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表現というエネルギーの循環

最近心に残った言葉
「アートとしての表現は排泄と同じ」
出すのが当たり前で、出さないと気持ち悪い。

なんか、妙に同感。
私がnoteに書き続けるのも、同じような理由なのかもしれない。

決して、「汚いものを出している」という意味ではなくて。自然な流れ、自然なエネルギーの循環として、「表現する」ということが存在してる感じ。


ただ、この言葉を言った人は、プロのアーティストだ。

自分の表現としてのアートと、職業的な人に求められるアートが一致しないことに苦しんでいるようだった。

自分が、これいい!!と思って創り出すもの、自分はこうだ!!と創り出すものが、他の誰かが求めるものと一致するということは、「奇跡」なのかもしれない。


私にもいつか、そんな奇跡のような一致があったらいいのにな。

書くことに限らない。私にできることで、これいいやん!と自分が思えることで、他の誰かに役立つものが、いつか自分の手の中にあるといいのにな。

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