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【メルマガ傑作選シリーズ】 西東京旅行・紀行文「極私的八王子紀行」 高橋秀明

ここに掲載するのは、旧メルマガにて配信したLOCUST編集部員 高橋秀明による西東京旅行紀行文「極私的八王子紀行」である。
LOCUSTでは、雑誌を作る際にメンバーで特集をする土地に旅行に行くのだが、そのときには必ず「紀行文」を書く。しかし、今回掲載する高橋による紀行文は紀行文ながら、旅行の内奥を抉るような、批評的な佇まいを持っている。
LOCUST2号は「FAR WEST 東京」と題し、西東京を題材に展開された。今回の紀行文のテーマは西東京・八王子である。
これを読んで、あなたも八王子に旅行したような気分になってみるのはいかがだろうか。

 八王子の特徴を一言で表すとすれば、それは「つかみどころのなさ」である。実体をつかもうとすればするほど指の間からするりと抜け落ちる。そのような印象をぼくは八王子からうけとった。

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 1月19日、センター試験が始まった日にぼくは八王子市を訪れた。JR八王子駅の改札を出ると、さっそく受験生であろう数人を見た。ぼくは自分が受験生だった頃を思い出していた。その時は自分が批評に興味を持つなんて想像だにしていなかった。

 外に出てみると、風が冷たく意外と寒い。駅から地上へでる階段をおりると、バス停付近で創価大学への案内をしていた。センター試験の受験会場になっているらしい。さらに、その先にあるショッピングモールの前では広告の色と同じ黄色の旗をかがげたどこかの市民団体が憲法9条改正反対の抗議をしていた。ぼくは何やらとんでもないところに来てしまったと感じた。
そうこうしているとぼくは道に迷ってしまった。正確にいうとどこに行くかも知らなかったので八王子を彷徨ったといった方が正しい。はじめて訪れる街で行き場所を失った。

 いったいなぜこんなところにいるのだろう。

 茫然として立ちすくんでいると、一緒にいたイトウモさんがみんながいるところへ連れて行ってくれた。

 合流した後、放射線通りを歩いていると道沿いに櫓(やぐら)が建っていた。その前には何やら叫んでいる人が立っていた。どうせ売れない芸人か何かの見世物だと思いつつ、チラシを配っていたので受け取ってみると、この叫んでいるように見えた人は「アーの人」というパフォーマーで何でも442㎐の「A」の音を出し続けているらしい。また、この櫓は明治時代から残る蔵を改造したもので、「露骨で格好いい八王子」というイベントの会場であった。このように八王子には明治時代や大正時代から続く店が多く立ち並ぶ。ただ、なぜか歴史を感じさせない。しかし、それが八王子の特徴でもあるのだろうか。

 そのうちぼくは古くからの交通の要であった甲州街道の一部を引き継ぐ国道20号と『LOCUST VOL.01』で取りあげた内房から横浜市までを円環状につなぐ国道16号線が交差する場所へ辿り着いていた。そこで人を待つために立ち尽くし、行く場所を失ったぼくはまるで、砂漠のなかで取り残された旅人のようだった。八王子はかつて、絹織物が有名で、それらを輸出をするために使われていた横浜港までの神奈川往還路を「シルクロード」と呼ぶこともある。

 しばらくすると、どこからともなく焼き肉の香ばしい匂いがして来た。まるで「オアシス」を見つけた気分だった。お昼には少し早いが、お腹もすいてきたし、たまには焼き肉もいい。すでに焼き肉のくちになっている。焼き肉の香りだけで、白飯が食べられそうだ。しかし、せっかく八王子に来たのだから、名物を食べるべきだと断腸の思いで思いとどまった。そんなこんなで結局、少し歩いたところにある「びんびん亭」という八王子ラーメンを出すお店に入った。

 黒いスープ。

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