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『鬼の夜ばなし1 コズナ(昔話「鬼の子小綱」より)』

昔々のことだった。山深い村にそれはそれは美しい娘がおったそうな。
その瞳は星のよう その姿は月のよう 笑顔は咲いたばかりの花のよう。
娘はまた身を惜しまずよく働くので 嫁に欲しいという者が絶え間なく
噂はあたりの村々に広まり 娘を見に来る者も絶えなかった。

その噂は風にのり山の奥の奥に住む鬼のところまで届いていた。
ある日のこと嵐とともにやってきた鬼に娘は連れ去られてしまう。
上を下への大騒ぎとなったが鬼が相手となれば誰もが尻込みする。
そこにひとり名乗り出た者があった。隣家に住む幼馴染の若者だった。

若者は山を越え谷を越えいたるところ幾日も娘を捜した。
ひと月ふた月一年二年と月日は流れたがどうしても見つけられない。
だが若者は決して諦めることはなかった。
そんなある夜疲れ切って寝入った若者は誰かの歌う声に目を覚ます。
「年に四度の節分に 鬼の里への道があく 道があく。
 あの洞窟の道があく」

⁂ ⁂ ⁂ ⁂ ⁂ ⁂ ⁂ ⁂ ⁂ ⁂ ⁂ ⁂ ⁂

コズナを見る母はときどき悲しそうだった。
それがなぜなのかコズナはずっと分からなかった。

母はコズナが摘んできた小さな花を喜んでくれた。
母の笑顔はその花よりずっと綺麗だった。

ある日のことコズナと母の前に見覚えのない若者が現れた。
若者は母の幼馴染だった。すぐに母は若者を押入れに隠した。

「におうぞにおうぞ 人臭い いつもと違う人臭さ」鬼が騒ぐ。
「赤ん坊がまた宿りましたゆえ 匂うのでしょう」と母。

鬼は喜び祝いの酒盛りを始める。飲めや歌えの大騒ぎだ。
あまりに騒ぎ酔いつぶれしばらくすると眠りこんでしまった。

そのすきに母はコズナを連れ若者と逃げ出した。
急がなくてはならない。早く早くさあ早くと若者がいう。
ここに通じる抜け穴がもう閉じてしまうのだと。

鬼は異変に気付いて目を覚まし 憤怒の形相で追ってきた。
雷打ち鳴らし大風起こして追ってきた。

若者は柊《ひいらぎ》蓬《よもぎ》豆つぶてを投げつける。
あの夜の歌には続きがあったのだ。
「柊 蓬 豆つぶて 鬼も泣く泣くあとずさる」

鬼の嫌がるものばかり。これではまったく手が出せない。
地団駄踏んで悔しがる。悔しがる。

こうしてコズナは母と共に暗闇の先光あふれる場所へ導かれていった。
これから故郷の村へ帰るのだ。母は花のように笑った。
コズナもつられて笑う。笑い声が山々にこだまする。

村にたどり着き皆と喜び合うもつかの間しばらくすると何かがおかしい。
コズナを指さし笑う子どもらと 顔をそむける大人たち。

すぐにそのワケを知ることとなった。
澄んだ池の水鏡に映るコズナの顔。片側に牙やら角やら生えている。
いつの間にやら片方が鬼の姿になっていた。あな恐ろしや。恐ろしや。

子どもらの囃す声が聞こえてくる。
「片子のコズナ 鬼の子コズナ わざわいつれてやってきた」

ため息混じりにじいさまは「こうもあからさまな鬼の片子であったのか」
怯えるばあさま「片子は大きゅうなるのが早かろう 恐ろしや恐ろしや」

母はただコズナを強く抱きしめる。
そこにはいつかの悲しい顔があるばかり。あるばかり。

そして それはいきなり始まった。
コズナの胸の奥の奥 小さな雲が嵐になった。
雷とどろかせ大風荒れ狂い何もかもをなぎ倒す。

コズナに誰の声も届かない。誰もコズナを止められない。
気付くと辺りはがれきの山と倒れ込む村の者。じいさまばあさま母さえも。

あちこち傷だらけのコズナも血濡れてしたたっている。
母とつないだ手は怒りにかられ振り下ろす手となってしまった。 

ああなんてことを 拳を握り天を仰ぐが涙も出なかった。
どうしようもない心と躰に引き裂かれコズナは己に慄いた。

そのときコズナは 柊の枝を手にしている若者を見た。コズナは叫ぶ。

「ああどうか そのひいらぎで ぼくの胸をつらぬいて
 どうか あなたのその手で ぼくが逝けますように」

 
それがコズナの最後の願い 最期の祈りだったのだ。


おしまい。

参考
河合隼雄著『昔話と現代』小松和彦著『妖怪学新考』『神々の精神史』


ユングの深層心理学による日本人の精神世界の探求に、故河合隼雄氏は『古事記』や『御伽草子』、各地の『風土記』などの神話・昔ばなしを用いました。
この「片側子」「片子」といわれる異類婚姻譚から派生した、人とその他異類異形のものとの間に生まれた子どものお話し「鬼の子小綱」の原文には、「結末にどうしても納得できないものがある」と氏にいわしめたほどの一種異様な空気が漂っています。
日本人が好んだ”去り行くものの美学”を、主人公の喪失として描いたものが多い日本の昔ばなしではありますが、去り行くことを、自らが命を絶つこととして描いたのはどうもこの「鬼の子小綱」の原文だけらしいのです。
一方では同じような誕生の子どもが後に英雄になり人々を救うというお話しもあるというのに。
今回そこら辺の葛藤を勝手に解釈し創作してみました。
ご高覧たまわりありがとうございました。

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