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野生動物にとっての白馬村 自然との共存を目指すために改めて考えてみた

山を駆ける競技「スカイランニング」「トレイルランニング」の選手であり、「白馬人力車」の事業責任者でもある上正原真人(かみしょうはら・まさと)さんの連載「トレイルランナー、白馬を人力車で駆ける。」。白馬での仕事の様子、競技での海外遠征の様子などを月イチで綴ります。今回は白馬に生息する動物の生態と、人との関わり方についてです。

白馬、人気沸騰中!

白馬村の地価上昇が止まらない。世間話の話題に常にあがってくるため、気になってネットで調べてみたらビックリ。サイトによってばらつきはあるのものの、前年からの変動率は商業地では+5%、住宅地では+15%ほどで変動率の順位は全国トップ10に入る。

要因としてはコロナ禍によってリモートワークが可能になったこと、入国制限が解除されて外国からの移住が可能になったことがあげられる。たしかに村内をランニングしていると、建設中の集合住宅やヨーロピアンな別荘が目につく。山好きやスキー&スノーボーダーにとっては白馬に住むことができたら最高だろう。

さて、前置きはこの程度にして。人間にとっては魅力的な土地らしいが、動物にとってはどうなのだろうかと考えた。山岳リゾートの開発が白馬の動物の存在を脅かしてはいないだろうか。今回は白馬村在住のライチョウとツキノワグマをゲストに、その生態やら人との関わり方などを掘り下げていきたい。

長野県の県鳥・雷鳥

長野県の鳥といえばライチョウ。北、中央、南アルプスなどの限られた高山帯にのみ生息する鳥で、絶滅危惧種に指定されている。全世界で16種おり、日本には北海道に生息するエゾライチョウと本州の高山に生息するニホンライチョウ(ライチョウ)の2種類がいる。

なぜこのような特殊な環境でのみ生息しているのか。もともとは南極に生息していたが、氷河期に南下し生息域を広げ、その後温暖化によって氷河が後退するのに伴って、一部の種はより寒冷な山の高いところへと移動していったためだと言われている。

雪山の中で歩くライチョウたち

現在、長野県に生息している種は世界のライチョウ分布の南限となっている。山岳信仰が強い日本において、山頂近くに生息する動物として特別な存在として扱われてきた。そのためなのか、日本のライチョウは世界の他の種と比べて人を見ても逃げたりしない傾向が強い。しかしその反面、警戒心が薄いため時には乱獲にあってしまったり捕食動物に食べられてしまうことも多い。森林限界を超えた限られた地域でしか生息できないため、環境の変化にも敏感で減少傾向が続いている。

厳しい環境を生き抜く雷鳥たち

ライチョウの生息域は標高2500m以上の高山帯である。ハイマツなど背の低い高山植物に覆われた一帯で暮らしている。春になるにつれて徐々に植物が雪から顔を出し始めると、ライチョウの動きも活発になる。短い夏の間にパートナーを見つけて卵を産み、雛を育て独り立ちさせないといけないのである。そのため春はまず縄張りを確保することから始まる。

冬の間は高山帯より少し標高の低いところで過ごしているが、雪解けと共に徐々に高度をあげて、ハイマツが覆い茂るエリアで縄張り争いを始める。オスは獲得した縄張りでメスを待ち、つがいを形成する。この時期のオスは目の上に肉冠と呼ばれる赤いまつげを広げるので見分けがつきやすい。これは鶏のトサカに当たるような部分である。縄張り争いをしたり、メスに求愛をする場合など、興奮している時にこの肉冠を大きく広げることが知られている。

求愛行動をしている時期のオス

つがいが形成されると、メスはハイマツの茂みに卵を5〜10個ほど産み落とす。メスは食事の時以外はひたすら卵を温め、その間オスは縄張りのパトロールに励む。卵は産み落とされてから3週間ほどで孵化し、雛は秋頃まで母親に育てられる。オスはというと全く子育てはせず、雛が生まれるとつがいを解消し単独で行動を始める。

孵化してから成鳥になって秋頃まで生き延びられる確率は20%ほど。多くはオコジョ、テン、カラスなどの天敵に食べられてしまったり、梅雨の寒さで低体温症となって死んでしまう。ただでさえ厳しい自然環境のなかでシングルマザーとは、ライチョウのお母さんはあっぱれである。晩秋になるとオスはオス、メスはメスで群れをなして長い寒い冬をしのぐ日々が始まる。

生き抜くために必死の日々

登山道を短い足でてくてくと歩く可愛らしい姿とは裏腹に、高山という厳しい環境で生き抜くために必死な生活を送っている。白馬の山々にももちろん生息していて、山頂付近でたまに目撃することができる。出現率は晴れよりも曇りや雨などで、視界が悪い時の方が高い。そのため晴れてる日はもちろん眺望を楽しみながら登るが、天気が悪い時でも山に登るワクワクを与えてくれる。

そんな可愛らしいライチョウだが、前述の通り個体数は減っている。その原因の多くは人間に起因する。登山道を外れて高山帯を踏み荒らすことは、まさしく彼らの家を壊すのと同じであることを認識しなければいけない。また山の麓やスキー場など生息域とは離れた場所での開発も実は影響を及ぼしている。麓での開発は低山帯に暮らす野生動物をより山の上部に追いやり、その結果ライチョウが捕食されるリスクも高まるのである。

人によってライチョウたちが窮地に追いやられている

ライチョウに興味が出てきた人へ。気軽に保全活動に協力できる「ライポス」というアプリがある。登山中にライチョウを発見したら写真を撮ってアプリで投稿するだけ。遊び感覚でできて、個体数や生息域など把握などに役立つ面白い取り組みである。

日本の山岳地帯に生息する巨大生物、熊

熊というとみなさんどのようなイメージがあるだろうか。毛皮や熊の手など高価な物が手に入る貴重な動物資源? 畑を荒らしたり時には人を襲ったりするどう猛な野生動物? くまのプーさんやくまモンと言った可愛いキャラクター? 熊に対するイメージはその時代の人と熊との関係を反映していると思う。

まずはその生態について。日本には北海道に生息するヒグマと本州に生息するツキノワグマの2種類がいる。ここではツキノワグマについて絞って話をしたい。体長は1.2m〜1.5mほどで体重は100kg弱。オスの大きな個体では150kgを超えるものもある。そして何よりも強力な顎と爪をもつ。

肉も植物も食べる雑食性だが、基本的には木の実や山菜などを食べる割合が多い。冬は穴ぐらの中で冬眠をするため、秋にかけて大量に食料を食べて体重を増やす。夏の間に妊娠したメスは冬眠中に出産する。生息域はブナやミズナラと言った落葉広葉樹のあるところに広く生息しているため、山と森がほとんどを占める日本では至るエリアに生息している。

熊と人との関わり

現代の熊のイメージでもっとも強いのは「害獣」ではないだろうか。農作物を食い荒らされたり、鉢合わせた人に襲いかかって怪我をさせてしまうなどの被害がよく報告されている。これらの被害数は統計を見ても明らかに多くなっているが、原因はなんであろうか。

1つは山間部の過疎化に伴う緩衝地帯の減少が考えられる。かつては人間の生活する集落と熊が生息するエリアの間に、里山と呼ばれる人が頻繁に出入りして手を加えていた部分があった。ここでは薪となる木を切ったり、きのこの栽培をしたり、麓の田畑に水を引くために木を伐採したりしていた。

人の気配があり見通しの良い森林を越えてまで熊が集落に出てくることは稀だった。しかし、田舎の過疎化によって里山は利用されることがなくなり、ただの雑木林となってしまっているのが問題だ。そうなると熊の生息域は集落と隣り合わせになり、一歩踏み出せばお互い出くわしてしまう関係になっているのである。

もう1つの原因は餌不足である。熊はそもそも人間を恐れている動物なので、自ら進んで人気のあるところに進出することはない。ではどのような状況で熊は人里におりてくるのだろうか。それは山や森で餌が十分に確保できず、冬眠できるエネルギーを蓄えられない場合である。これから数ヶ月の間、何も食べずに寒さに耐えないといけないわけだから、それは必死に餌を探すだろう。

そして熊にとって人間という存在がそれほど怖い存在でなくなってきているというのも、熊が人里に降りてくるようになった理由として考えられる。かつてはマタギと呼ばれる狩猟を生業とする者がいて、熊などを追って山に入った。毛皮や肉、牙など熊一頭から様々な材料がとれ高値で売れたからだ。

中でも熊の胆(クマノイ)は非常に高価な薬とされ、米40俵、つまり2400kgの米と同等の価値があったとされている。それなら熊一頭のために危険を犯して山に入るのも意味があるだろう。しかし現在ではマタギは存在しないし、狩猟をする人も減ってきた。熊から見た人間はただ逃げる存在であり危険を感じなくなったのかもしれない。

熊という漢字は脳を持つ四つ足と書く。つまり学習能力の非常に高い動物なのである。お互いに良い距離感を保ち共存していけるようにこちらからもアプローチが必要なのである。

人も動物も心地よく暮らせる村を目指したい

上昇し続ける地価に焦り、血眼になって物件を探す人たち(自分も)。自分の家ももちろん大事だが、山に暮らす隣人のことも気にかけて生活していこうと改めて思う。世界中の人が集まるインターナショナルな白馬。もっと輪を広げて、人も動物も全ての生き物にとって理想のような村を目指したい。


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