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女子高生というブランド

高校生という服を纏えば無敵になれる。それは昔から変わらない常識だと私は思う。
高校生という名の価値を着て、高校生という名の盾で身を守り、高校生という名の尖った弓を飛ばす。
けれどそれと同時に、高校生は重い足枷となる。
私はずっと、年齢という概念に固執してきた。
15歳では無い自分に魅力なんてないから。高校生では無い自分に価値なんてないから。
そう唱えながら、自分の人生を悲劇的な、まるで映画みたいに綺麗なものにしようと、若い体のまま死んでしまおうと、そう思って生きてきた。
けれど現実はそう簡単ではない。私には夢があって、その夢が私の中の高校生が死んでも尚生きろと言うのだ。

女子高生は最高だ

高校生の自分に、猛烈に興奮する。
高校生の自分が遺したものは、どれも素晴らしいもので、今も眩しいほどキラキラと輝いている。
不安定で未完成な高校生だった私の感情が、音が、日々が、そこにある。
触ろうとすればすぐに壊れてしまうほどに脆いそれらに、確かな興奮を覚える。
ドキドキしてソワソワして、言葉では表せないくらいに。
性的なことをするより何百倍も気持ちが良くて、涙が出るほど最高だ。

高校生と喪失感

ずっと自分は大人になるのが怖いのだと思っていた。中学に上がってからは毎年誕生日の瞬間を迎えるのが怖くて怖くて、誰かと手を繋いでいたいくらいだった。
けれどそれは違った。
大人になるのが怖いんじゃなくて、高校生でなくなった無価値な自分になることが、怖いんだ。
どれだけ高校生にこだわり持ってるんだよ、と突っ込まれるかもしれないが、世間の風潮と私の人生で育まれた価値観が合わさってこうなってしまった。
大好きだった小説の執筆も、高校生でない私がやるのならば全くもって意味が無い。
手探りで新しい感情がどんどん芽生え始めていた高校生である私が、魂を震わせながら書き上げるそんな小説にこそ、意味があった。
高校生という価値が無くなった今の私には、何も残っていない。ただ自分の新しい価値を見出すために、これから生きていくのだろう。そんな人生になんの意味があるのか。今の私には、全くもって分からないことである。

終わりに

これを読んでいる高校生でない方、貴方には確かな価値があります。
生きているだけで価値があります。価値のない人間なんて端から存在しません。私は、高校生以外には価値がないとか、そういうことを伝えたかったのではありません。
ただ、いつか終わりが来ると分かっていてもずっといちばん大切にしていたものを失って、けれどそういった喪失感さえも愛おしいと感じます。
JKブランドという言葉があるように、高校生にのみつけられた付加価値は確かに存在すると思っています。
けれど、それを失った時どう生きていくか、それが大切だと思うのです。

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