん、悪いけど、ごめん。普通に関わってくれる人だと思ってるだけで、なんとも・・・」と言った。

女性は、

「えっ?誰か他に付き合っている人、いたりするの?」

ときいた。

僕はなんと答えていいかわからなかった。

付き合っている人・・・?

いない。

レイさんは・・・別に好きという感情で関係を持っているわけではない。

でも、この関係を他の女性から見たときにどういうことになるんだろうか。

僕は、黙り込んでしまった。

(To Be Continued)


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