劇場


 開演時刻の十六時が迫ると、劇場にはあらゆる人種が集まってくる。しかし地球の人間は、このなかでおそらく私ひとりだった。
 敗戦が決定的になってから、地球人はほぼすべて内地に引き揚げてしまった。むかしは地球人による、地球人向けのプログラムを上演していたこの劇場も、いまは注連縄人が興行を仕切っている。
 客席は注連縄人や箒人の団体で満席だ。以前は劇場の客の大半は地球人だったから、異星人たちは隅の席で固まっていじけていたのを見たことがある。この星に地球人がやってきた際、我々は「種族協和」というスローガンを掲げたものだったが、いま地球人が引き揚げてしまってから真に「協和」が為されているということは何とも皮肉なことである。
 舞台の上に、注連縄人の女が立った。地球人が着るような赤いドレスの隙間から、ねじれた手足が六本整理されて飛び出している。
 「こにちわ。いらっしゃい。ありがとう」
 マイクを通して女がしゃべる。女は協和語を滑らかに使う。地球人が引き揚げれば、協和語も廃れて行くのだろうと私はかつて考えていたが、実際はそうではなかった。いまもこの星の街中では、協和語が半ば公用語として使用されている。
 長く続いた戦争の結果として、この星には、注連縄人や箒人をはじめとしたあらゆる星の民族が集合することになった。たとえ最初は地球人によって押し付けられた言語であっても、それら多民族間で共通して使えるコミュニケーション手段として、協和語はいまも重宝されているのだ。
 「わたしのほしのうた。うたいます」
 再び女がマイクで話すと、客席からは翅を震わす低い唸りが鳴り響き、よう、とか、ぶるるん、といった掛け声がかかる。かわいい、などと、協和語を使って声をかける者もいる。
 女が歌う、注連縄人の歌が始まる。私にはモーターの駆動音のようにしか聞こえないが、客席を埋めた観衆は、みんな黙って耳を傾けているようだ。
 ふと私の視界に暗い影が落ちる。見ると私の座っていた席を見下ろすように、巨大な掻き揚げ人が立っている。掻き揚げ人は私に向けて、分厚い衣に包まれた太い指を差しながら、「おまえ。すわる。いす。ない。ある」と言う。
 「わかりました。いま。どく」私は掻き揚げ人にそう答え、彼のために椅子を空ける。
 私は戦争に敗れた地球人。彼らの椅子に座る資格など無かったのだ。

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